青山森人の東チモールだより 第387号(2019年1月10日)
衝突を回避せよ!
大統領、2019年度予算案を牽制
政府機関・公務員は12月22日(土)からクリスマス休暇に入り、12月27日・28日に仕事収めをしました。歳末にはスーパーマーケットには人があふれ、レジの前には長蛇の列ができていました。東チモールには東チモールなりの歳末商戦があるようです。
2019年度予算案は12月22日に国会を通過したのち大統領府に送られました。公布するか、拒否権を行使するか、ルオロ大統領は30日以内に判断を下すことになります。2019年度の東チモール国家予算総額は約21億3000万ドルで、主な配分内訳のおおよそ次のようになります。
◆2億1400万ドル……給与・賃金
◆4億7300万ドル……物資・サービス
◆10億1270万ドル……公共譲渡金
◆4億ドル……開発資本金
◆2940万ドル……小資本金
大晦日は、フレテリン(東チモール独立革命戦線)の第二代目議長で最大級の英雄扱いをされているニコラウ=ロバトの命日です。「ニコラウ=ロバト議長国際空港」近くに建つロバト像の前でこの英雄を讃える式典が行われました。ルオロ大統領は演説のなかで、2019年度予算案について、大半の国民が農業に頼っているのに農業に重点が置かれていない、田畑に水をやれず、電気や情報や教育から遠ざけられたままの人たちがいる、その一方で「タシマネ計画」などの大型事業に巨額に資金が配分されているという趣旨のこといい、批判しました。予算案承認を期待する政府側からの秋波的圧力(?)を軽いジャブで振り払ったのでした。
年末は大学の卒業の季節だ。オリエンタル大学の卒業式の様子。
2018年12月31日、ベコラにて。ⒸAoyama Morito
最悪のシナリオ
年が明け1月1日、わたしはずっと家に居ましたが、2日に外出して町の様子を見てみました。道路沿いの店々がポツリポツリと開いていましたが、さすがに交通量が少なく町は静かでした。残念ながら歩道を塞ぐゴミの山にどうしても目がいってしまいます。
歩道を塞ぐゴミの山。意地糞の悪い外国人が悪意を抱いてこうした写真を撮っているのではない。新聞にもTVニュースにも同じ写真が載り、ゴミの映像が流れている。ゴミ問題は政治的袋小路とともに連日大きなニュースとなっている。
2019年1月2日、ベコラにて。ⒸAoyama Morito
3日になると、料理を扱う食堂や揚げ物店以外、大半の店々が初売り(といっても特別セールはないが)を始めていました。交通量は2日と比べて倍増しましたが、まだまだ少ないといってよいでしょう。路上では新聞『ディアリオ』紙と『東チモールの声』紙が売られ、徐々に普段どおりになりつつありました。タウル=マタン=ルアク首相は3日に執務初めをしています。9名の閣僚が未就任のままでいる問題について、タウル首相は、大統領が閣僚を承認しない理由はないのだから大きな問題ではない、という言い方をしています。2019年度予算が公布されるまでは、首相は自宅と政府庁舎を往復する事務的な業務に追われることでしょう。
7日(月)になると各省庁や小・中・高校の新学年も始まり、気分も一新といきたいところです。ところがわたしの周辺では、大統領と政府の対立が、最悪の場合2006年の「東チモール危機」のような衝突が起こりうるとして、やや緊迫しており、「気分も一新」というのんきな雰囲気につかっていません。もっとも深刻に心配しているのは少数派で、大半は現在の政治的緊張と2006年の「東チモール危機」と比べて盛り上がっているのですが。
最悪のシナリオの大雑把な流れはこうです――大統領が予算案にたいして拒否権を行使する⇒最大与党CNRT(東チモール再建国民会議)が党大会を開き大統領を糾弾⇒大統領は国会解散を宣言⇒混乱。
法案が大統領に拒否され国会に戻されても政府は再び法案を国会通過させて大統領に再び送れば、大統領は8日間以内にその法案を発布しなければならない憲法上の決まりになっています。ただしこのときの国会では3分の2、つまり43の賛成票が必要となると報じられています。12月に予算案が国会を通過したとき、賛成40、反対25でした。このままの数字では国会を再通過させることができません。40から43へ、微妙な3票の上乗せが必要となります。また、もし予算案を大統領が控訴裁判所に諮ったとき、その結果によっては違う展開が予想されます。上記のシナリオはあくまでも最悪の場合です。
