海外論説紹介――ウクライナ戦争をどうみるのか(3)
- 2022年 10月 16日
- 評論・紹介・意見
- ウクライナ戦争野上俊明
本日ご紹介するのは、同じドイツの公共放送「ドイッチェ・ヴェレ」の論説であるが、前回とは真逆の主張である。このように対立する意見が堂々と自己を主張する姿に、国民世論の分裂を見るのか、多様な言論の自由を尊重する公共圏の充実を見るのか、人さまざまかもしれない。しかし筆者はリベラル・デモクラシーの存在こそ、西側諸国がロシアや中国に対する体制的優位を示す核心的なものと理解している。ロシア人や中国人も、国民としていつの日にか必ずこの普遍的な価値に目覚めるものと確信している。
オピニオン:プーチンの核の威嚇を恐れるな(Meinung: Keine Angst vor Putins Atom-Drohung von Joscha Weber DW 10/14)
――「ドイッチェ・ヴェレ」の編集者ヨッシャ・ウェーバーは、「恐怖こそまさにプーチンが軍事、エネルギー、偽情報のハイブリッド戦争で生み出そうとしているものである」とする――
プーチンは、ウクライナの軍事的成果と西側諸国の兵器供給という観点から、近いうちに核爆弾という一つの選択肢しか持てなくなるだろう、と専門家は警告している。ヨッシャ・ヴェーバーは、こういうナラティブは誤りであり、危険であると言う。
ウクライナでの敗北を回避するための戦術核兵器?J・ヴェーバー氏は、この威嚇を恐れてはいけないと言う。
恐怖は私たちを麻痺させる。 恐怖は私たちを弱くする。 恐怖は物事をはっきりと見ることを妨げる。 そして、プーチンが一度ならず威嚇している核戦争ほど、私たちを怖がらせるものはない。これは私たちの破滅、黙示録、終わりを意味するかもしれないからだ。地球と人類の存亡にかかわる恐怖は、数字で表すことができる。現在の調査によると、アメリカ人の58%がロシアが核戦争に向かっていると危惧しており、ドイツでも49%の人がそうなっている。
政治家、軍人、専門家は長い間、かかる恐怖にとらわれてきた。例えば、インスブルック大学の政治学者でプーチン専門家のゲルハルト・マンゴット氏は、ウクライナが領土を奪還し続け、西側が近代兵器を供給し続ければ、プーチンには「核エスカレーション」しか残されておらず、ロシアが守勢に陥れば「ますますその可能性が高まる」と、ラジオ・ドイツで警告している。
譲るものは敗北する
最悪の事態を避けたいと思うのは当たり前であろう。必要があれば、プーチンに譲歩してでも?しかしそれは最悪の選択肢であろう。もし西側諸国がプーチンの核の恫喝に屈したら、すべてで負けることになる。ウクライナはかなりの領土的損失を受け入れなければならず、東欧諸国はEUと米国の支持を当然疑うだろうし、NATOは、自分たちの抑止戦略を安心してゴミ箱に捨てる可能性がある。要するに、プーチンが勝つことになるであろう。プーチンはこの戦術を再び使う可能性があると、イェール大学の米国人歴史家ティモシー・スナイダー氏は、広く称賛された論説の中で結論づけている。「核の威嚇に屈したところで、ウクライナの通常戦争は終わらない。むしろ、将来の核戦争の蓋然性を高めることになる」と。
特にこのような状況では、恐怖心は常に悪い助太刀になる。爆弾による脅迫に対抗するためには、必要ならば自分の武器庫を参照しながら、地道さと団結と強さが必要なのである。抑止力は信頼でき、一貫したものでなければ、すべてプーチンを力づけることになる。この事態は、2013年当時のバラク・オバマ米大統領がシリアでの化学兵器使用について「レッドライン」を引いたものの、その後ロシアの支援を受けた権力者バッシャール・アル・アサドにそれを踏み越されたときに起こったことである。
モスクワは失うものが多い
恐怖心こそ、プーチンが軍事、エネルギー、偽情報についてのハイブリッド戦争で生み出そうとしているものである。核の大惨事への懸念は当然ながら、冷静さを保つことが重要である。例えば、プーチンは戦争開始と同時に核爆弾を使うと脅したが、それ以上の核戦力行使のための措置は行わなかったではないか。核兵器が瀬戸際におかれているからといって、自動的にそのボタンが押されるわけではない。ソ連も米国も、アフガニスタンやベトナムでの不名誉な作戦でそうはしなかった。そして、これもまた見落とされがちな理由だが、核兵器の侵略者は自動的に敗者となるのだ。放射能汚染された地域をどうにかすることもできないし、その後には味方もあまり残っていない。中国やインドなどの国家はロシアに背を向けるだろうし、いずれにせよこの傾向はすでに見て取れる。そして国内でも、解放されるべき兄弟国ウクライナに対するこうした打撃は、ロシア大統領の正当性(正統性)と支持を失うことになりそうだ。だから心配は無用、プーチン自身が失うものは大きいのだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion12464:221016〕
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