小説『つがいをいきる』の中で、著者の松井久子氏は様々なテーマを語っている。恋愛、家族、晩年、アイデンティティ、ジェンダー、時代精神、民主主義、生命、死…。もちろん、こうした問題すべてをこのテクストの中で語ることはできな
本文を読む髭郁彦の執筆一覧
林完枝先生を追悼する
著者: 髭郁彦ジェームズ・ジョイスがご専門の英文学者で、明治学院大学で長年教鞭を取られていた林完枝先生が、3月21日にお亡くなりになったというメールをご家族の方からいただいた。9月の初めに子安宣邦先生の『天皇論』の書評をお送りし、い
本文を読むダブルデカダンスの二重性
著者: 髭 郁彦句集とは何か。俳句が連続的に提示されるテクスト。そう言ってしまえば、それで済む事柄ではあるが、句集の主要な特徴は音節数が制限され、また、接続詞のようなコネクターによって前の言表と後ろの言表とが結びつくことが殆どないテク
本文を読む『天皇論 「象徴」と絶対的保守主義』を読む
著者: 髭郁彦われわれは望む、望まぬに係わらず、日本という国に生まれ、日本語という言語を母語とし、日本国民として生きていくことを担った存在者である。この当然の事柄は、必然的に日本という国の根底に位置するある一つのレジームと、肯定する
本文を読むシーラカンスは生きた化石を超えることができるか
著者: 髭郁彦一冊の句集を受け取った。乾佐伎の第二句集『シーラカンスの砂時計』が郵送されてきたのだ。俳句とは無縁であり、作者についてもまったく知らない私ではあるが、タイトルに惹かれてページをめくってみた。 言表連鎖による一般的な論
本文を読む混在したジャンルの向こう側にあるもの
著者: 髭郁彦ミハイル・バフチンはテクスト空間の統一を支えるものとしてのジャンルの意義を強調している。ジャンルからジャンルへの越境は、固定されたジャンルが崩れ去り、新たなジャンルへと向かう解体構築の一つの創造となる可能性が内包されて
本文を読む淇谷の「関東大震災絵巻」を見る:暴力のコード化について
著者: 髭郁彦新大久保にある高麗博物館で去年の7月5日から12月24日迄、「関東大震災100年―隠蔽された朝鮮人虐殺」という企画展が開催されていた。11月のある晴れた日、ちきゅう座の運営員のMさんと一緒にこの企画展に行った。Mさんは
本文を読む鳥海青児の二枚の絵
著者: 髭郁彦9月16日から11月12日まで、東京ステーションギャラリーで、「春陽会誕生100年 それぞれの戦い 岸田劉生、中川一政から岡鹿之助」という展覧会が開催されていた。10月の最終週、平日の午後、予定されていた授業が体育祭に
本文を読む『海への巡礼』を横切って:透明な広がりの中へ
著者: 髭郁彦テクスト空間は深さを求める一方で、広さを求める。広さは様々なテクストを横断して、リゾーム (rhizome) となり、増殖していく。テクストの広がり、それはポリフォニー的な (polyhonique) 展開でもあること
本文を読む田中小実昌と彷徨の文学
著者: 髭郁彦6月17日から8月13日迄、練馬区立石神井公園ふるさと文化館で「田中小実昌―物語を超えた作家―」展が開かれている。田中が死んでから30年も経った今、何故この展覧会が開かれているのかという理由を、私は知らない。かつては人
本文を読むハンセン病文学における反ヒューマニズム
著者: 髭郁彦多磨全生園の敷地は広い。バス停に降りて、ハンセン病資料館までは10分程歩かなければならない。鳥のさえずりが聞こえ、人通りの殆どない園内を歩く。大きないくつかの建物の前を通り過ぎると、沢山の高い木々と灌木に囲まれた道に出
本文を読むフォーヴィズムと表現主義の狭間にあるもの
著者: 髭郁彦キース・ヴァン・ドンゲン(1877-1968) の展覧会が汐留にあるパナソニック美術館で、7月9日から9月25日まで開かれている。この画家を最初に知ったのは文化評論家の海野弘の『一九二〇年代の画家たち』を読んだ時だと記
本文を読む民芸と救済:『仏教者 柳宗悦―浄土信仰と美―』を読む
著者: 髭郁彦今月の初め、詩人で文芸評論家の岡本勝人氏から、『仏教者 柳宗悦―浄土信仰と美―』(以後サブタイトルは省略する) という本を送っていただいた。氏とは昨年の終り頃から幾つかの研究会でご一緒し、お話ししていたが、氏の著作は前
本文を読む語る主体とポリフォニー
著者: 髭郁彦4月2日、現代史研究会でヘーゲルについての講演を聞いた時、講演者である滝口清栄氏は、『法の哲学』の中の「ところで、国家がおのれ自身を規定するところの完全に主権的な意志であり、最終の決心であることは、容易に表象されること
本文を読む絵画の中のマルチチュード
著者: 髭郁彦何も持つものはなかった。未来はなかった。だから二人は小さなことにこだわった。 ―アルンダティ・ロイ、『小さきものたちの神』(工藤惺文訳) 三鷹市美術ギャラリーで2021年12月4日から収蔵作
