争点はどこに?米中対決の今 あらためて考える中国(1)
- 2021年 1月 8日
- 時代をみる
- トランプ田畑光永米中習近平
新しい年の世界の課題といったメディアの特集記事には必ず米中両国の対立、ないし対決はどうなるか、というテーマが登場する。たしかに米の中間選挙をその年の秋に控えた2018年の春、トランプ大統領が米の対中貿易赤字が大きすぎると騒ぎだしてからほぼ3年、この両国の対立は世界情勢の通奏低音としてなり続けていた。その現状をこの後、考えていくが、とりあえず今回はこれまでの経過と現状を整理しておきたい。
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この3年、時どきで重点は動いた。18年の夏から秋にかけて展開された互いに相手からの輸入品に対する激しい関税合戦が幕開けのファンファーレとすれば、12月のブエノスアイレスでのトランプ・習近平首脳会談の結果、一転して19年前半は双方の閣僚級代表が足しげく太平洋を往来して協定締結交渉が進められ、4月末には協定はほぼまとまった、と伝えられた。ところがそこで内容を知らされた中国国内から「対米譲りすぎ」との声が高まり、交渉は頓挫。一方では、中国製通信機器が米の情報を盗んでいると主張する米側が中国の「華為(ファーウエイ)」製品を締め出そうと新たな攻勢に出て、対立は複雑化した。
6月、大阪でG20の首脳会議が開かれた機会をとらえて再び両国の首脳会談が開かれ、中国側が米の農産物を相当量買い付け、米側は「華為」締め出しの手を緩めることで妥協の道をつけた。その後も小競り合いは続いたが、結局、年末までの交渉で中国側が2017年の実績を基準にして20,21の2年間に総額2000憶ドル分の米製品の輸入を増やすことで、貿易についての話し合いがつき、明けて20年1月、第一段階の協定がワシントンで署名された。
一方、大阪で米中首脳会談が開かれた頃から、香港で市民運動の火の手が上がった。香港で逮捕された逃亡犯を大陸に引き渡す条令に反対する運動である。時には700万の人口のうち200万人もがデモに参加するという予想外の広がりを見せた。
周知のように香港については1997年の返還前に「返還後も50年は従来の法制度を維持し、一国二制度を実施する」という中英両国間の合意があった。しかし、返還後、中国政府は一歩一歩それを崩してきた。最も典型的なのは香港特別行政区のトップ、行政長官は返還20年後には市民の一般投票で選出すると決められていたものを、2014年に17年の次期行政長官選出は「特別選挙人による間接選挙」とすると変えたことで、この時も学生を中心に「雨傘運動」という激しい反対運動が起きた。
中国国内における激しい言論統制や人権弁護士の活動に対する弾圧ぶりを見ている香港市民は、逃亡犯引渡し条令に身の危険を感じたのである。運動は激しく、粘り強く、長く続いた。そして、「一国二制度」がなし崩しにされて行くのを見ていた米英をはじめ西側諸国も陰に陽に運動を支援した。市民側も時には米の星条旗を掲げてデモをするなど、中国政府の神経を逆なでするような行動に出た。運動は19年いっぱい続いた。
20年1月の第一段階協定の署名に続いて、米中両国は残された経済問題の交渉を継続するはずであったが、香港情勢の緊迫に加えて、年明け早々から中国・武漢市に新型コロナ肺炎が発生し、今度はそれが両国関係のとげとなった。
トランプ大統領やポンペイオ国務長官がことあるごとに「チャイナウイルス」、「ウハン(武漢)ウイルス」と口走り、米メディアの中にも中国が日清戦争に負けた当時の「アジアの病人(東亜病夫)」という中国人が忌み嫌う言葉を使うところが出てきたりして、両国関係は一気に険悪化。中国側も外交部のスポークスマンが「コロナウイルスは米国起源」と発言したり、米人記者を追放したりと報復に出た。
対立は米側がヒューストンの中国総領事館の閉鎖に踏み切り、対して中国側も成都の米総領事館を閉鎖するという、まるで開戦前夜のような雰囲気となり、交渉どころではなくなった。「華為」問題でも米側は政府調達から同社製品を外したばかりでなく、同社に米企業から半導体などの部品を供給することを禁じ、さらには第三国企業に対しても米由来の技術による製品の同社への供給をやめさせるなどの措置を講じ、20年9月以降、同社は米製あるいは米国技術による部品供給を絶たれている。
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中国国内ではコロナのために毎年3月に開会される全国人民代表大会(全人代)、政治協商会議(政協会議)が20年は5月下旬にずれ込んだ。そして、それが終わるのを待っていたように全人代の常務委員会は
