青山森人の東チモールだより 第371号(2018年5月27日)
祝!独立16周年は、第8次立憲政府を待つかたちで…
独立16年目は特別な政治環境
16年前の5月20日、国際社会が承認するかたちで東チモール民主共和国が誕生しました。1975年11月28日にフレテリン(東チモール独立革命戦線)がおこなった独立宣言もまた東チモールでは独立記念日扱いとなっています。「5月20日」は「独立回復の日」、「11月28日」は「独立宣言の日」です。
今年の5月は、かつて東チモールを侵略した国・インドネシアに30年以上独裁者として君臨したスハルト大統領が辞任(1998年5月21日)しっという大転換から20年目の節目にあたります。
そのインドネシアのスラバヤで、国際ニュースでも子連れテロとして大きな驚きをもって報じられましたが、5月13日から16日にかけて警察襲撃を含めた連続テロ事件が発生しました。爆弾テロの対象となったのがキリスト教の教会であったことがカトリック教会の国である東チモールにも大きな影響を与えています。これまでインドネシアでテロ組織による事件が発生しても、東チモールは陸続きでインドネシアとつながっているとはいえテロの対象にされる理由がないとして警戒されることはなかったのですが、キリスト教の教会が攻撃対象となった今回の爆弾テロにたいしては、東チモールの国防軍と国家警察は合同記者会見をして国民に警戒を呼び掛けました。ソーシャルメディアによってデマや噂が拡散しやすいという新しい環境も軍と警察をして国民に警戒を呼び掛けせしめる要因になっているようです。
そしてなんといっても今年の独立記念日で特異なのは、新政権を迎えるかたちでの記念日になったことです。東チモール憲政史上初の「前倒し選挙」が実施され、その結果がホヤホヤの出たてのときに独立記念日を迎えたのです。ル=オロ大統領は、政府庁舎前で行われた記念式典での演説のなかで、
「きょう、第16回目の独立回復を祝うになさんは、前倒し選挙という新しい試みを受けました。この選挙期間中、みなさんは民主主義とその確立そして平和を平静さをもって望みました」。
「前倒し選挙を選択することはリスクを伴うことでした。なぜなら当時、有権者がいかなる選択をするのか知ることはできなかったからです」。
「前倒し選挙を実現する準備のあいだ、全国民のみなさんは平静さと成熟さを東チモール国内外に行動で示しました」。
「民主主義の信頼性を堅固にするために、指導者たちは前倒し選挙中に公約したことを実行しなければなりません」。
……などなどと、随所に「前倒し選挙」について言及をしました。独立を祝う大統領の演説としては異例の「前倒し選挙」にたいして総括する内容が盛りこまれていました。
また大統領は最後にこう述べました。
「みなさんはわたしがみなさん全員の、すべての東チモール人のための大統領であり、団結を強め社会共同体との対話をする代理人と引きつづき思ってくださってけっこうです。ともに国の発展に向かって走り、東チモール人全員の生活を改善していきましょう。ご清聴ありがとうございます」。
自分が国民全員の大統領であると述べたのは、シャナナ=グズマンAMP代表の発言にたいする返答かと思われます(後述)。
気になるのは、AMPの顔であるシャナナ=グズマン氏とタウル=マタン=ルアク氏が独立記念式典に出席しなかったことです。AMPのこのお二人さんはフレテリンが仕切る式典に出席してフレテリン指導者と顔を合わせるのが嫌なのだとすれば、ちょっと大人気ないと思います。選挙で勝ったのはAMPなのですから、堂々と独立記念式典に姿を見せるべきです。
「前倒し選挙」の最終結果
時間を遡ります。5月17日、東チモールの選挙管理委員会であるCNE(国民選挙委員会)は、八つの政党または連合勢力が臨んだ「前倒し選挙」(一院制、定員65)の最終結果を発表しました。シャナナ=グズマン氏の率いる三党連合勢力AMP(進歩改革連盟)が得票率50%近くを獲り、過半数を越える議席数を確保することになり、政権を奪取しました。
登録有権者数は78万4286人、投票したのは63万5116人、すなわち投票率80.98%です。投票総数のうち有効票は62万4525票となりました。議席を獲得した政党または連合勢力は以下の通りです。
・AMP—————–30万9663票(49.6%)、34議席
・フレテリン———21万3324票(34.2%)、23議席
・民主党—————–5万370票(8.1%)、 5議席
・民主開発戦線——–3万4301票(5.5%)、 3議席
また、議席獲得の条件である得票率4%に達することができず議席を獲れなかった政党または連合勢力は以下の通りです。
・祖国希望党——5060票(0.8%)
・国民開発運動—4494票(0.7%)
・共和党————4125票(0.7%)
・民主社会運動—3188票(0.5%)
AMPは“単独”で
CNEが最終結果を発表する前の5月15日のこと、AMPは構成する3政党の指導者たちが頭を揃えて勝利の記者会見をおこないました。シャナナ=グズマンAMP代表は選挙期間中に政治的成熟さを示したすべての国民に感謝の意を表しました。たしかにシャナナ氏自身をはじめとする選挙演説者は対抗勢力にたいする非難に埋没した観がありますが、選挙演説が過熱気味になる一方で、有権者や国民が冷ややかになったとき、それを政治的な成熟と評することができるのは、海外からの選挙監視団体が賞賛するところの高い投票率があったればこそです。投票率が低調だったら政治的な成熟さは「しらけ」と評せられたことでしょう。シャナナAMP代表が「政治的な成熟さ」にたいし国民に感謝の辞を述べたのは賢明なことです。
