中国から見たインドの人口増加
- 2023年 5月 20日
- 評論・紹介・意見
- インド阿部治平
――八ヶ岳山麓から(426)――
国連の「世界人口推計2022」によると、ことし2023年には、インドが中国を抜いて世界最多の人口を擁する国となるという。中国の人口は2022年(7月1日時点)に14億2,589万人。この推計では、2050年に13億1,264万人に減少するが、この間合計特殊出生率(注1)の低下や高齢化率の上昇、それにともなう生産年齢人口(15~64歳)の減少が見込まれる。
一方、いままでインドの人口は2050 年代後半にピークを迎え、16 億人強に達すると見込まれていたが、少子化が予想以上に加速していることから、2040 年代前半に15 億人弱でピークを迎える可能性が高まっている
少子化の加速は貧困・飢餓、公的医療・教育サービスの供給不足といった問題を緩和させるメリットがあり、2040 年代前半までの人口ボーナス期(注2)のプラス効果を増幅させる可能性が高い。ただしその場合、人口オーナス期に突入する2040 年代後半以降、少子化が成長力を低下させるマイナス効果が大きくなる点には留意する必要がある(熊谷章太郎、加速するインドの少子化jri.co.jp)。
注)1 合計特殊出生率:いわゆる出生率は男女を含めた人口1000人の1年間出生数(率)だが、合計特殊出生率は、その年における15歳~49歳の女性の年齢別の出生率を合計した数字。1人の女性が妊娠可能な時期の終わりまで生きて、現在の年齢別出生率どおりに子どもを生むとしたとき、女性が生むであろう子どもの数を表す。
注)2 人口ボーナス:出生率の低下により、総人口 に占める生産年齢人口の割合が上昇し、労働力増加率が人口増加率よりも高くなることによって労働力が豊富になり、経済成長が促進されることを指す。逆に生産年齢人口の割合が下降して経済成長を妨げることを人口オーナス(onus)という(Wikipedia)。
中国では、1980年代の初めから一人っ子政策が実施され、少子化の進み具合が高齢化より著しかったので、生産年齢人口の割合が拡大し「人口ボーナス」が発生した。これが中国の経済の高度成長に有利に働いたといわれている。
これをうけて、「人民日報」国際版の「環球時報」は、4月25日「インドに人口ボーナスはまだ来ない」という趣旨の論評を掲載した。筆者の張粛予氏は「中国伝媒大学金磚研究中心(中国メディア大学BRICs研究センター)」の研究員である(張粛予の「粛」には正しくは「サンズイ」がつく)。
残念なことに、わたしは1978年にインドヒマラヤへ出かけたのを最後にインドについて学習したことがないので、張粛予氏が以下の論評でインドの人口問題を論じるにあたって、教育、男女差別、カースト制度の3分野を取り上げたことが適切か、またその内容が正確かについて判断することができない。
読者の皆様からこの論文についてのご教示、ご意見をいただきたいと思う。
インドの「人口ボーナス」はおそらく時期尚早である
張䔥予
国連は最近、2060年までにインドが人口16億5000万人の世界で最も人口の多い国になると発表した。 だが、インドの人口増加が人口ボーナスとなるか否かは、3つの構造的問題に直面するだろう。
第一、教育と訓練の問題
インドの労働力は一般的に教育水準が低く、労働力の40%が高校卒業者で、高等教育を受けた労働力は3分の1未満である。 主な理由は、インドの教育開発のレベルがまだ比較的遅れていることである。 インドの基礎教育と就学前教育への資源配分は長い間不十分であり、公立学校の施設設備は遅れており、教師が不足している。 統計によると、インドの140万の学校のうち26%に飲料水が、53%に女子トイレがなく、これまで最新の教育設備は学校開発の優先事項ではなかった。
同時に、インドでは 69 万人近くの教師が不足しており、特に農村部では、教師の採用と維持が非常に困難である。 低い報酬、訓練の欠如、不十分な管理により、公立学校の教師の欠勤が顕著な問題となっている。農村の学校教師の 25% は毎日欠勤しており、インドの教師のサボタージュによる損失は 15 億米ドルに達している。
