ウクライナ戦争のさなか、日本の防衛戦略はどうあるべきか
- 2022年 10月 5日
- 評論・紹介・意見
- 防衛阿部治平
――八ヶ岳山麓から(396)――
テレビで毎日ウクライナ戦争の悲惨な有様を見、中国軍の台湾海域での軍事演習があり、バイデン大統領のアメリカは台湾を防衛するという発言があったから、アジアの戦争がもし起きたら怖いと思い、老い先短いボケ老人もおたおたしている。
そんなところへ、9月18日の信濃毎日新聞に「リアルな防衛構想 考える時」という東京大学教授遠藤乾氏の論評があった。「これは、これは」とおおいに期待したが、遠藤氏の結論は「(日本は)自ら侵略せず、他国による侵略には自由と民主を防衛し、侵略を予防する世界的な規範や制度の下支えに汗をかくべきである」という。拍子抜けした。
『安全保障とは何か』の著者なら、もっと具体的に何をすべしと書いてもらいたかった。
では、どんな「リアルな防衛構想」をもつべきか考え込んでいたら、『非戦の安全保障論――ウクライナ戦争以後の日本の戦略』 (かもがわ出版)という本が出たので、書名につられて大急ぎで購入した。著者は4人が4人、軍事・防衛分野の実践家・専門家である。
柳澤協二;1946年生。元内閣官房副長官補・防衛庁運用局長。国際地政学研究所理事長。自衛隊を生かす会代表。
伊勢崎賢治;1957年生。東京外国語大学大学院総合国際研究院教授。PKO幹部として紛争各地で武装解除を指揮。
加藤朗;1951年生。防衛庁防衛研究所を経、桜美林大学リベラルアーツ学群教授および国際学研究所所長。
林吉永1942年生。国際地政学研究所理事・事務局長。元空将補。第7航空団司令。元防衛研究所戦史部長。
「本書は4月1日に行った鼎談を基に、6月初旬の(ウクライナ戦争)開戦100日時点における執筆者の論考を加える形でまとめたもの」とのことだったので、「非戦の安全保障」はどうあるべきかの明確な議論を期待して、書き抜きに8000字も費やして読んだ。
ところが、本書からも「ウクライナ戦争以後の日本の戦略」を知ることはできなかった。
4人の著者が専門知識を披露しているのはよいが、221ページの新書版には収まりきらない内容を無理やり詰め込んだためか、その論点は多岐にわたっていて、老いさらばえた頭はごちゃごちゃになってしまった。
とはいうものの、わたしは東アジアの戦争防止のために日本に何ができるかについて強い関心があるので、これについてだけ著者らの主張のさわりと感じたところを記しておきたい。
柳澤氏は、専守防衛が大事だ、防衛力を持っていないとどこかの勢力がやってくる、まして中国ならば確実にやってくるので、島を簡単にとられないだけの相当な手傷は負わせられるぐらいのものは持っていないといけない。またそういう水準の軍備を超えて、中国の本土を攻撃するような能力を基本政策として宣言する必要はないとする。
たしかに、ウクライナ戦争によってより一層顕在化した相手は中国である。
わたしも、尖閣諸島や先島諸島に中国軍が侵攻上陸するような事態は避けたいと思う。では「相当な手傷を負わせられる防衛力」とは、どの程度のものか。自衛隊の現有戦力と比較して、もっと大規模であるべきか、それとも現状で十分なのか。
さらに護憲勢力は、侵略には自衛隊をもって抵抗するといいつつも、政府・自民党のGDPの2%をめざす軍事予算を「大軍拡」といって反対している。これは的外れか当たっているのか専門家に明らかにしてほしかった。
「台湾有事は日本の有事」といったのは故安倍晋三氏だが、岸田総理も外相時代、台湾有事には安保法制に従って対応するといった。それは戦う米軍に従って自衛隊が後方支援(兵站)を担うという意味である。つまり米軍の台湾支援の時は、日本は参戦国になるのである。
伊勢崎氏は、自衛隊の参戦時、国際人道法、特にジュネーブ諸条約と国際刑事裁判所ローマ規程が規定する重大な違反行為に関して、現行の日本の法制がとらえきれない現実がある。たとえば相手側民間人を殺したとき、対応する法律がないという深刻な事実があり、これに与野党とも真摯に向き合っていないと指摘する。
とくに本書で印象に残ったのは、とにかく中国を決定的な敵にしないことという主張である。柳澤氏は、バイデンが言う自由・民主主義対専制主義の対決、中露対西側の対立構図をつくらないことが必要だという。
米中対立の激化は、中国を対露軍事支援にふみきらせることにもなりかねない。イデオロギーによる敵味方の峻別が、ロシアの侵略行為を支持はしないがさりとてウクライナ支持も明確にしない国々を敵に回すことになりかねない。私はそうなるのを恐れる。
一方、先日の台湾近海をめぐる中国軍の演習では、大陸の基地から各種のミサイルが発射された。現在、台湾向けに使用するミサイルは、射程約300~600kmの「東風11短距離ミサイル」、 600〜900kmの「東風15短距離ミサイル」であり、最新鋭の「東風15C」は慣性誘導・GPS(または衛星)誘導・端末制御(方式)である。「東風16中距離弾道ミサイル」は約1200~1500kmの射程を持つ(台湾国防安全研究院ネット 2022・08・23)。
お分かりの通り、ものによっては短距離ミサイルでも大陸の基地から先島諸島ばかりか沖縄本島に到達する。中距離ミサイルならば佐世保も容易に射程内に入る。後方支援などやったら、日本はかならずミサイルの飛び交う戦場になり、日米の軍事基地ばかりか無防備の町も村も破壊され、戦闘要員だけでなく一般国民にも多数の死傷者が出る。
狭い国土、エネルギーと食料の自給ができない島国の日本が1週間や2週間の電撃戦ならともかく、ウクライナのように何ヶ月もの戦争に耐えられるとは思えない。これについて、林氏は、島国であるために、日本人には大陸で行われている戦争の形態が全然理解できていない。戦争体験者がいなくなって、軍事に疎くなっているからノー天気だ。政治家からしてそうだという。
柳澤氏も「戦争の備えで一番重要なことは、国民が被害に耐え、戦う意欲を持続することだ。ところが、日本の防衛論議は『相手をやっつける能力』にだけ特化している。敵地に届くミサイルを持つことで強くなったという錯覚に陥るのは愚かだ。日本の政党で『中国との戦争の中で国民の命をどう守るか』に触れた政党はない」という。
プーチンはNATOの東方拡大がロシアの安全を脅かしているとして、ウクライナのNATO参加を問題にしてウクライナに攻め込んだ。台湾の場合、独立するか否かが問題だ。
中国は台湾が独立を宣言すれば武力侵攻するという。本書は、台湾が独立を宣言しなければ中国は武力侵攻しないという枠組み、台湾も中国もアメリカも納得できるような枠組みを米中間で構築することだという。
台湾の自由と民主主義は、弾圧と投獄、多くの犠牲を払って構築されたものである。台湾人の命と暮しを守るためには、現状維持しかないのは常識である。日本政府はこのために米中間で外交努力をすべきだと思う。
だが、岸田総理は安倍外交を引き継ぐ、といっている。アメリカに従うばかりでは、アメリカと中国を説得できるとは思えない。このままでは台湾有事は本当に日本有事になる。
では我々国民はどうすればいいのか、防空壕を掘るのが精一杯の自衛策か。
(2022・09・24)
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