菅義偉さん、誰の原稿でそんなこと喋っているの? ホントにそれで大丈夫?

3日前(9月12日)の午後、菅義偉官房長官は記者会見で日韓関係について語っている。その内容を、同日夕刻のNHK NEWS WEBが以下のとおり簡潔に伝えている。

見出しは、「日韓請求権協定の順守 大原則」「『徴用』問題で官房長官」

「(菅官房長官は、)太平洋戦争中の『徴用』をめぐる問題に関連し、日韓請求権協定は、両国の裁判所を含むすべての機関が順守するのが国際法の大原則だとして、あくまで韓国側に協定違反の状態を是正するよう求めていく考えを強調しました。

この中で、菅官房長官は「徴用」をめぐる問題に関連し、『1965年に日韓請求権協定が結ばれ、日本は当時の韓国の国家予算の1.6倍の有償 無償の資金を提供している。交渉の過程でも、財産請求権の問題はすべて解決したということになっており、協定によって最終的かつ完全に解決済みだ』と述べました。

そのうえで、『こうしたことは、それぞれの行政機関や裁判所を含む司法機関、すべてが順守しなければならないというのが国際法の大原則だ。韓国の大法院判決によって作り出された国際法違反の状況を是正するよう強く求めるというのが、わが国の立場だ』と述べ、あくまで韓国側に是正を求めていく考えを強調しました。」

これに、記者が質問をぶつけて食い下がったという記事はない。もちろんNHKが菅義偉官房長官改憲の内容に賛成したわけではないが、疑問を質すことはしていない。誤導・誤解注意のコメントも付されていない。結局、官房長官の言いっ放しを垂れ流しているのだ。ここが、世の嫌韓ムードの発生源となっている。これでよかろうはずはない。

NHKを先陣とするメディアは、世の嫌韓ムード蔓延の重要な共犯者ではあるが、主犯とは言い難い。主犯は飽くまで政権である。その筆頭に安倍晋三がおり、次鋒として菅義偉があり、そしてもう一人、「極めて無礼でございます」の河野太郎。

この度の記者会見発言に及んだ、菅義偉という人物。はたして、徴用工事件大法院判決の訳文を読んでいるだろうか。大法院自身が作成した日本語の判決要約だけにでも目を通しているだろうか。また、関連するこれまでの我が国の国会答弁を理解しているだろうか。さらに、この点についての日本の最高裁の立場を心得ているのだろうか。おそらく、すべて「否」であろう。でなくては、こんな記者会見での発言ができるわけはない。

菅会見で、またまた出てきた「国際法の大原則」。いったい、どのような「国際法」を想定しての発言なのだろうか。何を根拠に「国際法の大原則」というのか、その根拠をご教示に与りたいところ。誰が原稿書いて、こんなことを喋らせているのだろうか。

私は、昨年(2018年)の大法廷判決(同年10月30日)の翌日から、次のブログ記事を書いた。

11月1日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に、真摯で正確な理解を」
http://article9.jp/wordpress/?p=11369

11月2日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に真摯で正確な理解を(その2)」
http://article9.jp/wordpress/?p=11376

11月6日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に真摯で正確な理解を(その3) ― 弁護士有志声明と判決文(仮訳)全文」
http://article9.jp/wordpress/?p=11400

その11月6日ブログの冒頭に,当時の問題意識をこう書いている。

「10月30日韓国大法院の徴用工訴訟判決が、原告(元徴用工)らの被告新日鉄住金に対する「強制動員慰謝料請求」を認容した。この判決言い渡し自体は『事件』でも『問題』でもない。主権国家である隣国司法部の判断である。加害責任者は我が国の企業、まずは礼節をもって接すべきである。
 この判決に対する政権と日本社会の世論の感情的な反応をたいへん危ういものと思わざるを得ない。私たちの社会の底流には、かくも根深く偏狭なナショナリズムが浸潤しているのだ。肌に粟立つ思いを禁じえない。」

肌に粟立つ思いは今も続いている。植民地侵略に何の反省もない日本社会が、韓国大法院判決に真摯で正確な理解を怠っているからだ。政権が、礼節を忘れて「極めて無礼でございます」という態度に終始して現在に至り、メディアがこれを増幅して、刺激された日本人の意識の古層にあった民族差別の感情が噴出しているのだ。この「政権・メディア・民衆」の基本構造は、朝鮮併合の前夜と変わらない。

菅会見における、『1965年日韓請求権協定で、財産請求権の問題はすべて解決したということになっており、協定によって最終的かつ完全に解決済みだ』は、間違っている。

韓国の元徴用工が訴訟手続で請求したものは、未払いの賃金ではない。大法院判決の用語に従えば、「強制動員慰謝料請求権」なのである。つまりは、不法行為損害賠償請求権である。

同判決は、主要争点を4点に整理して、そのうちの第3点「③ 原告らの損害賠償請求権が、日韓請求権協定で消滅したと見ることができるか否か (上告理由第3点)」を、「本件の核心的争点」としている。当然、その点の判断の理由を丁寧に説明している。その結論は、「消滅したと見ることはできない」。要するに解決済みではないのだ。

この結論は、水掛け論でもなければ、日韓の見解の相違でもない。日本の国会での外務省答弁も、一貫して「両国間の請求権の問題」と「個人の請求権の問題」とは意識的に分けて、協定の効果が考えられている。たとえば、「両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するところでございますが、日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」というふうに。

つまり、解決済みというのは、「日韓両国が国家として持っている権利」であって、個人の民事的請求権ではないのだ。このことは、日本の最高裁も同様である。

元徴用工の原告が旧日本製鉄に対してもっている不法行為慰謝料請求権と、韓国が日本に対してもっている外交保護権とは本来別物で、「最終かつ完全に解決した」のは外交保護権だけなのだから、韓国の裁判所が、元徴用工の旧日本製鉄に対してもっている慰謝料請求を認容することは、その権限に属することである。したがって、大法院判決を「国際法の大原則に違反する」などということは、「それこそ無礼でございます」なのだ。
(2019年9月15日)

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2019.9.15より許可を得て転載

http://article9.jp/wordpress/?p=13332

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/

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