この論考は、精力的なパレスチナ・ウォッチャー、アリー・アブーニウマがアウシュビッツ解放70周年記念日のフランス大統領の演説に注目して同日1月27日に自身のブログに投稿したものである。著者は、パレスチナ系アメリカ人のジャーナリストでエレクトロニック・インティファーダの創設者の一人で、記事は ただちに「インティファーダ・パレスタイン」、「エレクトロニック・インティファーダ」に転載された。
この記事の中心となる「anti-Semitism」は、19世紀人類学につくられた 非アーリアを特徴とする「セム語族」に発する(現代ではその学問的根拠は否定されている)が、ヨーロッパ社会での「ユダヤ人はパレスチナ に入植すべきセム族」の表象をともない「反セム主義=反ユダヤ主義」として流通してきた。ここでは文脈からして「反ユダヤ主義」としてみた。拙訳ですが紹介させていただきます。また「訳者後 記:イスラエルと反ユダヤ主義」も参照してください。(2015年2月3日 記)
French president’s Holocaust day speech presages crackdown on Palestine supporters
フランス大統領のホ ロコースト記念日の演説はパレスチナ支持者に対する弾圧の前兆
アリー・アブーニウマ(松元保昭訳)
2015年1月27日
エレクトロニック・インティ ファーダ
インティファーダ・パレスタイ ン
フランス大統領フランソワ・オランドは、人々がオンライン発言を許されていることに対して彼の政府が締め付けを強化する予定であるとし、それを確認するために国際ホロコースト追悼記念日のス ピーチを利用した。
計画された取締りの強化は、反ユダヤ主義との闘いという装いのもとでイスラエルに批判的な言論の検閲を、フランス当局がさらに促進するよう権限を行使したいのだという懸念を高めている。
オランドは、ソヴィエト軍のアウシュビッツ解放70周年記念のパリの祝典で「反ユダヤ主義はその外観を変えたが、古くからの根は失われて いない」と語った。
今日、「それはイスラエルに対する憎しみで培養されており」また「中東の紛争が持ち込まれている」と彼は言う。
イスラエル批判と反ユダヤ主義のこの合成物は、フランス におけるパレスチナ連帯運動を弾圧するさらにきびしい取締りの前兆である。
オランドのスピーチは、今月前半に3人のフランス人ガンマンがレイシスト誌シャルリー・エブドのオフイスとユダヤ人スーパーマーケットと警察を攻撃して17人の人々を殺害して以来、発言し書いたことのため 何十人もの人々が懲役刑を受けたというフランスに広がる取締り強化のすぐ後に続いて現われた。
●イスラエルに叱責
またオランドは、フランス・ユダヤ人に語りかけフランスのユダヤ人人口の移転を急に引き起こすその影響のため遠まわしにイスラエルを叱った。「あなた方の場所、あなた方の家は、ここです。もしあなた方なしに生きるとしたら、わが国はもはやフランスではなくなるでしょう。」
ユダヤ人の出発を奨励するためフランスの最近の襲撃を利用することを望んでいるイスラエル当局に腹を立てているかのようなもっともらしいコメントの中で、オランドは語った。「もしテロリズムが、フランスの大地から、フランスの言語から、フランスの文化から、ユダヤ人を解放したフランス共和国から、あなた方を追い出すことに成功するなら、そのときテロリズムはその目標を達成したことになるでしょう。」(フランスにおけるオランド・スピーチの完全ビデオ参照)
イスラエル当局は、フランス・ユダヤ人を国際法に違反して占領地ウェストバンクで建設された入植地を満たしうる潜在的人口の備えと考えているのだ。
●言論の自由の統制
オランドは、彼の政府の計画では「人種差別と反ユダヤ的 な言論の撲滅」は民法の報道法から刑法へと変更されるだろう、また人種差別や反ユダヤ的な動機は犯罪の要素をさらに重くさせるものと扱われるだろうと明言した。
インターネット関連企業とソーシャルメディア・ウェブサイトは、「彼らの責任が問われる」ことになり、また対処に失敗するなら処罰されるだろう、と彼は語った。