この記者会見でシャナナAMP代表は、他の政党または連合勢力と連立を組むのかという問いにかんして、AMPはすでに連立勢力であり、AMPだけで過半数に達しているので、AMP“単独”で政権を運営すると述べました。
AMPによるフレテリンへの圧力
AMPのこの記者会見で話題になったのはマリ=アルカテリ首相の公約でした。もしフレテリンがオイクシ地方で2万票を獲得できなかったらマリ=アルカテリ首相はオイクシをもう訪れないと選挙運動で演説したのです。飛び地であるオイクシ地方はいまやRAEOA(Região Especial de Oe-Cusse/Ambeno、オイクシ/アンベノ特別地域)と呼ばれていますが、マリ=アルカテリ氏は同地域のZEESMと呼ばれる経済特区開発事業の最高責任者にシャナナ連立政権下で就任しており、去年、アルカテリ氏が首相になったあと同氏の代行を同じフレテリンの幹部が務めています。注目されたオイクシにおける選挙結果はというと、フレテリンは1万831票しか獲れず、逆にAMPが2万2455票を獲ったのでした(同地域での総票数は3万8147)。
AMPの副代表ともいってよいAMP報道官のタウル=マタン=ルアクPLP(大衆解放党)党首は、大統領時代からシャナナ氏が推進する「タシマネ計画」(南部沿岸地域開発事業)とともにこのマリ=アルカテリ氏が担当するZEESMを強く批判していました。シャナナ氏と組んだタウル氏は当然「タシマネ計画」への批判を口にしなくなりましたが、対抗勢力であるフレテリンのマリ=アルカテリ氏によるオイクシ地方の開発事業を批判しつづけ、選挙期間中、タウル=マタン=ルアク氏はAMPが政権を執ったらマリ=アルカテリ氏をオイクシから追い出すと公言しました。したがってAMPの記者会見でタウル=マタン=ルアク氏はオイクシには二つの事案があるいい、それはタウル自身が述べたこと、マリ=アルカテリ氏が述べたこと、まずはマリ=アルカテリ氏がオイクシから自ら身を引くのを待つといい、シャナナ氏もマリ=ルカテリ氏は紳士らしくそして政治家らしく約束を守るようにと述べました。
AMPによるマリ=アルカテリ氏への態度は、勝敗がついたあとに勝者が敗者に石の礫を投げるように見えなくもなく、なんだかマリ=アルカテリ氏に同情したくなります。しかしオイクシに建てられたZEESM代表の公邸の、地域住民の貧しさを無視した豪華さを思えば、同情は却下したくもなります。
マリ=アルカテリ氏はAMPの圧力にたいして、AMPの二人の発言は法的に根拠がなく、今回の選挙はオイクシの選挙でなく国全体の総選挙であり、自分自身の発言については約束として述べたものではなく冗談として述べたものである、自分の身の振り方は自分で決める、と突っぱねました。しかしマリ=アルカテリ氏がどんなに強がっても、AMPが政権を執る以上、アルカテリ氏はオイクシ地方から“去る”ことになります。
またAMPのこの記者会見で、シャナナ代表はル=オロ大統領にたいして、フレテリンの大統領ではなく国民全体の大統領であることを待ち望むと述べました。これにたいしル=オロ大統領は、自分は初めから国民全体の大統領であるといい、先述した独立記念式典での演説の最終部分につながったと思われます。マリ=ルカテリ首相はル=オロ大統領はフレテリン党首として大統領候補になったときから国民全体の大統領を目指しているし、国民全体の大統領であるとシャナナ氏の発言を非難しました。
吉とでるか、凶とでるか
選挙結果が出てからもフレテリンは選挙について数々の不信・不満がり、簡単には受け入れようとしませんでした。ただしマリ=アルカテリ書記長は支持者にたいして平静を保つように呼び掛けていました。選挙にたいする数々の不信はAMPのシャナナ代表にとっても同様です。シャナナ代表は、投票用紙が有権者に穴を開けられる前に既に開けられていたとか、投票後に有権者の指につけられる特殊インクの質が粗悪だったなどなど、これらの物証があるとしてCNE(国民選挙委員会)を批判しました。
フレテリンは選挙結果にたいする苦情を控訴裁判所に提出しましたが、控訴裁判所はフレテリンの訴えを退けました。フレテリンは選挙結果にたいして不満・不信はあるものの、控訴裁判所の決定に従うと発表しています。
CNEから選挙結果を受け取った控訴裁判所は、5月末の週に選挙結果にお墨付きを与え、正式な選挙結果となる運びになっています。そののち第8次立憲政府の樹立となっていきます。ル=オロ大統領による国会解散から、4月に復活祭をはさみ、選挙運動、そして「独立回復」記念式典、と大きな行事が続き“ばたばた”していた東チモールですが、ようやく政治が本格的に再始動しようとしています。
シャナナ=グズマン氏とタウル=マタン=ルアク氏という解放軍の二大司令官が中心となる政府が誕生します。与野党の立場が逆転して、AMPとフレテリンのギスギスした応酬が今後も続きそうですが、このことが緊張感のある国会審議につながれば吉であり、政情不安につながれば凶となります。また、これまで対立していたシャナナ=グズマン氏とタウル=マタン=ルアク氏が連立を組んだことが、シャナナ氏の独走を許さないバランスのとれた政権運営につながれば吉であり、内部矛盾となって不安定な政権運営につながれば凶です。さて、吉とでるか凶とでるか、独立英雄コンビによるお手並み拝見です。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion7681:180528〕