チャームと建材から
- 2021年 3月 8日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
「使わないという前提で話だけなら」の続きです。
http://chikyuza.net/archives/109157
月の半分以上は大阪から北九州まで、まるで行商人にように行ったり来たりしていた。もしかしたらと遠目からみていた営業マンは引き合いの「ひ」の字もないのに呆れて、いつのまにか勝手にやってればと放任してくれた。
なんとか訪問にこぎつけても、これというプロジェクトの話があるわけでもない。それでも初回の訪問は、ざっと会社と提供している製品やサービスを紹介すればいいだけだから、なんとかなる。問題はその次で、実案件のひっかかりの欠片もみつからないから、話題という話題もない。しょうがないから、あちこちの事業部やビデオクルーから送られてきた資料やビデオテープをダシに話題をひねりだしては、ここはと思うところにおじゃましていた。忙しいところに、ご迷惑をと思いながら何度かいって気がついた。どうも様子がおかしい。嫌がられているようには見えない。それどころか、歓迎されているかのような節がある。仕事に関係したことは二言三言で、たわいのない世間話をして守衛所をでるころには、窓際族の時間つぶしの手伝をしてきたような気がしてくる。
ルートセールスで回っている営業マン、何年も似たようなことをやっていて、いい加減になにか考えることあるんじゃないかと気になる。何か考えること? でも、自分だってあの人たちと似たようなことをしてるじゃないかと思いだしては、同じじゃないだろうって言い訳がましいことを考える。似たように見えても、始まりのところが大きく違うじゃないか。ルートセールスと違って、自分で探し出さないことには、いくところがない。いくところが見つからなければ、引き合いもでてこないし、受注なんかありっこない。固定客がないから、なんの受注ベースもない。もたもたしていればレイオフになる。自分から転身していくのならいざ知らず、レイオフなんて冗談じゃない。ただ、切羽詰まればどうしても素振りにでてしまう。そんな飛び込み営業マンは相手にしてもらえない。つとめて鷹揚に構えて、外面だけはさも自信ありげな風をよそおってはいても、時間とともに追い詰められていく。何かきっかけかヒントになることはないかと、いつも聞き耳をたてるようになっていた。
今週も広島で自動車部品メーカで監視制御システムを紹介して、大阪に戻る途中で玉野で造船に、そして灘でタイヤに寄って帰ってきた。いったところでなにがでてくるわけでもないが、行くところ、寄らせていただけるところがあるだけでも、仕事をしているような気にさせてもらえる。もらえる気になってしまうのも怖いが、これという追いかける案件もないと、そんなのでもなければ気がもたない。月曜日の朝、大阪支店に顔は出したんだし、もうさっさと帰ってしまおうと新大阪から新幹線に乗った。金曜日の夕方だからだろう、出張帰りの人で混んでいる。
動き出す前から後ろの席の三人組が煩い。キオスクで買ってきたビールとおつまみでもう始まっていた。持って歩いていたEconomistを読んでいたが、チャーム、チャームと聞こえてくる。チャーム?まさか素粒子の話?口調からは素粒子となんの関係があるとも思えない。できれば東京に着くまでにできるだけ読み進めておきたい。来週早々次号が届くから、土日をかけてでも読んでしまわないと溜まってしまう。一度溜まりだすと読まずに捨てなければならなくなる。年間五十冊ほどだが、購読料はアメリカなら一冊二ドルかそこらなのに、どういうわけか日本では年間四万円に近い。一冊でも読まずにはなんとしても避けたかった。
記事を一つ読み終わってほっとしたところに、またチャームが聞こえて来た。席についたとたん聞こえてきたチャーム、いったい何なのか気になりだした。聞き耳を立てるわけじゃないが、建材やら林業関係のことばも出てくる。材木とチャーム?どういう関係があるのか。林業は地味な第一次産業、その加工段階の建材となんとなく艶のあるチャームがどこで関係するのかと思っていた。
三人いるからだろうが、話がとぎれることなく続いていた。どうも四国に本社なのか大きな事業体があるらしい。聞いているうちにこう考えれば関係がつかない訳でもないんじゃないかと思いだした。チャームはユニ・チャーム、生理用品のメーカー。それは四国の林業を背景とした建材メーカが新しい事業として乗り出したのがはじまりとどこかで聞いた記憶がある。
