なんてことをしてくれたんだ! トランプのはた迷惑―ボルトン回顧録から
- 2020年 7月 13日
- 時代をみる
- トランプボルトン中国田畑光永
香港に中國が先月30日から「香港国家安全維持法」を適用したことをめぐって、中国と西側諸国との対立が先鋭化している。香港では昨年6月以来、香港当局が逮捕した逃亡犯を中国に送り返すといういわゆる「逃亡犯条令」に反対する香港市民の運動が予想外の広がりを見せたことが世界的に注目と、さらには同情を集めた。香港当局がかなり早い段階で「逃亡犯条令」を撤回した後も、市民側は引き続き普通選挙の実施などの要求を掲げたまま運動の勢いを衰えさせることなく年を越した。
その間、北京の中央政府は香港に隣接する深圳まで正規の人民解放軍を派遣し、訓練の様子をニュースで流したりして、香港に威嚇を加えたが、その部隊はついに「越境」することはなかった。運動が下火になったのは、今年に入ってコロナウイルス肺炎が広がり始めてからで、結局、北京は運動を自力で抑えることができないまま「コロナ休戦」となったわけである。
私はこの経過から、じつは中国政府の忍耐強さに驚いた。人口比でいえば、全人口の0.5%ほどの香港が正々堂々と「香港独立、時代革命」といったスローガンンを掲げて刃向かうのを半年以上も手をつかねて見ているというのは、いくら香港が世界の耳目を集めやすい国際都市であるにしても、国内での言論の統制ぶりなどからは考えられない寛容さと感じた。
ところがこれはとんだ見込み違いであった。北京政府は逃亡犯条令どころではなく、この際一気に香港の「一国二制」を骨抜きにすることにしたのだった。今でこそ、中国政府は「香港問題は100%中国の内政問題だ」と息巻いているが、もともと条約上は返す必要のない香港島を1997年に租借期限の切れる九龍・新開地区と一緒に中國に引き渡すことで合意した1984年のサッチャー・鄧小平会談での重要な前提条件が50年間は香港の社会経済制度を変えないという「一国二制」の保証であった。
勿論、香港島の英への割譲を決めたアヘン戦争終結にあたっての「南京条約」(1842年)が正義か否か、という問題はあるが、とにかく有効に機能している条約の廃棄、変更にあたっての当事者の合意である以上、「一国二制の50年間継続」は立派な国際約束である。
そこへ中国の全国人民代表大会常務委員会が決めた法律を一方的に適用し、その解釈権は全国人民代表大会が握り、その実施を中央政府の出先機関が監督するというのだから、白昼堂々の約束違反である。
ところで、香港の市民運動については米政府、米議会、米国民がかねて強い関心を寄せ、市民運動の側も米国旗を掲げるなど米を頼りにするところがあった。それには米中間の商業上の拠点として香港が重要な役割を果たしているという事情もあるが、同時に外交では、中国は原則を振りかざすのを好むわりには、対米となると別扱いという例がままあるからでもあろう。典型的なのは台湾の扱いで、たとえば日本に対してはかつてすでに引退していた台湾の李登輝元総統が病気治療のために来日しようとしたときに中國は猛反対したが、台湾の現職総統が中南米訪問の途次などに米国に立ち寄ることはこれまでに何度も黙認している。
したがって、「一国二制」を骨抜きにするのも、大きなところでは行政長官の直接選挙を2017年から実施という約束を反古にしたのが2014年(この時は反対する「雨傘運動」を抑え込んだ)、そして昨年は「逃亡犯条令」と、順次解決してゆくというのがこれまでの方針だった。それを一挙解決という強硬路線に転じた結果が今回の「香港国家安全維持法」ということになる。
米とはなるべくことを構えないようにという習近平路線を転換した理由は何なのか、それが分からなかった。そこへ「再選協力 中国に懇願」という新聞の見出しが目に飛び込んできた。米トランプ大統領に1年半仕えて昨年9月に解任された、ジョン・ボルトン前安全保障担当補佐官の回顧録の内容を紹介した6月19日付『毎日新聞』朝刊である。
内容は、昨年6月に大阪で開かれたG20首脳会議の後に行われた米中首脳会談で、トランプ大統領が「『突然、話題を大統領選に変えて、中国の経済力に言及』し、『米国の農家と、中国による大豆・小麦の購入額が大統領選に与える重要性』について強調したという」のである。
私は、「これだ」と膝をたたいた、習近平が香港を一気に本土並みの統制下に置く決意を固めたのは。習近平は一昨年、自らの手で憲法を改正して国家主席の任期を撤廃していつまでもその椅子に座り続けることを可能にした。しかし、多くの国を回り、選挙で選ばれた各国の首脳と会うたびに、なにがしか後ろめたさを感じていたはずである。
「 二つの擁護」という最も基本的な中国の政治スローガンがある。「断固として習近平総書記、党中央の核心、全党の核心地位を擁護する」、「断固として党中央の権威とその集中、統一指導を擁護する」がそれであるが、二つといったところで、どちらも習近平を擁護せよというにすぎない。
こんなスローガンを国民に押し付けるのは、彼自身が自らの地位の正統性に不安、後ろめたさがあるからではないか。とすれば、民主主義国家の総本山のような顔をしている米国の大統領が自分の選挙のために外交権を利用して、他国に協力を依頼する、それも選挙民に金が回るようにしてくれというのだから、習近平にとってその一言一言はどれほど耳に心地よかったことか。選挙、選挙とありがたい神輿のように担ぎまわったところで、所詮は金ではないか。われわれの政治とどれほどの違いがあるというのか。とまあ、こんな風に感じたのではないかと私は思う。
ちょうどこの大阪会談の頃から、香港の市民運動は本格化した。犯罪者を中国に送り返すというだけでそんなに騒ぐなら、いっそ一思いに民主だ、自由だなどというごたくを並べられないようにしてくれようというのが今度の法律と言ってよい。
香港ばかりではない。中国内部でもこのところまた言論が原因と思われる理由不明の拘束や大学教授から講義を取り上げるといった事例が目に付く。習近平にへんな自信をつけさせたとしたら、トランプも世界的なはた迷惑をしでかしたことになる。米国民のみなさん、選挙ではなにとぞよろしく。
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