ウェブサイトを遮断する権限を大臣に与えることを含め、 オランドの声明はインターネット上の発言により厳しい法律上の規制を与えるというシャルリー・エブド襲撃後すでに「当局に発表された」計画を確認したものである。
また、内務大臣ベルナール・カズヌーヴは、「インター ネットの監視、とくにソーシャルネットワークは、フランス内外の諜報機関とスパイ組織に委ねられるだろう」と公表した。
●フランスのイスラエル・ロビーの支援
フランス・ユダヤ人共同団体の主要傘下組織CRIF(フランス・ユダヤ人団体代表評議会)の代表ゴジェㇽ・クーキェルモンは、今月前半、インターネットに対しよりきびしい規制をまた不法な言論 に対してよりきびしい刑罰を推し進めるため、政府当局のトップと会談した。
また、フランスのもっとも重要なイスラエル擁護団体であるCRIFは、「テロリズムと反ユダヤ的な言説要求と効果的に戦うために」人種差別と反ユダヤ主義の言論をより重い犯罪のカテゴリーに変更すること、またツイッター、フェイスブック、グーグル、ユーチューブにおける言論を規制する法律を変更することなど、公表されていた措 置をはっきりと要求した。
その効果は偏見と人種差別と戦うことに向けられていると CRIFは主張するが、憎しみがパレスチナ人、アラブ人、またムスリムに向けられている限り、その団体は明らかに暴力的な人種差別を大いに許容していることになる。
たとえば、CRIFの代表クーキェルモンは反パレスチナ の極右のイスラエル閣僚ナフタリ・ベネットを歓迎した。ベネットの政党はパレスチナ人の自己決定権とパレスチナ人民の存在さえ否定しており、彼はまた「私の人生で多くのアラブ人を殺したが、それで何が問題だというのか」と誇ってさえいる。
【訳注:ナフタリ・ベネット経済貿易大臣は、極右政党「ユダヤの家」の党首であり、BDS の対象となっている入植地製品を「民族共生の平和地区製品」と強弁している。参照:パレスチナの平和を考える会ブログhttp://d.hatena.ne.jp/stop-sodastream/20130624/1372074349】
ベネットの政党の別の幹部、国会議員のアイェレット・ シャケドは、「卑劣な蛇たち」を産むパレスチナ人の母親を撲滅せよとパレスチナ人のジェノサイドを含む悪名高い要求をした。これらのいずれもがCRIFには何の問題もないようだ。
【訳注:イスラエルのガザ襲撃が予想された2014年7月1日、極右政党「ユダヤの家」に所属する38歳 の女性議員アイェレット・シャケドはパレスチナ人に対して、「彼らは皆、我々の敵であり、その血は我々の手によって垂れ流されるべきなの だ。そしてそこには地獄に送られた殉教者の母親たちも含まれる。母親たちも皆一緒に地獄に行くべきだ。そうでもしないと、また小賢しい 〈ヘビ〉たちが生まれ育てられるだけだ。」 と自身のFacebookページで発言した。また同月23日には、入植地キリヤット・アルバのユダヤ教のラビ、ドブ・ライオルは、「ガザ地区のすべての人々の殺害と彼らの住宅の全壊を求める教令を発した」と報道されている。】
●反ユダヤ主義とイスラエル非難の合成物
発言することを規制する法律が名案なのかどうか人々の考えは鋭く異なってくるかもしれないが、人は誰でも、宗教、民族、人種、その他の特性による偏見は悪いものだということに同意すべきだ。
問題は、イスラエルとその擁護者が、一方では―ユダヤ人である故のユダヤ人に対する偏見―反ユダヤ主義と、また他方ではイスラエルのパレスチナ人に対する植民地主義的な占領、虐殺、暴力との間 の境界線を、長年曖昧にさせようとしてきたことである。
ヨーロッパに広がるこの曖昧化のキャンペーンは、最近、イギリスで成功をおさめた。イギリス政府の政策文書が、パレスチナ人の虐待に共謀するイスラエルの学会組織のボイコットは「反ユダヤ的」 であると宣言したのだ。
目標は、イスラエル批判やパレスチナの土地の植民地化を動機づけるシオニズム・イデオロギーを、社会的に容認できない不法な偏見の形態と結びつけてパレスチナ人の権利擁護に連帯することをタ ブーにすることだった。
●パレスチナ擁護の規制強化
フランスのインターネットおよびテクノロジーの刊行物ヌメガンム(Numerama)でコラムニストのギィジョンム・シャンプゥは、当局はまもなくイスラエルに批判的なものを標的にどんな裁判所の裁定もなしにウェブサイトを遮断できるようになるだろうと警告した。