本文を読む杉浦非水:日本のグラフィックデザイナーの嚆矢
著者: 髭郁彦東京都墨田区のたばこと塩の博物館で9月11日から11月14日まで「杉浦非水 時代をひらくデザイン」という展覧会が開催されている。杉浦非水は近代グラフィックデザインのパイオニアの一人として知られているが、私は彼の作品をじ
本文を読むエスペラントと金石範
著者: 髭郁彦昨年の10月、宇波彰現代哲学研究所のブログに「エスペラント語の世界を考える」という拙論を掲載してもらった (その後、ウェブサイト「ちきゅう座」と「日刊ベリタ」とに転載されている)。この書評はエスペランティストの伊藤俊彦
本文を読む対話空間における間テクスト性と解体構築
著者: 髭郁彦二月二十六日に発刊された『対抗言論』第二号に掲載された子安宣邦氏へのインタビュー記事(「特集1:差別の歴史を掘り下げる」)である「江戸思想史とアジアの近代―日本人と差別の歴史」(以後サブタイトルは省略する) は、子安氏
本文を読むルポルタージュ絵画の可能性
著者: 髭郁彦去年の12月20日に宇波彰先生にお借りした『日本のルポルタージュ・アート~絵描きがとらえたシャッター・チャンス~』(以後副題は省略する) と題された1988年に開催された展覧会の図録。私はこの図録を眺め、そこに書かれた
本文を読む宇波先生の死を悼む
著者: 髭郁彦宇波先生、あなたはいつも軽やかでした。哲学が深さを求めるだけのものではないことを、あなたはいつも語っていた。見捨てられ、顧みることがないような小さなものにこそ真理が隠されていることを、つまりはベンヤミンが語っていたミク
本文を読む『「維新」的近代の幻想』を読む
著者: 髭郁彦去年の11月21日、社会批評研究会の懇親会の席で、会のあるメンバーの方から2020年9月30日に発刊された子安宣邦氏の『「維新」的近代の幻想――日本近代150年の歴史を読み直す』(以後サブタイトルは省略する) を頂いた
本文を読む生命の根源としての血の流れ
著者: 髭郁彦11月18日から来年の1月24日まで、さいたま市のうらわ美術館で「芳年―激動の時代を生きた鬼才浮世絵師」という展覧会が開催されている。詩人の野口米次郎が『六大浮世絵師』の中で「最後の浮世絵師」と呼んだ月岡芳年。江戸川乱
本文を読むエクリチュールの時間と色彩
著者: 髭郁彦ジャンルとテーマはミハイル・バフチンの対話理論の二大基本概念であるが、彼は『言説ジャンル』の中で、「話し手が語ろうと望むことは、何よりもまず、言説ジャンルの選択・・・・・・・・・として実現される。この選択は言葉のやり取
本文を読むエスペラント語の世界を考える
著者: 髭郁彦『歴史・文学・エスペラント』という本を知人の言語学者が送ってくれた。この本は伊藤俊彦というエスペランティストが書いた批評集であるが、私はエスペラント語に関する知識は皆無に等しい。だが、そんな私であっても、この本には非常
本文を読む再び始めること?―認識を巡る思索の書
著者: 髭郁彦7月の中頃、ある研究会の直前、マチュー・ポッド=ボンヌヴィルの『もう一度…やり直しのための思索:フーコー研究の第一人者による7つのエッセイ』(村上良太訳:以後、副題は省略する) という本をもらった。ポスト・モダン以降の
本文を読む戦争と人種差別
著者: 髭郁彦アメリカで起きた白人警官による黒人男性殺害事件に端を発する黒人人種差別抗議デモは、大きなうねりとなり、アメリカだけでなく、イギリス、オーストラリア、ドイツといった国々にも広がっていった。この差別反対運動には黒人だけでは
本文を読む暴力的リゾームと横断性:パンデミックが露わにするもの
著者: 髭郁彦パンデミックが踊っている。流動性と多様性が止まった世界の上で、パンデミックが高笑いをして踊っている。資本主義帝国の中で絶えず流れ、動いていた世界。欲望の実現がダイナミズムの中にある世界。その強固な信仰の下で、われわれは
本文を読む戦争画とプロパガンダ
著者: 髭郁彦1月18日から3月1日まで埼玉ピースミュージアムで「描かれた戦争―絵に託した思い―」というテーマ展が行われていた。川口市立図書館にあったフライヤーをたまたま見つけた私は、この展覧会が非常に意味のあるものであると思った。
本文を読む責任と贖罪:虐殺の記憶を語ること
著者: 髭郁彦1月13日、文京区区民センターで憲法を考える映画の会が企画した「自主制作・上映映画見本市#3」が行われ、総計7本のドキュメンタリー映画が上映された。私はその中で「靖国・地霊・天皇」(2014年)、「9条を抱きしめて―元米
本文を読むそこにアフリカはあるか?:異なる世界を見つめる視線について
著者: 髭郁彦アフリカ開発会議 (TICAD) は日本政府の主導の下、国連、国際連合開発計画、アフリカ連合委員会、世界銀行の協賛を得て、1993年から開催されている国際会議である。この会議は現在、三年に一度開かれており、第7回である今
本文を読む