中国は衰弱する日本をどう見ているか
- 2022年 6月 24日
- 評論・紹介・意見
- アジア中国日本阿部治平
――八ヶ岳山麓から(381)――
わが国の国力の衰弱はかなり前からの話だが、あらためて日本は世界市場においてどんどん存在感を失っていることを痛感させられる。
日本の国債発行高は1000兆円、地方も入れると1200兆円、GDPの2倍に達した。
GDP が全世界経済に占める比重は、98年には7.0%だったのに2021年には3.4%に低下した。
一人当たりGDPは、アメリカは2010年3万6433ドルだったのが2020年には6万3358ドルに達したのに対し、日本は4万4874ドルから4万0394ドルに下がった。
賃金は1995年から2020年の25年間にアメリカは2.23倍、ドイツは1.64倍に上昇したのに対し、日本は0.96倍に減少した。
経済だけではない。学術研究、教育、文化芸術の分野でも新興国に後れを取る場面がそこかしこに存在する。
この惨状を、中国の研究者タン(竹冠に旦)志剛氏が論じている。(「環球時報」2022・06・13)。論文「日本は東南アジアで『焦慮』に駆られている」がそれである。タン氏は黒竜江省社会科学研究所東北アジア研究所長。日本研究の専門家とみられる。以下タン論文の要約を記す。
貿易や投資、人の移動など多くの面で、日本は「今まさにグローバルな成長エンジンとしての東南アジアでの存在感」を喪失しつつある。
かつては東アジア経済の奇跡の創造者、いやアジア経済のリーダーといわれ、東南アジアにおいて多年にわたって作り上げてきた日本の存在感は、なにゆえに下り坂を走り始めたのか。なぜ隠すことができないほどに、日本国内での焦燥感が大きくなったのか。
短期的には、日本経済は新型コロナの感染下の閉塞感と、政局の多変という環境のもと、経済政策の一貫性の弱さがこの悪循環を加速している。
長期的にみると、日本企業自体の「去日本化(海外移転)」が比較的深刻な構造的要素となっている。産業の空洞化は、前世紀80年代の日本企業の旺盛な海外投資からはじまった。さらに少子化・高齢化がこれを激しくし、多くの日本企業が「去日本化」を選択した。
そして、いま日本政府は更なる円安をはかり、製造業の日本回流をはからざるを得なくなった。にもかかわらず、政府の投入、経済流通などが停滞し、すでに経済大国の地位にふさわしいものではなくなっている。
この数年中国・韓国などの国は、FTA(自由貿易協定)・RCEP(地域的な包括経済連携)などを利用して多角的な貿易協定や文化協力によって優勢になり、絶えず貿易と投資の規模を拡大し、競争力は(相対的に)優勢となりつつある。
ASEAN事務局によれば中国の対ASEAN貿易は、2021年は8782億ドルで、日本の3倍近くに達した。2003年には日本の対ASEAN貿易額は、韓国の3倍はあったのに、2021年にはこの差は1.3倍に縮小した。
この過程で、東南アジアにおける日本の経済的地位に対する認識に変化が生まれた。2009年中国の対ASEAN貿易額は日本を追い越し、2010年中国のGDPも日本を超過した。くわえて2020年にはASEANは中国の第一の貿易相手となった。
こうしてASEAN各国の「日本は東南アジア地域に影響力を持つ経済大国」であるという認識はゆらいできた。経済・貿易協力の規模が急上昇したのにつれて、(文化領域での)「韓流」「漢流」はともに東南アジアにおける影響力を拡大した。
「韓流」は世界的な攻勢に出て成功し、東南アジアに対する影響力は、日本のアニメ・漫画といった文化製品をはるかにうわまわった。「漢流」に対する東南アジアのメディアの受けとりかたも、中国が文化的交流を進めるに従い絶えず活性化している。
中・韓が文化的にも優勢になるにしたがい、経済・貿易で日本を超えるのは、日に日に明らかになっている。
そこで、日本政府は「インド太平洋地域」に対する政策を調整し配置しなおして、東南アジアにおける存在感の低下を防ごうとしている。日本はアメリカの「インド太平洋戦略」に協力してその実施を速め、東南アジア諸国における中国の影響力の増強を妨害しようとしている。
第一に、日本がもとめる「インド太平洋戦略」による利益は、まさに東南アジア諸国の切実な利益や関心と衝突する。
米日印濠の「QUAD(クアッド)」の確立・強化、「インド太平洋経済枠組み、IPEF〈アイペフ〉」の提起、それに日本が立案した独自の「インド太平洋計画」などは、事実上東南アジアを矮小化して日米の「インド太平洋戦略」の将棋の駒にしようとするものである。
第二に、アメリカは対東南アジア経済に対する競争力を加速している。
日米軍事同盟はともかく、アメリカ経済界が対ASEAN貿易をめぐって長年日本と暗闘してきた事実が存在する。中国囲込みを最大目標としながらも、米バイデン政権が提起した「IPEF」は、アメリカ企業のアジア太平洋への参与を刺激し、東南アジアでの競争力を増大させようとする意図をさらに明確にした。
第三に、東南アジア諸国の日本に対する信頼感が分化してきた。
日米は連携して中国を抑え込もうとしているが、東南アジアのいくつかの国家は大国間の争いの一方に加担するつもりはない。中国に対抗する地政学的政策に口出しする気もさらさらない。
日米は東南アジアでわざわざ分裂と矛盾を製造し、ASEANの地位を苦しい立場に落とそうとしている。むしろそれによって東南アジア国家は、日米に対する不信任の感情を増加させている現実が存在している。
客観的に見れば、日本が東南アジアで苦心して蓄積してきた影響力は簡単に消えるものではない。だが、趨勢からすれば、日本の東南アジアにおける存在は「量」の上では中国と対等とはいえないだけでなく、今後は「質」の上でも韓国に追い越される可能性がある。
日本国内では、東南アジアでの存在感が中国よりも下になったことを中国のせいにする人がいるが、これは見当違いというものだ。
日本がもし自身の経済構造から対外抑制思想までの主観的要素の問題点を探り当てられないとしたら、東南アジアにおける存在感の下降だけでなく、将来東アジア・南アジアというよりは、さらに大きな範囲のアジア太平洋での存在感もだんだん低下するであろう。
さて、タン志剛氏はASEAN をひとからげにして論じているが、フィリピン・ベトナムは南シナ海をめぐって中国と対立し、ラオス・カンボジア・ミャンマーは文字通りの親中国派である。だから安全保障の分野では意見の一致は難しい。
そうした温度差がありながら、2021年11月の中国とASEAN=東南アジア諸国連合の首脳会議で習近平国家主席は、日米を牽制して「地域の平和を損なう負の要素に対応しなければならない」と呼びかけ「中国は覇権を求めない」と高らかに宣言し、ASEAN諸国はこれを受け入れた。
中国はコロナ禍になやむASEAN諸国への直接投資を大幅に増加させ、アメリカが排除したファーウェイなど中国企業と現地との提携を進めている。これに対し日本は、資本にせよ製品にせよ技術にせよ、中国に対抗できないでいる。簡単にいえば、EV車のほか売り込む製品がわずかなのである。
この現実は日米同盟の強化とか、QUADやIPEFで解決できるとは到底思えない。
おもえば20数年前、私の集落の若者が数人、勤務先の会社とともにフィリピン・マレーシアへ移動した。ことはそこから始まったのである。
わたしはタン志剛氏の論文を読んで、中国の勝利宣言というよりは、何となく日本を憐れんでいるように感じた。
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