Economistのビジネス臭さが鼻について

著者: 藤澤豊 : (ふじさわゆたか):ビジネス傭兵

二十代の半ばにニューヨークに左遷されて、毎週のように中西部まで出張していた。そのたびにフライト待ちで、空港内のショップに入っては出てをくりかえして時間をつぶしていた。チェーン店がならんでいるだけで、どこに入っても目新しいものはない。一つだけ例外があるとすればニューススタンドで、新聞や週刊誌は最新号が置いてある。ただ、目にする本や雑誌は英語の不自由なものには難しすぎた。手にはとってもパラパラとページをめくっては棚に戻していた。何度も同じ雑誌を見ていれば、いつの間にか表紙と目次からどんな雑誌なのかぐらいの見当がつくようになる。これなら読めるかもといくつもの雑誌を買ってはみたが、なんとかして読めるようにならなければと思ったのはEconomistとScientific Americaだけだった。

二〇〇〇年の夏にドイツの会社からアメリカの会社に転職して、千石駅近くの事務所に通いはじめた。東西線と三田線の乗り換えで毎朝毎晩大手町の地下通路をてくてく歩いていた。月に何度かは大手町で表にでて帝国ホテルのニューススタンドにEconomistを買いにいった。薄い週刊誌なのに、辞書引き引き十日もかけて読んでいた。頻繁に辞書を引いていていると、なんの文だったのかわからなくなってしまうこともあった。二十年以上にわたって仕事で英語は使っていたが、Economistの記事は別の社会向けのものだった。
二年後に日本のベンチャーによばれて、二〇〇二年の年末にボストンに赴任した。債務超過で倒産状態だったアメリカ支社の立て直しにとりかかった。ひと月もしないうちに問題の所在がはっきりした。問題はアメリカ支社ではなく、日本本社の販売政策だった。日本の本社との交渉が最初(そして最後)の仕事になった。半年ほどは打つ手がなくて、毎月増える債務に胃に穴の開く思いだった。あれこれ考えた末に、本社を説得してこうすればと思いついた手をうったら、あっというまに立て直しの目途がたってしまった。
アメリカ人従業員が意気に感じて働いてくれる環境を提供するのが責務で、実務でアメリカ人と仕事で競い合ってもしょうがない。そもそもいつまでもアメリカにいるわけじゃない。やることとやり方がきまってしまえば、あとはアメリカ人にまかせればいい。

細かな調整もすんで日々の業務にかかわることが極端にへって手持無沙汰でしょうがない。新規市場を開拓するための新しいパートナーをと業界情報を漁っていたが、そうそうメシの種になる次の戦場が見つかるわけでもない。時間を持て余したことを幸いにEconomistの年間購読を始めた。家に帰っては辞書を引き引き読み続けた。それは二〇〇五年に帰国しても続いていた。

購読し始めて十年も過ぎれば、読んでいて次になにが書いてあるのか想像がつくようになる。そうなると机に座って読む時間がもったいなくなる。読むのが混んでいない帰りの通勤電車の中になって、いくらもしないうちに読むのも面倒になった。最後は、ベッドに入ってオーディオファイルを(睡眠導入剤かわりに)子守歌かのように聞き流していた。慣れてしまったまでならいいのだが、どうにもEconomist臭さが鼻につきはじめた。長かった付き合いもここまでかと、十年ほど前に購読を止めた。
Economistは所詮巷の経営者や経済動向を気にしなければならない人たち向けの週刊誌で、経済学者や研究者は目を通すこともあるかもしれないというものでしかない。紙面は経営者やコンサルタントや金融業界の視点に合わせてかたちで構成されていて、経済学上や社会学上の理論がどうのという話にはならない。一見見透しのきいた記事にしても営利ビジネスの宿痾の問題が透けて見える。巷のビジネスとのかかわりが過ぎれば、いいことが中心でマイナスのことはちょっとしたスパイス程度までにしか踏み込めない。そこまでかと思い出すと、途端にビジネス臭さ――関係者の顔色見ながらの編集方針が鼻につきだす。

十年以上前のものだが、関係者の顔色を見ながらのような気がした記事の一つを例としてあげておく。
Business Inditex
Fashion forward
Zara, Spain’s most successful brand, is trying to go global
Mar 24th 2012
https://www.economist.com/business/2012/03/24/fashion-forward

表題を機械翻訳すると下記になる。
「スペインで最も成功したブランド、ZARAがグローバル化を目指す」

ひっかかるところを機械翻訳した。
「インディテックスの創業者であるアマンシオ・オルテガが好んで言うように、ファッションは魚を売るようなものだ。新鮮な魚は、最新色の裁断したてのジャケットのように、すぐに高値で売れる。昨日の獲物は値引きしなければならず、まったく売れないかもしれない」
「このシンプルな洞察力が、インディテックスを世界2大洋服メーカーのひとつに押し上げた。(もう1つはスウェーデンのH&M Hennes & Mauritzで、ほぼ同じサイズだ)スペインの漁港ラ・コルーニャ近郊を拠点に、インディテックスの主力ブランドZARAはヨーロッパを制覇した」

