日本政界は台湾有事を避ける努力を!
- 2021年 12月 29日
- 評論・紹介・意見
- 中国台湾阿部治平
――八ヶ岳山麓から(355)――
12月1日、安倍晋三元首相が講演で「台湾有事は日本有事だ。日米同盟有事でもある」と述べた。これに対し中国は強く反発し、中国外交部が北京駐在の日本大使を呼びつけ抗議したほか、主要メディアが安倍氏を名指しで非難するなど強硬な対応を示したことが報道されている。日本の現職政府高官ではない政治家の言動について、中国側がこれほど大げさな抗議をするのは異例だ(12月8日時事ネット)。
各メディアによると、中国国務院台湾事務弁公室、新華社通信、人民日報系の環球時報も声をそろえて安倍晋三批判をした。環球時報にいたっては、岸田内閣は安倍氏の発言内容をあらかじめ知っていたのに黙認した、といった中国の日本研究者のコメントを紹介したという。
安倍元首相はその後も中国を刺激する発言を繰り返しているが、国会では自民党の一部や国民民主党などが新疆ウイグル自治区での少数民族への抑圧や強制収容などの人権侵害、元テニス選手の彭帥スキャンダルなどを理由に、「対中国非難決議」や北京オリンピックの「外交的ボイコット」を要求した。これには13日共産党の志位委員長も加わって与野党の大合唱となった。
自民党の高市早苗総務会長にいたっては、12月19日に東京都内で講演し、台湾有事への対応について「どのように邦人の保護、非戦闘員の退避を行うのか。日本と台湾で早く協議しておかないといけない」と述べ、日台間の調整は喫緊の課題との考えを示したとのことである(時事12月19日)。
だが今国会での「対中国非難決議」の採択は見送りになった。岸田首相は「外交ボイコット」に関しては「国益をふまえて総合的に自主的に判断する」と発言している。当然のことだと思うが、ネット上には右翼勢力の強い不満が躍っている。
安倍政権がかつて憲法の改定も経ずに憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使を容認したという経緯があるから、中国側が安倍発言を、台湾有事に自衛隊の参戦ありと受け止めたとするなら、それはごく自然の成り行きである。
高市氏の発言にいたっては、とうてい与党幹部の言とは思えない。ことさらに中国と対決しようとするもので、対中国臨戦体制をつくれというに等しい。だが、外交は勇ましければそれでよいというものではない。
「台湾有事は日本有事」。つまり日本は戦争に巻き込まれ、多大な犠牲が出ると真剣に考えるならば、政治家の努力は何が何でも台湾有事を避ける努力に向くべきではないか。
日本の政治家の多くは日米同盟の軍事力強化が「抑止力」となる、それによって台湾有事は避けられると楽観視しているのであろう。だが、かれらは台湾有事から生まれる破壊と犠牲をほとんど考えていない。だから発言がこんなにも大げさでこんなにも軽いのだ。
いわゆる抑止力とは、中国軍が台湾に侵攻すれば米軍は直ちに反撃する、そうなれば中国は壊滅的な打撃を受けることになる、ということを中国にわからせることによって、中国に台湾の武力解放を断念させようという考え方である。アメリカは巨額の対中国国防予算を計上し、日本もそれに追随しようとしている。
これに対して中国は、陸海空だけでなく宇宙戦・電子戦においてもアメリカ側に対して優位に立とうとし、最新的技術を駆使した防衛力増強に懸命にとりくんでいる。その速度は想像以上である(例えば「中国安全保障レポート2022」防衛研究所)。
いうまでもなく、敵対する双方の軍拡競争は遠く古代からあって今に始まったことではない。20世紀、日欧米は軍備拡張とその破局すなわち戦争に明け暮れた。戦前のドイツのように軍の機動力が相手側よりも断然優位に立ったと妄信したとき、あるいは日本のように軍拡競争の負担に堪えられなくなったとき、戦争が破裂する。
いま、日米と中国は際限のない軍拡競争のループにはまり込んでいる。
でも、中国には損得勘定を度外視した台湾統一への強い願望が存在することを、我々日本人は忘れてはならない。中国統治者だけではなく大陸民衆の中に、今日の台湾問題は日本が領土を略奪した結果生まれたものという「怨念」がある。満洲国高官であった岸信介の孫、安倍晋三氏への風当たりが強いのはそのためともいえる。
1949年の中国革命は、日中戦争と国共内戦による多大の犠牲のうえに成り立った。中華人民共和国という国家の完成、あるいは習近平氏のいう「中国の夢」実現のためには、台湾統一は成し遂げなければならない課題なのである。これが実現できれば、習近平氏は毛沢東並みの歴史的英雄になれるのである。
だから、中国側には、日米同盟の抑止力を突破して台湾侵攻を敢行しようという論理が存在する。それがいつかは直前になるまでだれにもわからないが、こうした論理からすれば、日米の指導者がいう抑止力は効目を失うのである。
中国の台湾武力侵攻の回避が日本の安全にとって外交上の最優先課題であるならば、中国に武力侵攻の方針をあきらめさせ、平和的統一(「和平解放」)の道に立ちかえるよう説得することが一番である。そうなれば台湾は破壊と犠牲を免れ、(「独立」はありえないが)事実上の国家としての現状を当分は維持していくことができる。
いうまでもなく、「台湾問題は中国の内政問題だ」とする習近平政権に武力解放を放棄させるのはむずかしい。だが、抑止力理論が無力な側面を持つ以上、誰かがこの課題に取組まねばならない。日本が「台湾有事は我国の有事」と考えるならば、中国を説得するのは日本である。
日本政府は、極右勢力やアメリカなどから腰抜けといわれようがなんであろうが、新疆の人権問題に関する「中国非難決議」や、北京オリンピック後を考えない「外交的ボイコット」などをやってはならない。
いまのところ「外交的ボイコット」をやるといっているのは、アメリカ・カナダ・オーストラリア・イギリスなどの英語圏4ヶ国だけである。あと数ヶ国がこれに加わるとしても、地球上の大多数の国家がそっぽを向く可能性がある。だとすれば、それは中国の人権問題の解決には何の役にも立たないし、北京オリンピックは「外交的ボイコット」に関係なく進行するであろう。
日本政府は、中国侵略の罪を犯さなかった東南アジア諸国の助力をえながら、粘り強く中国と交渉すべきである。そのためには、日本政府は中国との平和的共存をはかる意図を明らかにし、中国との対決を強めるアメリカなどと外交的距離を置かなくてはならない。米中対立の中で、中立の立場に近づけば近づくほど、中国との対話は成立しやすくなり、説得力を得ることができる。
台湾をめぐる米中戦争を避けるためには、日本は複眼のしたたかな外交姿勢をもって、この困難な課題に挑む必要があると私は考える。(2021・12・20)
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