私にとって、愛猫・とらは、精神安定剤的な存在でした。 一緒に居ると、落ち着くのです。 猫の方も同じく落ち着くようでした。
例えば、とらは、良く二階の窓から玄関先を見ていましたが、飼い主が何時帰るかと待っている時には、少し寂しそうで厳しい眼で階下を見ていたように思えます。 ところが、私が玄関先に歩いて来るのを見ると、眼付が変わり、サッと立ち、窓辺を去り、玄関先に飛んで来るのが分かりました。 そして、ドアを開けると、其処には、姿勢を正したとらが座っていました。
「とら、只今。」と笑顔で声をかけますと、喜んで近寄り、私の顔を見上げるのでした。 見上げたとらの顔を見返して、それで、一日の疲れが飛んで行くように思えました。
今でも、帰宅の折には、必ず「とら、只今。」と声をかけますが、帰宅時に何時も居た玄関先のフロアには、何も見えません。 でも死ぬまで声をかける積りです。
今回の300字小説は、「愛猫・とらの御蔭」(299字)と題した小話です。 猫好きならば、同様の御経験が御有りでしょう。
料金所を出て、「じゃ、行くぜ、とら。」と言った途端、ローでエンジンを吹かせた由里が、ゴーと引っ張ってギアをサードに入れる。 右ミラーで右後方を警戒、走行車線に入り、加速してオーバートップでランランの雰囲気の由里。 直ぐにギアを落とし、追い越し車線に入る。
すると助手席に括りつけられた籠の中のとらが騒ぐ。 「うん、何? とら。」と注意を引かれた由里がスピードを落とす。 「やべ~。 また免停だぜ~。」
「オヤジが許してくれても、サツが許してくれね~。」 とらに笑みを返して走行車線に戻る由里。
「車はマニュアルだぜ~。でも安全運転で行くわよ~。とら。」と憑き物が落ちたかのような由里。
愛猫の御蔭で由里も改心したのかも。