二十世紀文学の名作に触れる(55) パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』――二十世紀最大の大河ロマン
- 2023年 2月 23日
- カルチャー
- 『ドクトル・ジバゴ』パステルナーク文学横田 喬
1960年にノーベル文学賞を受けた旧ソ連の作家ボリス・パステルナーク(1890~1960)の代表作は『ドクトル・ジバゴ』だ。第一次世界大戦とロシア革命という波乱万丈の時代を背景に、無類に個性的な医師ジバゴと薄幸の美女ラーラが織りなす宿命的で悲運な恋愛。新潮文庫(訳:江川卓)版で(上)(下)二冊の大作を私なりに紹介してみたい。
十歳の少年ユーリイ・ジバゴは母を肺病で失い、孤児になる。父親はとうに一家を見捨てて家出~道楽で身を持ち崩し、巨万の資産を蕩尽していた。モスクワで豪勢な生活をしていた当時と違い、暮らし向きは零落し、少年は母方のユーリャ叔父の許で育てられる。
母の葬儀の日からジバゴは父の友人だった科学者グロメーコとその妻アンナに引き取られ、実子同然に暮らしていく。彼は医学の勉強に励む傍ら、詩人としても知られるようになった。そして、養家の一人娘トーニャと相思相愛の仲になり、二人は結婚する。
二十世紀初頭のモスクワは圧制にあえぐ民衆の不満が高じ、街頭でのデモ騒ぎなど不穏な空気が強まる一方。市内の女子中学に通う16歳のラーラはロシアに帰化したフランス系の美少女で、聡明でさっぱりした気性だ。亡父の友人だった二枚目の弁護士コマロフスキーは、奸智に長けた冷血漢。何かと相談を持ち掛ける三十代半ばの未亡人を易々と手に入れ、美少女の娘の方も行きつけのレストランの個室に連れ込み、不倫の関係を結んでしまう。
深く懊悩するラーラは憎い弁護士を内輪の宴席で狙い、隠し持ったピストルを発射。たまたま居合わせた医学生ジバゴが幸い軽く済んだ傷の手当をし、この犯行は内々に処理される。この悪徳弁護士こそ、なんとジバゴの父親を遊興の道に引き込んだ元凶だった。
その後なんとか立ち直ったラーラは帝政打倒の革命に情熱を燃やす幼馴染の大学生パーシャと愛し合い、一緒になる。まもなく革命派と軍との衝突が起き、パーシャは希望してウラルへ旅立ち、ラーラも同行。1914年、ロシアは第一次大戦に突入し、対独戦へモスクワから軍隊が出動していく。戦争に敗れたロシアは革命から内乱へ。皇帝を監禁し、レーニンがモスクワへ入る。皇帝も地主もない労働者だけの国になるんだ、と人々は歓声を上げた。
進路に悩んだ末、パーシャは教師の仕事を辞めて軍人になる道を選び、妻子を残してぺテルスブルクへ旅立つ。激動の最中、軍医としてウクライナ戦線で働くジバゴは看護婦として働くラーラと再会する。互いに惹かれ合うが、家庭を思い、行動は慎んだ。
ロシア国内は内戦が激化。ジバゴはモスクワの家族の許へ戻る。革命軍の手に帰した都市は飢えと物資不足に喘いでいた。市内の屋敷は地区委員会に接収~管理され、個人の財産は没収~分配されている。ジバゴは愛用の楽器バラライカだけは取り戻すことができた。
ジバゴが薪用に外の塀の板を剥がしていると、目つきの鋭い党幹部に誰何される。弟のエングラフだった。二人は打ち解け、彼の口利きで、一家は地方へ移り住む成り行きとなる。
ウラル山脈の長いトンネルを抜け、列車は停車。ジバゴはスパイ容疑で捕まり、赤軍のストレーニコフ将軍に査問される。彼こそは戦死したとされるラーラの夫パーシャその人だった。彼は「革命の前には個の存在など許されん」と言い放ち、ラーラがユリアティンに居ることを告げ、ジバゴを釈放する。ジバゴらは山のふもとの田舎町ぺリキノに着くが、別荘は革命公正委員会によって封鎖されていた。やむなく近くの小屋で四人は暮らし始める。個人の資産が没収~分配されていく中、ジバゴは愛用の弦楽器バラライカだけは取り戻す。
ある吹雪の夜、コマロフスキーが現れる。うまく立ち回ってか、今や法相の身だ、とか。広大な原野の開発のためウラジオストックへ赴く途中、と言う。ラーラの夫が失脚したことにより「御身ら二人に危険が迫っている」と彼は告げるが、ジバゴは信用できず、追い出してしまう。「見損なうな。そこまで腐っていないぞ!」と、コマロフスキーは吠えたてた。翌日、二人に別離の時が訪れ、ラーラは彼に伴われて娘と共に極東の地へと去って行く。独りになったジバゴは酒を煽り、彼女に捧げる詩を書き綴る夜を重ねる。
1922年春、ジバゴは僻遠の地方からモスクワへ戻った。ネップ(新経済政策:食料税納付後の残余農産物の販売許可)導入の初期の頃だ。医師としての活動の傍ら、彼は自分の思想や医学観――健康と病気についてのエッセイや詩・短編などをパンフにして販売。生々として独創的な内容だったためによく売れ、ファンの間では高く評価された。が、やがて彼は医療活動をやめ、身じまいも構わなくなり、貧乏暮らしに徹するようになる。彼には時代に迎合する器用な生き方は性に合わず、むしろ世捨て人の方が似つかわしく思えたのだ。
八年後の夏のある朝、モスクワの市街電車に乗っていたジバゴは心臓病で倒れ、帰らぬ人となる。故人の遺体が最後の居住地に運ばれ、次々と弔問に訪れる人々の中に、際立って様子の違う一組の男女がいた。進んで葬儀の一切を取り仕切った二人は、ジバゴに理解のある異母弟グラーニャ並びに最愛の女性ラーラだった。ラーラはジバゴと身近に暮らした一時期を想い起こし、誇りの感情とどこか安堵する思いに包まれていた。
なお、巻末には「ユーリィ・ジバゴの詩編」として、25編(83頁分)の詩が添えられている。「第17編 あいびき」の一部を紹介すると――
「道が雪に埋まろうと/屋根屋根に高くつもろうと、/ぼくは足ならしに出てゆくよ――/きみが戸口に立っているから」(中略)「そして ブロンドの髪のあかりに/ほのかに照らされるきみの顔/プラトークまとったその姿態。/それから この寒々とした外套。」「睫毛の雪がうるんでいるよ、/きみのひとみには愁いがあるよ、/そして きみのおもかげの全体が、/一枚の布地で縫われてでもいるようだ。」「眉墨にひたした鉄で/強くくまどった線のように、/かつてぼくの心のひだに/深くきざまれたきみだった。」(後略)
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