「製品の半分強をスペイン、ポルトガル、モロッコから調達している。その分コストがかかる。しかし、インディテックスはサプライチェーンが短いため、新しいトレンドに素早く対応することができる。ZARAは、明日の流行に賭けるのではなく、顧客が実際に何を買うかを見極め、それを作ることができる。他社が不要な在庫を抱える中、インディテックスはフルプライスで販売する」
「いずれインディテックスはアジア向けのビジネスモデルを適応させなければならないだろう。中国での売上が伸びれば、物流とデザインの両方を中国に置くことは理にかなっている」
「インディテックスの元幹部は、オルテガ氏のモデルの天才的なところは、毎シーズンのトレンドをいち早くキャッチし、流行遅れになる可能性のある特定のスタイルとは無縁であることだと言う」

巷の情報をまとめれば次のようになる。ZARAは二百人におよぶデザイナーによって常に流行のファッションを生み出し、消費地に近いところで需要に応えるだけ生産する。流通時間と生産コストを最小限に抑え不良在庫の発生を最低限に抑えている。
「ファッションは魚を売るようなものだ。新鮮な魚は、最新色の裁断したてのジャケットのように、すぐに高値で売れる」うまいこと言うもんだと感心すると同時にそう簡単にいえることなのか?例外も結構多いんじゃないか?と思いながらも、Economistの記事には目を開かされた気がした。確かに人件費の安(かった?)い中国で大量生産していたら、さまざまな市場の要求や需要に即座に対応できないだろう。

あれから十年以上、薄々そんなことじゃないかと思っていたことが書いてあるニュースを何度も目にしてきた。Economistの記事、Economistが独自に調べたものというよりZARAやZARAの関係者から聞いた、あるいは提供された情報を上手にまとめたものでしかないんじゃないか?体のいい提灯記事もどきのような気がしてきた。Economistのビジネス臭さに購読を止めたのは妥当な判断だったと思っている。

Volzaというサイトが詳しい情報を提供している。ZARAが児童労働が問題となっているバングラディシュからも……。
「Zara Clothes Exports from Bangladesh – Market Size & Demand based on Export Trade Data」
表題を機械翻訳すれば「バングラデシュからのZARAの衣料品輸出 – 輸出貿易データに基づく市場規模及び需要」になる。urlは下記のとおり。
https://www.volza.com/p/zara-clothes/export/export-from-bangladesh/

「バングラデシュからのZARAの衣服の輸出のほとんどはペルー 、カザフスタン 、 ウクライナに送られます。 世界的に、ZARAの衣服の上位3つの輸出国はトルコ、中国、バングラデシュです 。トルコは、ZARA Clothesの輸出で156,735件の出荷で世界トップ、次いで中国が116,909件、バングラデシュが112,749件で3位となっている。 これらのデータは2024年7月17日まで更新されており、VolzaのZARA Clothesのバングラデシュ輸出データに基づいている」

新宿をあるけば、ファッションの流行が昔のように一様ではないことに気づく。エスカレータに乗るときに裾を気にしなければならないロングスカートもいれば、七十年代のような短いスカートで闊歩している人もいる。スリムなジーンズの人もいれば、ゆったりしたズボンの人もいる。高度成長期のような華やかさは影を潜めたが、日本の厚い中間層のファッションはバラツキながらも捕まえやすい範囲に収まっている。人種も文化も気候も違うアメリカではファッションの流行も驚くほど幅が広い。中国とインドや東南アジアもそれぞれの文化から生まれる流行がある。それをZARAご自慢の二百人のデザイナーでカバーできるとは思えない。どうやってと思っていたら、思わぬところに答えがみえた。普通に考えて、川西さんの勘違いとは思えない。下記YouTubeをご覧ください。
「ZARAはハイブランドを真似してるだけ…世界1位のアパレル企業がやってるヤバい事」
https://www.youtube.com/watch?v=wx4hwho_l-o

バングラディシュのアパレル業界については、Bappa ShotaのYouTubeをご覧ください。
「メディアで報じられないアパレル業界の驚愕の闇…」
https://www.youtube.com/watch?v=ZGVy2Uvqnso&t=919s

マスコミが伝える美談は美談の裏を伝えることはない。表があれば裏もある。裏のない表はない。裏を見るには手間暇かかるし、見たくもないものを見ることになる。だったら綺麗な表だけを見ていればいいじゃないかと言われそうだが、見ちゃいけないものだからこそ見てみたい、見なきゃという衝動を抑えられない。

p.s.
<赤かオレンジか>
年配の方なら覚えていらっしゃるかもしれない。一九七六年、高度成長に限りが見えてきていたが、それでも華やかな時代だった。カネボウが「Ginza Red Oui Oui ギンザ・レッド・ウイウイ」をキャンペーン・テーマ曲として口紅の赤を売りにした。それに対抗して資生堂はオレンジ色のリップを売り出した。元祖pHリップとして今でも人気商品らしい。
「Ginza Red Oui Oui ギンザ・レッド・ウイウイ」
懐かしい曲をどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=KtclNM_rmZU

資生堂の「【元祖pHリップレポ】40年以上前に発売された資生堂『リップスチック』はコスパ&色もち最高の名品でした」は下記urlを。
https://youpouch.com/2022/05/11/828693/

華やかな消費文化の真っ只中、流行が一つだった時代に赤かオレンジでひと騒ぎ起きた。アンチもあったが、あってもなくても大勢に影響のないレベルで、はっきりとした一つの流行が支配していた。あれかこれかと悩むことの少なかった時代だった。
七十年代初頭、柏の独身寮から丸ビルに通っていた。通勤の車内でどこからともなく、資生堂のモアの香りが漂ってきた。イブ・サンローランのオピウムも好きだが、モアには忘れらない若い頃の思い出がのっている。
2024/11/2 初稿
2024/12/29 改版

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion14026:241231〕