紙面に見る小国セルビアの意地――バイデン鉄槌とプーチン鉄床にはさまれて――
- 2023年 3月 12日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
ベオグラードの日刊紙『ポリティカ』(2023年2月25日)の第1面と第6面に今日のセルビア社会が示す意地とそれ故に感じる苦痛が如実に現われている。
第1面と第6面の大見出し「何故国際法はセルビアに妥当しないのか」(デヤン・スパロヴィチ)は、プーチン露国の烏国侵略1周年の前日(2月23日)にEU外交安保担当上級代表ジュゼップ・ボレルが『ポリティカ』紙第1面と第5面に書いた論説「露国の烏国侵攻1周年を共同行動によって国際勝利へ」に対する批判的応答である。
私=岩田が確認する限り、デヤン・スパロヴィチによる批判(第1面、第6面)は、ボレル上級代表の論説(第1面と第5面)と全く同じ長さである。ここに小国のEUへの配慮が読み取れる。前者による後者からの批判的引用も亦正確である。
ジュゼップ・ボレルは論ずる。「…国際法は、万人が政治的権力、脅迫、そして軍事的攻撃から守られるためにあらゆる所で適用されなければならない。」「この戦争は、“単にヨーロッパの問題”でもなく、“その外に対する西”の問題でもない。我々が生活したい世界の問題だ。」「核強国で安保理常任理事国による違法な武力行使が、何等かの仕方で正常とされるような世界では、何人も安全たりえない。」(第1面)「露国は、日々国連憲章を犯し、帝国主義的政策によって全世界にとって危険な先例を創っている。露国は、毎日、諸都市と市民的基盤構造にミサイルを撒き散らし、烏国の女性、男性、子供等、無辜の民を殺害している。」(第6面)
以上のように上級代表の文章を引用して、デヤン・スパロヴィチは短く記す。「ジュゼップ・ボレルが主権国ユーゴスラヴィア(セルビアとモンテネグロから成る:岩田)への1999年NATO侵略を何等かの形で非難したか否か、は知られていない。あの時も同様に、事実、無辜のセルビア人男性、女性、子供達が殺害され、そして市民的生活基盤施設が破壊された。」
デヤン・スパロヴィチは、当時のユーゴスラヴィア外相ジヴァディン・ヨヴァノヴィチに意見を求める。元外相が語る所は、私=岩田も亦真実だと考える。「西は地政学的目的に従って行動している。国際法がそれの邪魔になる場合、脇に置かれる。二重基準は諸大国の属性である。グローバルな目的の為に国際法を破る事をも厭わない。ボレルが語った事は驚くべきことではない。但し、中小国が大国から自己を守る手段は国際法しかない。」ここで私=岩田から一言。19世紀後半にビスマルクが日本国エリート達に国際法の真実を説いたその内容は、21世紀においても不変である。「セルビアの場合、あくまで国連憲章に訴える事が最善であろう。」
『ポリティカ』紙(2023年2月25日)第6面下半面を見よう。もう二つ重要な記事が載っている。一つは「ウクライナ市民との連帯集会」であり、他の一つは「“不撓不屈の一年”展示会」である。ともに、開戦1周年2月24日のことである。
第一の集会は、首都ベオグラードの中心、共和国広場にセルビア市民数百人によって開かれた。烏大使ヴォロディミル・トルカチの演説。「一年前ではない。九年前、クリミア併合、ドンバスの部分的併合でクレムリン侵略は始まった。国内難民700万人、女性子供の国外難民800万人。この1年間で市民9665人が殺され、うち461人が子供だ。68000件の犯罪が行われた。」集会参加者の中に、駐セルビアEU代表団長、デンマーク大使、スウェーデン大使、ドイツ大使、ポルトガル大使、ポーランド大使、その他多くの外交団員達。与野党の親烏議員達。
同日、数十人の親烏活動家達は露国大使館に押し寄せ、プーチン大統領のハーグ国際刑事裁判所への出頭を請求、烏国におけるジェノサイドの罪でだ。
第二の展示会「不撓不屈の一年」は、烏国民衆の犠牲がテーマ。主催者は、烏国大使館、EU代表団、EU情報センター。トルカチ大使が開会し、セルビア首相アナ・ブルナビチ、欧州統合担当相、科学相、鉱業エネルギー相、人権少数者権利相が参加。
上記に紹介した『ポリティカ』(2023年2月25日)第1面と第2面の紙面構成は、今日のセルビア国家とセルビア社会がバイデンの鉄槌とプーチンの鉄床の間に、わずかの隙間を見つけよう、すなわち小国主権を捨てまいと踠く様子を如実に示している。
第1面と第6面の上半面で、北米西欧市民社会が露国に突き付ける正論国際法は、かつて1999年に国連安保理常任理事国の核保有三国米英仏が対セルビア大空爆で公然と侵犯したと言う、忘れ去られた、しかし忘れてはならぬ事実を、諦めをただよわす語調で説く。
そして、第6面の下半面で烏国と北米西欧市民社会が正論国際法に基づいて露国を糾弾する様相を肯定的に報道する。与党内の親烏派議員や首相等閣僚が参加している事をセルビア市民社会に報知する。しかしながら、同時にセルビア常民社会は、そこに大統領、外務大臣、防衛相がまだ参加していない事実を知るだろう。
私=岩田は、セルビアのような軍事小国・経済小国がセルビア民族社会の主権独立性を必死に守ろうとする姿を見ると、日本のような軍備大国・経済大国が日本民族社会の主権独立性を生かさず、北米西欧市民社会の代弁外交に徹底する様に心が寒々とするのを止められない。日本国の自立屹立は、中小諸国を勇気づけ、世界平和の鎹となるに違いない。
令和5年3月7日(木)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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