東京から北九州までは通い慣れたが、北海道や四国は縁がないこともあって、距離以上に遠く感じる。新居浜だけはなんどもいったが、それ以外の四国はまるで未開の地のような感じだった。林業や建材となると、出張も山間部でいくだけでも大変なんだろうなと思っているうちに、新聞かなにかで読んだ記事を思い出した。
インドネシアが木材をそのまま輸出することを禁止した。最低限インドネシア国内で一次加工をしろという法律だった。発展途上国の産業振興政策の一環としての主張で納得がいく。日本の林業は秋田も四国も飛騨も疲弊していて、日本はインドネシア木材の一大輸入国じゃないのか? 一次加工が何を指しているのか分からないが、加工機械や原材料の丸太や加工木材のマテハン設備も輸出される可能性があるんじゃないか、と思いだした。
林業につづく木材加工設備が気になるが、どこに行けばとっかかりが得られるのか見当もつかない。日々のバタバタがひと息つくと木材加工を思いだした。大きな本屋にいってみたが、手引きになるものは見つからない。しょうがない、鉄鋼新聞なんてのあるぐらいだから、木材加工もなにかあるだろうと一〇四を回した。
「合板業界の事務所を探してるんですけど、似たような前のところありませんでしょうか」
「東京都内でよろしいんでしょうか」
「はい、あるとすれば、千代田区か港区、中央区辺りだと思うんですが」
「そうですね、新橋に合板業界関係の事務所がありますが、こちらをご案内さしあげてよろしいでしょうか」
やった、あるじゃないか。
即電話した。かなり年配の方の声だった。
手短に要点をお伝えして、お伺いさせて頂けないかとお願いした。
「いつでもいですよ。いらして頂けば、色々資料もありますから」
こういうことは一気に事を進めてしまった方がいい。翌日、昼過ぎにお伺いした。
もう七十に近いおじさんだった。業界一筋なのだろう、暇もあってのことかもしれないが、何も知らない素人に丁寧に教えてくれた。そうかそういうことかと聞いていたら、
「ここは合板で、気にしているのは多分パーチクルボードの方じゃないかと思うんだけど。業界としてもそっちの方が伸びてるし。もし時間があるなら、そっちに寄ってみたらどうだろう。ここから歩いて、まあ、若い人なら十分ちょっとだから。今から行くんなら、電話入れるけど……」
「ありがとうございます。今からでお願いします」
教えてもらった通りに歩いて行ったら、五分ほどでついてしまった。
「失礼します。先ほど合板のほうから紹介していただいた藤澤です」
長い付き合いの知り合いからの紹介だからだろう。待ってたよというニコニコ顔で迎えられた。
要点をお伝えする間もなく、用意していた資料を開いて、
「パーチクルボードには三種類あって。違いは密度なんだけど、荒いのと中程度と密度の高いものなんだけど。どれもドイツを中心とするヨーロッパの機械が使われていて、日本にもメーカはあるけど、追いかける意味のあるビジネスサイズがあるとは思えないな」
えっと、がっかりした顔をみて、優しい声で言われた。
「まだ若いんだし、そう先を急ぐこともないじゃないか。せっかくだから、もし時間があったらだけど、ほらその棚にビデオがあるだろう」
こういう優しい上司の下で働いてみたいと、その時は思ったが、誰も戦場で切った張ったの渦中にいれば、そんなことはいってられないだろうし、もう勇退してるから、優しいだけかもしれない。どうしたものかとちょっとためらっていたら。
「パーチクルボードの製造工程が原料から始まって、製品になって、どういうところでどういうふうに使われているか紹介してるから見て行ったらいい。直接仕事に関係しないかもしれないけど、知り得ることならなんでも知っておいたほうがいいよ。話の種までがいいところで、何の役にも立たないかもしれないけど、知識ってやつは、いつどこで役に立つかわからないから」
「若いから日本茶より、コーヒーの方がいいかな」
といながら、奥に入って行って、コーヒーを二つ持ってできた。アシスタントもいない、一人だけの事務所。誰に気兼ねすることもないし、売上売上とせっつかれることもない。うらやましいけど、まだちょっと早い。
2021/2/10
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10622:210308〕
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