TPP交渉参加:政府のまやかしと国民分断報道を乗り越えて

著者: 醍醐聡 だいごさとし : 東京大学名誉教授
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亡国の「感触」外交
政府は、2月23日未明に行われた安倍首相とオバマ大統領の日米首脳会談の場で、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に日本が参加する場合には、「聖域なき関税撤廃」が前提ではないことが明確になったと述べ、来週中にも、交渉参加を正式に決定する方針と伝えられている。こうした日本政府の解釈には重大なまやかしがある。

なぜなら、「聖域」という以上、アンタッチャブル(手を付けない)という意味であり、初めから交渉のテーブルに乗せないという了解がなければ「聖域」が認められたと言えないからだ。げんに、政府筋は、会談のシナリオ調整の段階では、オバマ大統領の応答に「オン・ザ・テーブル」(=すべての品目を交渉の机に乗せる)という文言が入ることを最も警戒していた。なぜなら、例外なく交渉の対象にすると宣言されれば「聖域なき関税撤廃」を通告されたに等しいと日本政筋も考えていたからである。(「産経ニュース」2013年2月20日、14時32分)

ところが、こうした文言が入ることが避けられないとなるや、政府筋は、「全品目を対象にしても結果は交渉次第というのが常識的な落としどころ。全品目の関税ゼロが交渉参加の条件とはならない」とみなし、「オン・ザ・テーブル」でも交渉参加に踏み出すと判断したのである(同上「産経ニュース」)。

これをみても、「聖域が存在する」ことが確認できたとみなす政府の言い分は、「はじめに交渉参加ありき」で用意したシナリオのつじつまを合わせるまやかしの強弁である。しかも、かりに「例外」が認められたとしても、それは当面のことで、参加後5~10年以内にすべての品目の関税を撤廃するのというのが参加国間で合意された原則である。こうした事実を伏せて交渉参加にのめり込む政府の方針は、それによって農水産業者や地域が壊滅的な打撃を受けることを考えれば、「亡国の感触外交」といって差し支えない。

後発交渉参加国は先決の3条件に制約される
折しも、3月8日の朝刊で『東京新聞』ほか数紙は、昨年6月にメキシコ、カナダが交渉参加を認められた際には、先発9カ国から、(1)包括的で高いレベルの貿易自由化を約束する(2)合意済みの部分をそのまま受け入れ、議論を蒸し返さない(3)交渉の進展を遅らせない、という条件が付いていたことを伝えた。
しかも、日本政府は昨年3月にこの内容を把握していたにもかかわらず国会審議でも明らかにしなかった。岸田外相は8日の衆院予算委員会で、メキシコとカナダが条件を受け入れたかどうかについて明言を避けたが、「日本が交渉に参加した場合、この3条件によって議論が制約される可能性もある」(『毎日新聞』2013年3月10日)のは間違いない

自民党の公約隠し
メディアは、TPPへの参加で農家は打撃を受けるが、消費者は安い輸入品で、輸出産業は相手国の関税撤廃易で、それぞれ恩恵を受けると報道している。本当にそうなのか?

「輸出が伸びる」代表例として挙げられるのはアメリカ向けに輸出する自動車産業である。しかし、アメリカが4輪自動車に課している輸入関税は2.5%で、撤廃するとしても5年後。年率0.5%の関税撤廃でなにほど輸出の追い風になるのか? しかも、アメリカ側はこれだけの関税すら直ちに撤廃するつもりはないと公言している。また、2011年時点で関税のかからない海外現地生産台数が総生産台数の63%を占めている日本の自動車産業にとって、関税撤廃が輸出の増減におよぼす影響は少ないのが現実だ。
他方で、すでに始まっている自動車分野の事前協議でアメリカは、わが国の軽自動車の安全基準審査や自動車税が「非関税障壁」になっているとして、規制の緩和や税金の引上げを要求している(「東京新聞」2013年2月27日)。これに対してスズキの会長は「全部内政干渉だ」と厳しく反論している(「日本経済新聞」電子版、2013年2月26日、21時20分)。

こうした「非関税障壁」の撤廃要求は自動車の分野に限ったことでなく、すでに医療、保険、食品表示、知的財産権など、アメリカ政府や産業界が対日輸出や投資にとって不利な規制なり慣行とみなせば、際限なく、訴訟を起こしてでも撤廃を求めることができるということは、このブログでも何度か指摘したとおりである。
だからこそ、自民党は野党として臨んだ昨年末の衆議院総選挙の公約のなかで、「例外なき関税撤廃であればTPP交渉に参加しない」という項目だけでなく、国民皆保険などわが国固有の制度は守るという5つの項目も公約に明記したのである。そして、日米首脳会談に出発する直前に行われた国会審議の場で安倍首相、林農相はこれら6項目がセットで守られるというのが交渉参加の前提と明言した。ところが日米首脳会談後、政府は非関税分野の公約をまるで忘れたかのように、論点を関税問題だけに矮小化するという「公約隠し」に必死になっている

国民を分断するメディアの報道を乗り越えて

重大なことは、そうした政府のまやかしを質し、TPP参加問題について国民に的確な判断材料を伝えるべきメディアがそうした任務を放棄して、「例外ありが確認された」という政府広報に翼賛する報道にのめり込んでいる点である。しかも、TPPの非関税分野に存在する重大な脅威から目をそらせて、TPPに関する国民の賛否を分断するような報道をしているのでから、その罪は大なるものがある。
『日本農業新聞』が3月8日付の論説で訴えているように、TPPは「ゼロ関税と米国仕様のルール改正・規制緩和を同時進行する異常協定である。このままTPP陣営に加われば、農産物輸出大国の攻勢で地域そのものが消滅しかねない。医療や保険、公共事業の大幅な規制緩和で、国民の命、生活が脅かされる」のである。
それゆえに、反TPPは同論説が鋭く記したように、「一部報道が指摘するような農業団体のエゴでは決してない。立場によって利害が錯綜(さくそう)する国益などという曖昧なものではなく、生活に根差した国民の利益である「国民益」を目指す闘いに他ならない」のである。

初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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