「アメリカは台湾を略取しようとしている」
- 2023年 3月 8日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ中国台湾阿部治平
--八ヶ岳山麓から(419)--
2月25日、人民日報国際版の環球時報は、「米台結託のさらなるレベルアップ、台湾島内は高度の警戒心を持て」という論評を掲載し、アメリカの台湾政策を痛烈に非難した。
直接には、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)2月23日の「米軍は台湾軍の訓練支援のため、今後数カ月以内に台湾に100~200人を派遣する計画だ」という報道に反応したものだが、情勢をよく知ったものの論評である。
ところが、著者は正奇経緯智庫特約研究員の李牧野という人物だが正体不明、正奇経緯智庫というシンクタンクの名前もいままで聞いたことがない(後述)。
この1月には、マッカーシー米下院議長の訪台が取りざたされたり、中国気球問題でブリンケン国務長官の中国訪問が中止されたこともあったが、米中両国の外交基調は22年秋の首脳会談以来、意思疎通を維持して偶発的な衝突を避けようとするものであった。環球時報掲載のこの李牧野氏論文は、それからすればかなり外れた対米強硬論で、注目すべきものだと思う。
李氏は 「(訓練要員の派遣4倍増という)事実が最終的に確認されれば、疑いもなくアメリカによる台湾問題における重大な挑発行為というべきである」 といい、国外の反中国勢力(すなわちアメリカ)は「台湾カード」を絶対に放棄しないし,台湾島内の台湾独立・分裂勢力もアメリカに頼って独立を謀ろうとしている、これに警戒心を持つべきだという。
氏は台湾内政を論じ、昨年の「九合一」選挙で民進党は惨敗を喫したが、これは国務院台湾事務弁公室がいう通り、「平和、安定、良い暮らしを求める」という台湾民衆の強い要求のあらわれだという。
注)「九合一」選挙は、2022年11月26日の台湾の統一地方選挙のこと。与党民進党は敗北、蔡英文総統は党主席を辞任した。21の市長・知事選挙のうち、選挙前に7つを占めていた民進党は台北市長の奪還もならず、北部3つの市を失った。この選挙は2024年の総統選の前哨戦といわれた。
李氏は、「選挙後の世論調査からしても、台湾社会では、海峡両岸の正常な交流を求め平和的発展を擁護する声が強まっている。国民党など台湾の政党、社会団体はきそって大陸を訪問し、金門島民衆は直接「永久非軍事区」の成立を求めている」と自説を述べる。
そして民進党は、両岸の交流を回復せよとの大きな民意の圧力にいやいや譲歩しており、風向きが変わるのを待っている、またその一方で「(アメリカが台湾を守るか否かを疑う)疑米論」をやっきになって抑えているという。さらに旧暦正月以後、蔡英文総統はみずから行政改革を行い、熟練者に民進党の「親米抗中謀独」 つまりアメリカとの連携路線を断固実行させる態勢をとったというのである。
これは選挙結果にかかわらず、台湾人のほとんどが大陸との統一も望まず、台湾独立も避けて現状維持を望んでいることを意識的に無視したものである。
李氏は、アメリカと民進党結託の一連の動きを詳細に分析すれば、アメリカが「台湾を以て中国を制圧する(「以台制華」)」路線がまさに重大な変化を遂げ、「今日のウクライナは明日の台湾(「今日烏克蘭、明日台湾」)」を実現しようとしていることがわかる」と、アメリカを強く牽制する。
西側では、「今日のウクライナは明日の台湾」といえば、ロシアがウクライナで勝てば、中国の台湾武力統一の可能性が強まると受け取る。だが中国からすれば、アメリカ主導のNATOがウクライナを席巻したように、アメリカは台湾を中国から奪い取ろうとしているとなるのである。
その第一はアメリカが台湾政治に対する全面的支配を強化しようとしていることだ。
李氏曰く、「民進党が登場して以来、アメリカの台湾の選挙への介入は絶えず強化され、何度もさまざまな方式で公然と『緑営』人士のために応援し、かつ全力でそのほかの在野勢力を製造し、島内にアメリカのいいなりになる政権を育てようと企んでいる」
