希望がないソ連型社会主義、健在の西欧社会主義
- 2023年 4月 8日
- 評論・紹介・意見
- 社会主義阿部治平
――八ヶ岳山麓から(421)――
新しい高校指導要領の歴史科目に対応する「講座:わたしたちの歴史総合」(かもがわ出版)が出版された。わたしもその第5巻、久保亨著『戦争と社会主義を考える――世界大戦の世紀が残したもの』を読んだ。著者久保氏は中国近現代史の専門家である。
本の内容はいわゆる参考書の範囲をこえていて、高校生から一般読者までを対象とした戦争と社会主義の20世紀史である。主な対象はヨーロッパと東アジアである。
目がかすみ半ぼけ老人にとってもわかりやすい本だった。印象深かったところだけを以下に記す。
私の記憶では、第一次世界大戦の端緒は次のようになる。
――1914年、オーストリア=ハンガリー帝国(以下オーストリア)の皇太子夫妻がボスニアのサラエボでセルビア人の青年によって暗殺された。オーストリアはドイツの支援をあてにセルビアに宣戦した。そしてドイツ・オーストリアの同盟国と、フランス・ロシア・イギリス・日本などの連合国とのあいだで第一次世界大戦が戦われたーー
だがこれだけでは、なぜオーストリアの皇太子がボスニアに行ったのか、それをなぜセルビア人が殺したのか、オーストリアはセルビアに宣戦し、それがなぜヨーロッパ全体を巻き込む戦争になったのか、といったことはわからない。
久保氏は、オーストリアがオスマン帝国と共同統治していたボスニアを併合したこと、セルビア民族主義者はセルビア圏と見なしていたボスニアをオーストリアが併合したことに怒っていたこと、オーストリア皇太子夫妻のボスニア訪問はボスニア駐留のオーストリア軍を観閲するためだったこと、そして皇太子夫妻を暗殺した青年がセルビア民族主義の影響下にあったことを明らかにしたのち、これを以下のように説明する(一部省略)。
――皇太子を殺されたオーストリアは、暗殺を企てたのはセルビアだとして、事件勃発から1ヶ月を経た7月28日、同国に宣戦を布告した。そこで、小国セルビアを助ける決意を固めたロシアは、30日に総動員令を下した。一方、ロシアの動きに脅威を覚えたドイツは、オーストリアを支援すべく8月1日ロシアに対して、また同月3日には、ロシアと同盟関係にあったフランスに対しても宣戦を布告し、大軍を動かし始める。これに対しイギリスが8月4日、ドイツ軍はベルギーの中立を踏みにじり、国際法に反する行動をとったとして、ドイツに宣戦布告した――
かくして世界大戦を招いたのは、まさしく軍事同盟の連鎖であったことをわかりやすく説いている。わたしは今日まで続く民族主義がこの背後にあったことをあらためて感じ、大いに納得した。
また第二次大戦の日本の戦争責任と戦後補償については、以下のような小項目をもうけて16ページを費やし詳しく論じている。
裁かれた戦争犯罪――ニュルンベルク裁判と東京裁判
日本の戦争無責任論の起源――敗戦直後
無責任論の背景――戦争体験と戦争認識
日本の戦後賠償・戦後補償
戦後補償――他国の場合
ここに書かれていることは、「戦争の歴史と戦争責任を忘れるな」というに尽きる。そして戦後補償についって、他国とくらべて日本が消極的だったことを次のように述べる。
「2000万人以上とされるアジアの戦争被害者の内、……個々の賠償を受け取った人々はきわめて限られた数にとどまる。朝鮮・台湾など旧植民地出身の将兵45万人、そして徴用工などと呼ばれ半ば強制的に日本に連れてこられた労働者(朝鮮から72万人、中国から5万人といわれる)のほとんどは、賠償を受け取っていなかった。・・・・・・中国人、朝鮮人の労働者に対する補償問題は、20世紀末以降、裁判でも争われるようになった」
ほぼ、この通りかもしれない。だが、これだけだと日本は賠償をほとんどやらなかったという印象を受けるかもしれないので、ひとこと。
たとえば、今日的問題として朝鮮人徴用工の訴訟問題がある。2018年韓国最高裁判所が日本企業2社に賠償を命じた。これに対して日韓交渉の経過もあったので、韓国政府は、苦肉の策として今年3月16日韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が寄付金を元に肩代わりする「解決策」を発表した。
日本では市民運動などの中に、まだ徴用工に賠償していないとか、請求権協定は国家間の協定だから2018年の韓国最高裁が賠償を命じたのは、個人の請求権を根拠にしているという人がいるが、これは間違いである。
韓国最高裁判決も、日韓請求権協定において未払い賃金などのために日本が3億ドルの支出を決めたことを認めているし、徴用工に対しては韓国政府から(十分ではないにしても)補償が実際に行われてきた。
だが韓国最高裁判決に至った徴用工の賠償請求は、「日本の植民地支配は違法だったのだから、それと直結した日本企業の反人道的な行為には賠償請求権が発生する」というものである。韓国最高裁判決もこの論理で書かれている(松竹伸幸 ブログ「左翼おじさんの挑戦」――日韓関係の項参照)。 日韓交渉の経過からして、この要求に日本が応えるのは難しいと感じる。
久保氏は社会主義の歴史を論じるとき、マルクス主義だけでなく、エンゲルスによって空想的社会主義とされた思想、その後現れた改良主義、社会民主主義もふくめて「社会主義」としている。
すなわち「社会主義思想と、社会問題への行政的対応を意味する社会政策とは、元来、密接な関係にある。社会主義思想の生まれた19世紀のヨーロッパでは、労働条件を定める工場法をはじめ社会政策の立法化が進みそれをめぐる議論が社会主義運動の中でも活発に行われた」
「1930年代から40年代にかけ、ソ連型社会主義とは異なる社会主義を模索したフランスの人民戦線政府やイギリスの労働党政権は、それぞれ労働者の権利を強め、社会福祉制度を充実させていく」という。付け加えれば、この西欧社会主義の延長上に、今日北欧の高度の社会福祉制度が存在するのである。
これに対しソ連型社会主義は、政治的民主主義の欠如と過大な軍事負担、持続的な経済発展のゆきづまりから民心を失い体制危機に陥った。中国は1970年代末から自ら市場経済を導入して開発独裁型国家となり、これで一党支配を維持することができたが、東欧・ソ連は90年前後に一党支配体制が崩壊して市場経済に移行した。そしてロシアなどは専制国家となり、東欧国家のいくつかは議会制民主主義体制にかわった。
ソ連型社会主義はすでに生命力を失ったが、市場経済を土台にした社会福祉国家は健在だ。久保氏は「21世紀にも、資本主義を問い直し社会主義を模索する動きは、さまざまな形で続けられていくことになるであろう」という。
では、マルクスの提唱した社会主義は今日丸ごと否定されるべきなのか、さもなくば市場経済を土台として構築可能なのかが問題になる。だが氏はあえてそこまで言及してはいない。
(2023・03・30)
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