「われわれは、首相マヌエル・ヴァルスが反ユダヤ主義と 見做すことにかけてはとりわけ広範な意図をもっていることを知っている。」シャンプゥは続けて、「ユダヤ人に対する憎悪だけでなく…イス ラエル国の内外政策やイスラエルを支持するいわゆる「シオニスト」に向けられた、もっとも説得力ある系統だった言論をも彼は含めているの だから」と。
シャンプゥは、昨年3月、フランスの強硬派首相が反ユダヤ主義との戦いにかんするCRIF評議会でなされたスピーチに注目している。
「この反ユダヤ主義、これはまたイスラエルの憎悪を煽る新しいものだ」とヴァルスは語った。「それは反シオニズムから供給される。反シオニズムは反ユダヤ主義に扉を開けることだから。なぜなら イスラエル国家の問題を呼び起こすことは…反シオニズムに基づく今日の反ユダヤ主義なのだから。」
シャンプゥは、反シオニズムと反ユダヤ主義との相違点は、「常に明瞭なわけではないが」、しかし「その区別は民主主義においては文字通り決定的に無くてはならないものであり続けるし」、また それを「国家に委ねるわけにはいかない」と強調する。
パレスチナ人は、彼らの闘争はユダヤ人に向けられたもの ではないと常に主張してきた。例えば、2012年には多数の著名なパレスチナ人の 活動家と知識人が闘いの正当性を確認する声明に署名した。「自由、正義、そして平等のためのわれわれの運動の主要な原則:われわれの譲渡することのできない権利のための闘争は、反ユダヤ主義、イスラモフォビア、シオニズムに限定されず、またとりわけどこにでもいる有色人種 や先住民族の人々など誰にでも向けられる偏見の他の形態を含む、人種差別と偏見のあらゆる形態に対して反対するものである。」
【訳注:2012年10月12日に公表されたパレスチ ナ人による声明「パレスチナ人の権利のための闘争はあらゆる形態の人種差別や偏見とも相容れない」:自由、正義、そして平等のためのわれ われの運動の主要な原則として上記の言葉が掲げられ、122人が署名している。http://electronicintifada.net/blogs/ali-abunimah/struggle-palestinian-rights-incompatible-any-form-racism-or-bigotry-statement 】
また声明は、「イスラエル批判やシオニズムへの反対を抑 えるための道具としてシニカルで根拠のない反ユダヤ主義の用語を利用する」ことにも反対した。
フランスには、すでにパレスチナ人の権利擁護に対する国家弾圧の歴史がある。パレスチナの人権侵害に共謀するイスラエルの国家、企業、学会のボイコットを求める活動家たちへの裁判や昨年夏のイスラエルのガザ襲撃に反対するデモンストレーションの禁止を含めて。
政府の対策の広範な影響を懸念して、アムネスティ・インターナショナルは表現の自由を守るためオランドに催促する請願運動をスタートさせた。
取締り強化の只中にあって、フランスのパレスチナの権利支持者には人生がより困難なものになろうとしている。
(以上、翻訳終わり)
【訳者後記:イスラエルと反ユダヤ主義】
パリのシャルリー・エブド襲撃事件直後、ネタニヤフ首相は 「ユダヤ人はどこでも安全が保障された国で住む権利がある。しかし、祖国はただひとつだ。そこではいつでも諸手を挙げて歓迎する。」と述 べて、オランドが演出した俄かデモに馳せ参じた。この発言の狙いは2つある。ひとつはヨーロッパにおける「反ユダヤ主義」が「イスラム・テロ」によって再燃していると煽ること。もうひとつは、イスラエル支配層のアシュ ケナージ・ユダヤ人がこの数年ですでに100万人超の出国で減少をきたしており、 とくにフランスのユダヤ人富裕層のイスラエル「帰還」を期待していることだ。イスラエル・シオニズムにとって一石二鳥のチャンスを得たわ けだ。
