嘆かわしや、香港の教育への強権的介入
- 2021年 8月 13日
- 評論・紹介・意見
- 中国澤藤統一郎
(2021年8月12日)
アヘン戦争で中国から割譲された香港は、1997年7月1日再び強引に中国に編入された。2047年まで50年間の「一国二制度」による高度の自治を約束されてのことである。イギリス統治の時代に、香港に根付いた民主的な諸制度は、50年間は安泰である…はずだった。
当時はこう思われていただろう。50年も経てば、中国も変わっているに違いない、21世紀中葉には中国にも香港並みの民主主義が育って円満な香港統合が実現することになるだろう。つまりは、「中国が香港化する」ことを期待されての「一国二制度」だった。しかし、現実はそうなっていない。野蛮な強権支配の中国が、民主的な香港を呑み込む形で、「一国二制度」は既に事実上崩壊している。香港の自治は潰え、中国の強権支配が香港の民主主義を蹂躙しているのだ。嘆かわしいと言うほかはない。
さらに、追い打ちをかけるようなニュースが続いている。「香港 教員組合解散 中国政府の圧力受け」「香港の教員組合解散 国安法のもと『巨大な圧力』」「香港民主派の教員組合が解散 デモ扇動と中国側が批判」という報道。
野蛮な強権中国は、香港の教育に介入を強めてきたが、とうとう教育労組の弾圧に乗り出した。香港最大の教員組合(「香港教育専業人員協会」)が、中国の圧力に抗えず、一昨日(8月10日)解散に追い込まれたというのだ。教員組合弾圧は、労働運動の弾圧というにとどまらず、教育の自由への権力介入として強く批判されなければならない。
民主主義社会では教育の自由が当然視される。真理の伝達が権力の統制を受けてはならない、という自明の大原則が尊重される。国家は教育条件の整備に責任をもつが、教育の内容に介入してはならないのだ。これに対して、専制国家ほど教育に介入し、教育を統制して国家の僕とする。
戦前の天皇制日本が、典型的な教育統制国家であった。何しろ、非科学的な神話と信仰を国家の成り立ちの基礎としている。教育の制度も教育の内容も、強権的なデマゴギーを国民に吹き込む手段とする以外に、国家の権威を保つ術がなかったのだ。この戦前日本の神聖な天皇制神話を、現代中国の神聖共産党無謬神話に置き換えると、やってることの共通性が理解可能となる。どちらも、「愛国教育」にことさらに熱心である。愛国の名で、天皇の名による統治や、中国共産党による支配を貫徹しようというのだ。
香港の教育界は、医療や法律界とともに民主派が圧倒的な基盤を持っていた。「香港教育専業人員協会」(略称は「教協」)は1973年に設立され、約9万5千人の教員を擁する最大の教職員組合。有力民主派団体として、香港や中国本土の民主化運動を支援してきた。当然に権力側には嫌われる存在。同組合は国安法(「香港国家安全維持法」)が求める「愛国教育」に関連して、警察が摘発を示唆していたという。
権力に従順な親中派メディアは、教協を「反中で香港を乱す」組織とレッテルを貼って、連日大々的な批判キャンペーンを続け、警察幹部も「確実に捜査する」と述べていた旨報じられている。
権力支配貫徹を目論む中国政府や党から見れば、教協はその邪魔者。「学生らを洗脳して反政府活動に駆り立てた」ということになる。7月31日、中国の国営新華社通信や中国共産党機関紙・人民日報は「教協というがんを取り除かなければならない」と題する論評を発表。「反中と香港の混乱とを助長」し、「香港に災いをもたらす震源地」などと批判したという。同論評を受け、香港政府教育局は教協との関係を停止すると発表、香港当局の独立性などはまったく存在しないことを示した。
どうして、中国国内に、香港の民主派と連帯する勢力が育たないのだろうか。どうして中国国内から、香港の民主主義弾圧に抗議する声が上がらないのだろうか。暗澹たる気分になるばかりである。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2021.8.12より許可を得て転載
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〔opinion11195:210813〕
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