ルオロ大統領と政権内の最高実力者シャナナ=グズマン氏の二人は、抵抗運動時代からの確執によって互いに歩み寄ることを知らないというのがまず危険です。この対立の基本軸に、国家予算の配分によって甘い汁を吸うことを憶えた者たちが群がり、対立軸をさらに頑なにしてしまって穏便な解決策がとられないというのが実情です。東チモールは2017年の総選挙結果から政治的袋小路から抜け出せないでいますが、一般庶民の生活改善がなおざりにされています。ゴミにあふれる首都の町並みが国民不在の権力闘争を如実に反映しています。
「国益のことを考えるなら、何をすべきかを考えるべき」
1月8日、国会はシャナナ=グズマン領海交渉団長を招いて、コノコフィップス社とシェル社の「グレーターサンライズ」における権利を東チモール政府が購入することにかんして説明をしてもらい、国会議員と質疑応答をするという場会が設けられました。当然ながら、予算案を採決する前になぜこれをしなかったのか、野党から疑問が発せられました。これは国会運営の責任者が釈明すべきことですが、シャナナ交渉団長は潔く謝りました。たしかにどう考えても、この質疑応答の場は決が採られる前の予算審議に組み込まれるべきでした。
午前中の質疑応答をラジオでわたしは聴きました。シャナナ交渉団長が概略を説明し、議員からの質問を受け付け、ちょっとの休憩を挟んでのち、シャナナ交渉団長が回答をしました。シャナナの回答説明にたいし野党フレテリンは再度質問や疑問を投じました。午後の部をわたしは聴けませんでしたが、翌日の新聞報道によれば、結局この質疑応答の場会は、コノコフィップス社とシェル社の権利を買うことに関する議論にはならず、与野党の敵対関係が一層浮き彫りにしてしまう結果になってしまったのです。
「この場を技術的な質疑に使いたいのに、政治的に使いたがっている、わたしがこの場に座り、あなたがたは大声でやりあう。悪いが、われわれはここに遊びに来ているのではない。わたしは遊びに時間を失いたくない。前から述べているようにわたしは国益を守ろうとしている。だからここに君たちと一緒に我慢して座っているのだ。予算が違法だとして、君たちの大統領が拒否権を使うのだろう。よろしい、(コノコフィップス社とシェル社の権利を)買わなくていい、問題ない、あしたすぐにでもわたしはコノコフィップス社とシェル社に、すみませんがどうか他の人に売ってください、と手紙を書こう。国益のことを考えるなら、何をすべきかを考えるべきだ」(『ディアリオ』、2019年1月9日)とシャナナ交渉団長はフレテリン議員に怒りました。
『インデペンデンテ』(同日)は「説明を、国会のシャナナ、途中で打ち切る」という見出しをつけ、「誤解が生じたためにシャナナは途中で説明をやめた」、「このことでフレテリンは疑問を持ち続ける」と書いています。シャナナ交渉団長とフレテリンの対立は、せっかくの“話し合い”の場会が国会内で設定されたのにもかかわらず、さらに深まってしまいました。シャナナ交渉団長の隣席に成す術もなく座っていたタウル=マタン=ルアク首相の心中察するに余りあります。
ルオロ大統領による予算案拒否は(拒否するであろうというのが世論)、例えば2016年度予算案に憲政史上初めて拒否権を使ったタウル=マタン=ルアク大統領の場合のように予算案への純粋批判ではなく、シャナナ交渉団長の仕事をじゃまする意味あいが強く含まれます。国益を守ろうとするシャナナ交渉団長にとって我慢できないのは仕事をじゃまされることです。
双方に言い分はあることでしょう。シャナナ交渉団長は誠心誠意、国益を守ろうとしているのであろうし、ルオロ大統領にしてみれば、農業を重視していない、コノコフィップス社とシェル社の権利購入にかんする情報が十分開示されていないなど、予算案を拒否する大義名分はいくらでも見出せます。しかし、まかり間違っても物理的な衝突が発生しないために、予算配分から利益を得ようとする輩とは適切な距離を保ちながら、お互い最低限の節度をもって政治的に対立してほしいものです。指導者たるもの、まさに「国益のことを考えるなら、何をすべきかを考えるべき」です。
~次号に続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion8298:190113〕