シオニズムの創始者ヘルツルは、反ユダヤ主義者を彼の運動の最良の「友であり同盟者」と見做していた。「反セム主義とシオニズムは互いに排他的になるどころか、互いにより補強し合った」とヤコ ブ・ラブキン氏は述べて、「イスラエルのベテラン政治家アバ・エバンは、イスラエルのプロパガンダにとって主要な課題は、反セム主義と反シオニズムとの間には何の違いもないということを世界に公然と知らせることだ」と語ったことを氏は指摘している。上の記事で問題にされている、シオニズム批判、イスラエル批判が、そしてパレスチナ擁護が、反ユダヤになるという「すり替え、曖昧化」の根は深い。
パレスチナ植民のためにハーヴァラ協定などでナチスとの共犯関係を経て、イスラエルは「建国」後、反ユダヤ主義の象徴「ホロコースト産業」に支えられてきた。反ユダヤ主義こそが、本来のユダヤ教 とは無縁の「民族」や「国家」を鮮明にする触媒作用があったからだと言える。ネタニヤフの言動は、「反ユダヤ主義」の再燃が依然イスラエル国家を「補強」してくれるものだという証となる。
テロリズムを自ら育んできた米国は、「対イスラム国有志連合」が60か国になったと豪語しているが、もっとも安堵しているのはイスラエルだろう。もしここ30年ばかりの「イスラム・テロ」を看板にしたニセ旗キャンペーン がなければ、人種差別と戦争犯罪国家イスラエルを指弾する国は間違いなく60か国 以上になっていただろう。数百万人ものイスラーム世界の犠牲者を出しながら、イスラエルは反テロ永久戦争のお蔭で半世紀以上もの不処罰と 例外国家を手に入れてきたといえる。
武力で「聖地」を強奪する方針を綱領に掲げた初期シオニス トの直系がメナヘム・ベギンでありシャロンであり現首相のネタニヤフだ。最近の世界を見ると、イルグンやシュテルンやレヒなどのテロ組織が平和であったパレスチナをテロの恐怖に落とし入れまんまとその土地を奪ったように、世界中を米-イスラエルの諜報機関と軍産複合体の手先に育まれた「ならずものテロ」でぐちゃぐちゃに攪乱したかたわら、パレスチナ人の苦難を隠してまんまと犯罪国家の安泰を欲しい侭にしてきた。こうして「テロとの戦い」はイスラエルに一石三鳥をもたらす。
イスラエルの「民族」主義、国家主義、植民地主義を清算できないまま、今またウクライナ民族排外主義が戦闘を繰り返し(EUはすぐに足並み をそろえて「テロとの戦い」を強調)、ドイツなどでは「イスラム化に反対する愛国主義者」(ペギーダ)が再燃し、日本でも中国、韓国を敵視する排外運動が政権と手を握っている。イスラエルのように「民族」や「国家」に回収されていては、犯罪国家の道しか残されていないだろ う。
ちなみに今回の日本人が犠牲者となった事件の経過とここ数年のイスラエルとの急接近やマケインとの会談などを見ると、安倍首相は失策でも失態を演じたのでもなく、当初から有志連合参加と集団的自衛権発動が目的であって人命尊重はそもそも視野にはなかった確信犯として指弾されるべきである。政府批判、国家批判の「自粛」は、あと一 歩で「国家絶対主義」に近づく。
「国家の公式声明を鵜呑みにせよ」、これが9・11以来普 遍的な公式となった。カナダで、オーストラリアで、パリで、またはガザ襲撃のきっかけに仕立てた西岸の入植地青年殺害やマレーシア機撃墜 などなど、犯人もろとも完全な「証拠隠滅」で素人には真相を知りえない。テロの出自であるシオニストのテロ以来、テロと陰謀は付き物である。どんな小さなテロでも陰謀なしには成立しない。かたやCIAやモサドといった世界に網を張る巨大諜報組織の政権転覆陰謀や暗殺などを 野放しにしておいて、庶民にはメディアを利用して「国家公式声明」を鵜呑みにさせる。あるいはかたや、米国-イスラエルの打ち続く戦争犯罪で国際人道法や国際刑法を国連の共犯を道づれにことごとく 機能不全にしておいて「法の下の平等」を奪い、「国家公式声明」の2枚舌や二重基準を当たり前のものしてしまう。このオーウェル的現実から脱却しないことには、民衆がテロと戦争と棄民から解放される道はなさそうだ。 「陰謀論」を揶揄する能天気はそろそろやめて、世界を地獄に落としめる陰謀を世界大の民衆が暴くほかないであろう。(2015年2月3日松元記)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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