中国「環球時報」 台湾総統選挙を論じる
- 2023年 6月 3日
- 評論・紹介・意見
- 中国台湾阿部治平
――八ヶ岳山麓から(428)――
台湾の最大野党・中国国民党は5月17日、来年1月13日の総統選挙の公認候補に侯友宜・新北市長(65)を指名した。すでに与党の民主進歩党(民進党)は頼清徳副総統(63)、第2野党の台湾民衆党は前台北市長の柯文哲主席(63)の擁立を決めており、主要3政党の候補が出そろった。今後、中国やアメリカとの関係を主要争点に選挙戦が本格化する(産経2023・05・17)。
民進党頼清徳氏は、旧台北県(現新北市)万里の炭鉱労働者の家庭に生まれ、内科医から政治家に転身し、立法委員、台南市長、行政院長(首相)を歴任し副総統に就任した。
国民党侯友宜氏は警察官僚の要職を経て、国民党朱立倫新北市長の下で副市長。2018年に市長に当選し、2022年11月に再選されたばかりの人である。
民衆党柯文哲氏は、台湾で著名な救急外科医。2012年総統選挙の際は、民進党の蔡英文氏を支持した。また2014年台湾学生による立法院占拠(ひまわり学生運動)を応援したことがある。
これをうけて、「人民日報」国際版の「環球時報」は、5月23日はやばやと台湾総統選挙を論じた。筆者は中国社会科学院台湾研究所研究員・汪曙申氏である。これは中国共産党の見解を個人の資格で語ったものであろう。
汪氏は、当然のことながら国民党を支援し、民進党をくさし、第三勢力の民衆党はほとんど無視している。総統選挙では、「両岸(中国と台湾)問題」が争点になるとして、馬英九国民党政権時代の両岸の平和的発展と交流は、蔡英文民進党政権時代の両岸の敵対と混乱とはまったく対照的であったという。
「過去5年間で、アジア太平洋地域の地政学的情勢は加速し、台湾はアメリカによって『インド太平洋戦略』の枠組みにますます組入れられ、中国封じ込めの重要な将棋の駒と見なされている」
「2022年、当時のペロシ下院議長が台湾に潜りこみ、アメリカは『台湾政策法』草案をでっちあげ、2023年には、蔡英文が(中米訪問時に)アメリカに『立ちよって』現在のマッカーシー下院議長と会談するなど、絶えず台湾海峡の安定を揺さぶってきた」
国民党の侯友宜氏については、国民党候補になる前、『九ニ共識(92年コンセンサス)』(注)の精神を尊重すると発言したことを称賛し、さらに、侯氏の両岸政策に関する説明はまだ示されていないが、彼は「台湾の独立には法的根拠がなく、台湾の独立に反対する」と明確に述べたと高く評価する。
注)国民党李登輝政権の1991年、中台双方が民間の形式で窓口機関を設立(中国側:海峡両岸関係協会、台湾側:海峡交流基金会)、当局間の実務交渉が始まった。当初、中国側は「一つの中国」原則を協議事項に入れるよう強く要求したが、台湾側は「中国とは中華民国である」とする立場を譲らず拒否した。しかし、1992年の香港協議を通じて「一つの中国」原則を堅持しつつ、その解釈権を中台双方が留保する(「一中各表」)という内容で口頭の合意が成立したという。
ところが、これは文書化されておらず、民進党は「九ニ共識」は存在しないとするが、国民党は合意があったとして政治綱領に盛り込んだ(Wikipedia)。
国民党には「対中国融和派」が強いが、「統一」を政策として掲げているわけではない。中国の軍事攻勢と香港の民主勢力圧殺に強い反感を持ち、「現状維持」を望む台湾世論を無視するわけにはいかないからである。汪氏はこれを十分承知しており、総統選挙に勝つためには、国民党は中間的な人や民進党よりの人もひきつけなければならないという。
民進党候補の頼清徳氏はアメリカとの密接な関係をたびたび主張してきたし、「台湾は事実上、すでに独立しているのだから、あらためて独立を宣言する必要はない」と現状維持を強調している。当然中国が主張する「一つの中国」は認めない。
汪氏は、民進党と頼氏を台湾独立(台独)主義者だと断定する。「頼清徳は、みずから『台独工作者』と称し、蔡英文の『新二国家理論』を支持し、濃い緑色の政治色(注)を持っている。台湾人の間には、彼が選出された場合、台湾をより大きな衝突に導くだろうという恐れが生まれている」
注)台湾の政党のシンボルカラーは、民進党は緑、国民党は青(藍)、民衆党は白である。したがって「濃い緑」は強い独立志向を表す。
「頼清徳の『平和的に台湾を守る』は空虚なスローガンであり、『九ニ共識』の拒否は明らかに両岸関係を安定させることとはほど遠く、『アメリカに頼って中国に抵抗する』ことはより大きな危機を生み出し、『台独』の末路は行き詰まるしかない」
とはいえ、過去の総統選挙では、中国が軍事攻勢をかけたり、香港の民主勢力圧殺に動いたときは中国の期待に反する結果になった。汪氏もこれがわかっているから、民進党を激しい言葉でののしるのを控えている。
民進・国民両党の間に割って入ったのは台湾民衆党である。民衆党の柯氏は「親中ではなく、親米でもない第三の路線」を主張し、「民主、自由、多様性、開放、法治、人権、弱者保護などの普遍的な価値を台湾で実践する」という。政治路線が今一つ具体的ではないが、民進党と国民党の対立に不満の青年層にはかなりの支持がある。
2023年2月のシンクタンク・台湾民意基金会による世論調査では、民進党26.9%に対し国民党27.1%と政党支持率は拮抗している。同シンクタンクの台湾の未来像に関する調査では、台湾独立44.0%、現状維持24.0%、中国との統一12.3%、不明19.7%であった。また5月上旬に実施した世論調査では、頼氏が支持率35・8%とリードし、侯氏と柯氏がそれぞれ27・6%、25・1%で頼氏を追う展開だ。
ところで、いま台湾世論には「疑米論」が広がりつつある。ウクライナ戦争が長期化するなか、アメリカは本国に危機をもたらすような直接的な軍事援助はしないことが明らかとなった。ならば中国軍の武力侵攻など台湾危機が生まれたとき、アメリカはあてになるか、本当に助けに来るかという不安感である。これは対米従属下の軍備増強に励む日本にとっても他人ごとではない。
中国は軍事的圧力を加えながら、「アメリカの言いなりでは台湾の将来は危ない」といってきたから、「疑米論」の台頭は中国による世論工作の一定の成果ともいえる。
もちろん、両岸問題だけが総統選挙の争点ではない。経済・内政も重要である。前回地方選挙の民進党惨敗の原因はこの辺にあるらしい。さらに台湾人の政治感覚には民進党はもう8年もやったのだから、この辺で交代してもいいじゃないかという、長期政権を敬遠する傾向がある。
だが、あと1年の時間がある。この間何が起ころかわからない。選挙の結果は日本にもかなりの影響を与える。これからも台湾情勢に注目してゆきたい。 (2023・05・29)
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