注)「緑営」はもともと清朝の漢人編成の常備軍だが、今日台湾で「緑営」といえば、民進党や台湾団結連盟などとその支持者を指す。「藍営」は国民党と国民党系の政党連合のことである。「緑」は民進党の、「藍」は国民党のそれぞれ党旗の色である。「営」は兵営のこと。
第二はアメリカによる経済分野での台湾の抱き込みである。
李氏は「ワシントンはいわゆる『21世紀の貿易に関する米台イニシアチブ』などの仕組みを利用して、台湾経済をアメリカ主導の『中国排除産業チェーン』に導入しようとしているが、これについて、台湾島内の有識者は台湾がアメリカの『経済植民地』になる可能性があると警告している」という。
注)中国最大の輸入相手は台湾で、中でも戦略物資の半導体が最大という実態を踏まえたうえでの議論である。2022年6月台湾行政院は、アメリカとの間で「21世紀の貿易に関する台湾・米国イニシアチブ」を立ち上げ、2023年1月14~17日には、台湾当局とアメリカ通商代表部(USTR)が米台の貿易枠組みをめぐる協議をおこない、一定の進展を見た。
第三は軍事分野での「非対称戦略」である。
李氏は、「バイデン政権が登場してから台湾を反中国の『前進拠点』、より正確には『ヤマアラシ』にしようとしてきた」「アメリカはさらに多くの軍要員を派遣しようとしているが、その目的は、台湾防衛部門をさらに深くアメリカ軍の防衛作戦体系に繰り入れようとするものだ」 と強い警戒感を示している。
注)ヤマアラシ(戦略)は、短距離対空ミサイル・魚雷・快速攻撃車両・自走砲・対戦車ミサイル・対艦ミサイルなどの導入によって、アメリカの援助の下、台湾軍が中国軍から制海・制空権を奪い取ろうとする戦略を指す。
第四は、台湾とアメリカの政治家上層が非公式に相互訪問して重大事態を製造しようと策動していると米台の連携を指摘する。
「新任のアメリカ下院議長マッカーシーが台湾訪問を計画しているほか、近く、外交部長(外相)呉釗燮(ごしょうしょう)と安全部門の秘書長顧立雄がワシントンを訪問しアメリカの高官と面会した。ある台湾メディアは、このとき米台双方の軍事的連携や上層人物の相互訪問の詳細を協議した可能性がある」
李氏が指摘するように、この数ヶ月米台高官の相互訪問が頻繁となり、安保協力強化の動きが目立ってきたのは事実である(毎日 2023・02・25)。
そして李牧野氏は、「台独」分子と反中国勢力は「火中の栗を拾おう」とし、「平和を守れという旗をふり……武力で独立を謀るという悪事をやっている」と米政府と蔡英文政権を非難し、 「両岸の平和を望む台湾民衆は高度の警戒心を持ち、軽はずみをせず,大陸と手を携え、両岸の平和を擁護し促進するために知恵と力を出すよう期待する」と、まるで中国共産党の公式声明のような言い方で論評を結んでいる。
これからすれば、米下院議長マッカーシー氏が台湾訪問を強行した場合、中国の報復は2022年のペロシ氏訪台後の軍事演習と同様かそれ以上になり、さらに米中間の緊張が高まる可能性は否定できない。
おわりにひとこと。
著者李牧野という人物は謎である。また彼が属する正奇経緯智庫というシンクタンクも、これを所有する北京正奇経緯科技有限公司も素性不明。このシンクタンクには李牧野と同じ特約研究員という肩書を持つ数人の人物がいるが、これも正体がわからない。
同公司は2019年12月に登記されたが、徐偉という人物が100%出資した個人企業である。ソーシャルメディアのアカウントを持ち、反米・反民進党のメッセージを頻繁に出しているが、会社自体のHPはなく、シンクタンクについての情報もない。
なぜ素性のわからない研究員の論説やら分析を、環球時報といった権威ある国営メディアが取り上げるか、不可解というほかない。
憶測すれば、この数年西側においては、中国からの政治的シグナルが国営メディアや研究所・大学発というだけで、単なるプロパガンダの類と見られることがしばしばうまれている。このため中国当局は、既存の発信機関だけでなく、あえて民間のプラットフォームを装い、これを介して中国共産党や中国軍の本音を発信する手を採用したのではなかろうか。 (2023・03・02)
初出 :「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion12877:230308〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。