「香港国家安全維持法」(国安法)を制定、6月30日に施行した。
この法律についてはすでに多くの論議がなされているが、要するに「一国二制度」で約束された香港の特殊性を否定し、文字通り「中国の一部」に作りかえる、それもとみに強権性を増している現体制に強く縛り付けようとするものである。
そこには香港の歴史の特殊性からというべきか、「国家分裂罪」(香港の独立を主張)、「国家政権転覆罪」、「テロ活動罪」、「国家安全危害罪」(外国との結託)などの罪名がならび、その実行のほかに各罪状にそれぞれその「ほう助罪」が規定されて、「その実行を扇動し、ほう助し、教唆し、金銭又はその他財物で他者を援助した場合は犯罪である」と、実行行為には至らずとも不穏なうごきを幅広く取り締まれるようにしてある。
その上、香港の永住民が「香港外で」、つまり外国においてでも該当する行為(たとえば外国人と香港の独立を議論すれば「外国との結託」)を行えば、この法律の適用を受けるし(37条)、さらにはこんな条文もある「犯罪被疑者、被告人に対して、裁判官は国家の安全を脅かす行為を引き続き行うことはないと信ずるに足る十分な理由がない限り、保釈を認めてはならない」(42条)。これは現代の刑事訴訟法の常識である「無罪推定」とは正反対、「有罪推定」の原則とでもいうほかはない。昨年中にこの法律で40人が逮捕され、また外国との結託の罪で逮捕された「りんご日報」紙の創業者、黎智英氏は初公判の後いったん保釈を認められたが、北京の圧力でそれが取り消され、再び収監された、などの事例が起きている。
そして年明け早々の6日には、民主派の前議員や活動家らを中心に53人もの大量逮捕が行われた。容疑は今年に延期された立法会選挙に向けて、候補者選定の予備選挙を民主派が昨年7月に行ったことが、「政府機関の機能を著しく妨害、阻害、破壊する」国安法違反だ、というのだから、牽強付会もここまでやるかと、嘆息するしかない。民主派を根絶しようという意図だけははっきりわかる。
さらに香港に対するほどではないが、チベット自治区、新疆ウイグル自治区に対する政策でも20年夏から秋にかけて中央における高位の会議(チベット工作座談会、ウイグル工作座談会)で、「中華民族共同体意識の徹底と宗教の中国化」という方針が高く掲げられ、各民族の独自性を伸ばすのでなく、漢民族の大家庭の一部に取り込む政策が打ち出された。
つまり貿易不均衡を理由に米側からしかけた米中対立、さらにはコロナをめぐる面子争いを逆ばねにして、習近平政権が香港、チベット、新疆といった周辺部において、中国本土における以上とも思えるほどに強権性をあらわにしているのが現状である。
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これに対して、諸外国の中国を見る目も変わった。それが端的にあらわれたのが、昨年9月の中国・EU首脳会議であった。コロナ旋風の中、リモートで行われたこの会議には中国から習近平国家主席、EU側からはミシェル大統領、フォンデアライエン欧州委員長、独メルケル首相が出席した。
米トランプ大統領はEU各国とも対立を辞さない態度で臨んできたところから、中国側としては「敵の敵は味方」の論理でいけば、この席では多国間主義、世界運命共同体論などで友好・協力をアピールしてめでたく終われると目算していたはずである。ところが実際にEU側の首脳の口から出たのは香港や新疆における人権問題などであった。そこで習近平は「人権問題に教師はいらない」と、事前の筋書きにはなかったセリフを吐かねばならないことになり、米欧いずれからも白眼視されていることを自覚させられたはずである。
中国がその後、RCEPに加わり、TPPにも「積極的に参加する」と、にわかに周辺諸国に接近し始めたのは、米・欧との対立が容易ならざるものと自覚した反動であろう。
米中対立はすでに米中という2つの国家間の対立でなく、今や習近平体制の強権支配体制を疑問視する諸外国との対立に変化した。習近平にすれば「中国々内のことに他国がなぜ口を出すのか、ほっといてくれ」という心境であろうが、「内政干渉」の一言でそれを振り払える時代ではもはやない。
中国はそれにどう立ち向かおうとしているのか、この後、観察していきたい。(続)
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