独立以来、インドは高等教育を精力的に発展させてきたが、そのレベルは総じて向上しておらず、エリート化と階層分化の問題が顕著になっており、現在インドの高等教育適齢人口は中国の半分しかない。
インド工科大学などの一流大学に入学したエリート学生は、欧米諸国で働くことを選択するのが一般的で、インドは長年、西側諸国における人材の「サイフォン効果」のジレンマに直面してきた。
「India Skills Report 2021」の研究では、インド人の若者のうち45.9%しか仕事を見つけることができず、また卒業生のほとんどは応募しても仕事に必要な技量がない。労働人口のうち正式な職業訓練を受けているのは、わずか4.69%であることが明らかとなった。
インド政府発表の「首相の技能開発プログラム(2016-2020)」では、年間1,000万人の訓練を目標にしているが400万人未満しか修了していない。 今後、低学歴の若者の雇用市場への流入が、インド社会への圧力となり、そのうえ人口が急増し生態系が悪化すると、伝統的な農業分野では膨大な数の失業群を吸収できなくなり、予測不可能な社会問題が発生するであろう。
第二、男女差別問題
インドは、女性の労働参加率が世界で最も低い国の 1 つである。 統計によると、2021 年から 2022 年にかけて、女性はインドの 15 歳から 59 歳までの労働力の 29.4% を占めるに過ぎないが、男性は 80.7% を占める。
新型コロナウイルス流行の間、インドの女性の雇用率は増加したが、研究はこれが社会的危機の間の周期的な変動に過ぎないことを明らかにした。 雇用されている女性人口の 60% が「自営業者」であることは注目に値する。これはまた、彼女たちの報酬が低いか、無給のヘルパーになる可能性が高いことを意味する。
同時に、インドの賃金差別の現象は深刻である。 2023 年(ママ、2022年かと思われる)には、インドの男女賃金格差は 27% に達し、世界 153 の国と地域の中で 108 位であり、女性の給与水準は通常、男性の 71% にすぎない。 国際労働機関の統計によると、科学技術の分野と企業経営層は女性の収入は男性の 60% である。 女性が圧倒的多数を占める小売業でさえ、賃金は男性のわずか67%である。
この現象には主な原因が二つある。 ひとつは、インドの管理職に女性リーダーがいないこと。 企業経営者のうち女性リーダーはわずか 14% にすぎないため、給与分配におけるオピニオンリーダーや業界のロールモデルが不足している。
第二に、インドに伝統的な家父長制や女性の家族的役割に(労働参加が)制約されること。インドの伝統的な文化では、女性はより多くのサービス、特に家族の世話をするべきであると考えられており、インドの女性は 1 日平均 5 時間以上家事に費やしているが、男性は 30 分にすぎない。 今日まで、女性労働力の 50% 以上が依然として栄養失調または貧血に苦しんでいる。
第三、カースト問題
数千年も続いてきたカースト制度は、今なおインド社会のあらゆる側面に深く影響しており、インドは独立以来、国家統治制度において偏見を排除しようとしてきたが、カースト制度は現代のインド社会でも消えることなく、隠然たる役割を果たし続けている。 伝統的に、カースト制度は職業と結びついており、インドの総人口の約3分の1を占める低カースト人口は政府の仕事に就く機会が近年減少しており、そのうえ土地所有権がほとんどないため、高カースト人口よりも(農村の)被雇用者が多い。
統計によると、低カーストの非正規労働に従事する割合は47%で、高カーストは30%である。1990年以降、下位カーストの失業率が全国平均を上回っている。雇用関係において、学歴が低くても上位カーストの人が採用されやすいからである。
インドが誇るテクノロジー分野でも、低カーストのひとはずっと排除されてきた。対等な条件の就職では低カーストの方が排除されやすい。アメリカのシリコンバレーでさえ、インドの科学技術エリート間に隠れたカースト差別が存在する。
インドが人口ボーナスを引き出すには、人口の3割を占める社会的不平等の問題をいかに解決するかが重い課題となっている。(了)
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