「アナウンサーたちの戦争」(2023年)
「アナウンサーたちの戦争」は、前評判の高いドラマであった。アジア太平洋戦争下のNHKアナウンサーたちの「葛藤と苦悩」を描くというもので、実在のアナウンサーが実名で登場する。
私も、これまで、若干、NHKの歴史について調べたことがあったので、関心も高かったが、とくに目新しい展開はなかった。ただ、神宮外苑の学徒出陣の中継は、和田信賢の担当だったが、マイクの前で絶句、隣の志村正順に手渡して、その場を去り、学生たちの行進に悶絶するという場面だった。というのも、事前に、多くの学徒たちに取材し、「死にたくない」と涙ながらの本音を引き出していたからであり、それを原稿には反映できないまま、徹夜で仕上げた原稿を前に、語り出せなかったという設定であった。また、一つは、国策の「宣伝者」、プロパガンダこそが任務として「雄叫び派」の先頭に立っていた館野守男が、インパールで<死の行進>を目の当たりにして、帰還後は一転する。館野の変容は事実ではあったことは、どこかで読んだことがある。
ただ、和田の一件は、はじめてだった。いまのNHKは、ドキュメンタリーでもドラマでも、平気で史実を曲げることが多いし、編集で都合の悪いところは切ってしまうのが日常だから、この辺は調べてみたい。
なお、学徒出陣の中継を担当したアナウンサーについては、思い出すことがある。敗戦直後、我が家にはミシンがなく、洋裁が苦手だった母は、自分の着物をほどいたものや安い生地が、闇市で手に入ったりすると、近所のKさんという洋裁の得意なおばさんに、寸法を測ってもらって、ジャンバースカート、ワンピース、トッパ―?などをしつらえていたことがあった。駄菓子屋の裏手に間借りをしていた。これは母からのまた聞きなのであるが、Kさんは苦労人で、先のアナウンサーとは離婚して、子どもを自分の手では育てられなかったと。当時はまだラジオだけだったが、それでも、はなやかな職業の人にも、いろんなことがあるのだと、子ども心に知った。現在でも、NHKの職場はどうなっているんだと思うような、過労死あり、不倫あり、ストーカーあり、ひき逃げあり、・・・。
戦時下のNHKの報道のニュースソースはすべて、国策に沿った同盟通信社であったから、大本営発表の嘘を平気で放送した。それに、現在のように「記者」はいなくて「放送員」というアナウンサーが原稿を書いていた時代である。だから、アナウンサーに問われるのは、いわゆる「淡々調」か「雄叫び調」にとどまらない、放送内容に深くかかわっていたのである。館野は、敗戦後は解説委員になっている。
それにしても、登場のアナウンサーたちは、みんなどこか”かっこよく“、美談を背負ってソフトランディングをしているではないか。占領下のNHKはGHQとどう対峙してきたのか。独立後は、そして現在は、表現の自由が憲法に定められているのにもかかわらず。ETV特集「国際女性法廷」、クローズアップ現代「郵政簡保」、統一教会報道などに見る、政府からの圧力、政府への忖度は後を絶たない。
現在のNHKのアナウンサーは民放に移ったり、フリーになったり、定年後はコメンテイターや大学教員になったりと華やかながら、報道やエンターテイメント番組にしても、その劣化は著しく、国営放送と見まがう国策報道に徹し、ジャニーズのタレントを登用し続け、民放で人気になったタレントを引き入れるのは日常茶飯である。
なお、和田、館野の上司である米良忠麿がマニラ放送局を死守して亡くなるのだが、赴任中、家族にあてた手紙や絵はがきが残っており、放送文化研究所に寄贈されている。その一部が、「アナウンサーたちの戦争」のWEB特集で紹介されている。日本映画社の友人がフィルムの航空便で日本に送り、家族に届けられた、検閲なしのたよりだった。日本の占領下にあるマニラの町の人々や戦局悪化の中での暮らしの様子などが、うかがい知ることができる貴重な資料にもなっている。
☆☆☆☆☆2023年8月14日 午後10:00~11:30☆☆☆☆☆
【作】倉光泰子 【音楽】堤裕介 【語り】橋本愛 (和田実枝子役)【取材】網秀一郎 大久保圭祐【演出】一木正恵【制作統括】新延明
【出演者】森田剛(和田信賢アナ) 橋本愛(和田実枝子アナ) 高良健吾(館野守男アナ)浜野謙太(今福祝アナ) 大東駿介(志村正順ア ナ) 藤原さくら(赤沼ツヤアナ) 中島歩(川添照夫アナ)渋川清彦(長笠原栄風アナ) 遠山俊也(中村茂アナ)古舘寛治(松内則三アナ) 安田顕(米良忠麿アナ) ほか
初出:「内野光子のブログ」2023.8.17より許可を得て転載
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2023/08/post-4c231d.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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