野田首相は11月にホノルルで開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議で、TPP(環太平洋経済連携協定)参加を表明したいと前のめりだ。与党民主党の前原政調会長も張り切っている。一方で党内の慎重派は署名活動を展開して、執行部をけん制している。読売新聞や朝日新聞などマスメディアも、TPP推進のキャンペーンを張っている。だが、国内のこうした動きと、交渉をめぐる国際的な動きの間にはかなりの温度差がある。国際的にはTPP交渉の雲行きはなんだか怪しくなっているのだ。TPPをめぐる国内の状況は、メディアの報道を含め、日米同盟に縛られた内向きの議論という気がしてならない。(大野和興)
9月22日にオバマ大統領と会談した野田首相は、「普天間で結果を出せ」「米国産若牛肉を早く買え」「TPP、やる気あるのか」を脅され、野田首相が「努力します」という意味のことをヘラヘラかつ神妙に答えている姿がテレビで流れた。日米同盟については最右翼読売新聞はさっそく23日の社説で「同盟深化へ『結果』を出す時だ」と煽り、TPPについて「11月(APECホノルル首脳会議)が日本参加決断の期限」を尻を叩いた。この野田・オバマ会談を機に、民主党政権の中にあった慎重姿勢が引っ込み、促進の声が強まった。
だが現実を直視すると、TPP促進一辺倒の日本のメディアの報道と、現実のTPP交渉の間にはかなりの隔たりがある。例えばアメリカ。オバマ政権は国内、国際政治とも追い込まれ、来年の大統領選挙を控え、TPPどころではないという見方がもっぱらだ。「だからこそTPPで日本を引き込み、得点を挙げようとあせっている」という言い方をする人もいるが、いま米国内の政治状況はそれどころではない。
来年11月の大統領選挙では上院、下院の中間選挙も行われる。すでにワシントンは選挙委一色といってよく、与党民主党と野党共和党の対立は政策的妥協の余地などないほどに先鋭化している。アメリカのマスメディアもTPPにはほとんど関心がないといってよい。
しかもオバマ政権はブッシュ前政権の置き土産であるコロンビア、パナマ、韓国とのFTA国会批准を果たしえていない。FTAによって失業が増えるとして反対する労働組合を説得できないからだ。
オバマ政権のTPP推進の背景には、「2014年までに輸出を倍増し、200万人の雇用を創出する」というオバマの約束があるが、そのためには上記三つのFTAを仕上げなければならない。それには民主党支持基盤である労働組合を「FTAで失業は出さない」ということで説得しなければならない。そのためにオバマ政権は貿易調整支援制度(TAA)と提案している。これは貿易自由化によって打撃を受けた労働者や企業に一定の保証をする制度なのだが、共和党はこの制度は一層の財政赤字を招くと強硬に反対している。つまり、オバマ民主党政権はTPPに到達する前に、袋小路に落ち込んでいるわけである。
このジレンマを抜け出すためには、アメリカはTPP交渉で一方的にアメリカに有利に働く枠組みを交渉参加各国に押し付けなければならないことになる。これもTPPをめぐって日本のメディアが報道しないことの一つだ。現実には、国内のジレンマを抜け出すためのオバマ政権の強硬策は、破たんしつつあるとみてよい。
米国のTPP交渉参加国に対する要求は外交交渉ということで厳重に隠されて外に出てこないが、それでも医療制度や薬品、環境基準、労働基本権などの分野で投資国の権利を重視し、当該国の裁判権も認めない、などといった米国の主張は次第に明らかになってきている。交渉参加国のオーストラリアやニュージーランドでは市民運動や環境保護団体ばかりでなく、議会でも反対論あるいは慎重論が強まっている。また、今年6月にベトナム・ハノイで行われた第7回TPP交渉は、日本のメディアでは枠組み交渉が進展があったと報道されたが、現実には、ベトナム政府代表は「アメリカが繊維と靴について市場開放リストを示さない限り、ベトナムの農産物市場開放策は出さない」という強い姿勢を崩さなかったと伝えられている。
加えて、交渉参加国の一つであるペルーで6月に行われた大統領選挙で、左派のオジャンダ・ウマラ大統領が出現するという出来事があった。ウマラ大統領は、ガルシア前政権が行った新自由主義的政策を批判して登場しただけに、TPPに対しどういう対応をするのか、予断を許さないものがある。TPP交渉はハノイに続いて9月にシカゴ、そして10月24日から28日にかけてペルーの首都リマで行われることになっている。いまのところ、このリマ会議が予定通り開催されるかどうかさえはっきりしない。
TPPをめぐる情勢が混とんとする中で、オバマ政権はより一層強く日本に交渉参加を迫るものとみて間違いない。日米同盟強化一辺倒の野田政権はそれに引きづられて、TPP交渉参加に向け無防備に突き進むことが十分考えられる。
日刊ベリタ(2011年10月10日)より、著者の許可を得て転載
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