「菅直人首相8月末に退陣へ―本命・野田佳彦財務相めぐり反増税包囲網も」
- 2011年 8月 13日
- 時代をみる
- 瀬戸栄一
延命含みで粘り腰を続けてきた菅直人首相(民主党代表)がようやく会期末の8月31日を目前に正式に退陣表明することが事実上確定し、民主党内は後継代表候補が乱立する様相となった。もし首相のバトンタッチが9月に持ち越せば、辞任を表明している菅首相自身が後継首相を選出するための臨時国会を召集する段取りとなり、後継首相(民主党代表)選びをめぐって民主党内がごたつく可能性が生じる。
結果として首相交代が遅れたり、増税路線堅持の本命候補・野田佳彦氏が代表選で反増税の他の候補支持勢力に取り囲まれて苦戦する恐れが生じる。最大勢力である小沢一郎グループが党内を撹乱する可能性は皆無とは言えず、現時点では次期首相(民主党代表)がすんなりと選ばれるのか、不安要素は消えない。もともと結束力の弱い民主党が政党としての弱点をさらけ出し、引き続き大震災の被災者をはじめとする国民全体の顰蹙を買う事態も予想される。
▽民主中枢と自民が野田支持
万一そういう事態に陥れば、歴史的円高と超株安という危機に襲われている国民が、政治そのものに本格的な「三下り半」を突き付け、大震災の復旧・復興が遅れる恐れは一層深まる。そこまではいかなくても、与党・民主党のパワーは破局的に弱まり、結果として野党の自民、公明両党、あるいはみんなの党が事実上、政治の主導権を握る事態も全く無いとは言えなくなる。一気に政界再編あるいは民主党分裂―連立組み替えなどの波乱に突入するかもしれない。
野田佳彦財務相が後継首相(民主党代表)に本命視されているのは、菅退陣への段取りを主導する岡田克也幹事長、仙谷由人代表代行、枝野幸男官房長官ら民主党執行部の中枢が後継・野田氏で早い時期から動いてきたからだ。野田氏本人も次期政権への意欲が強く、特に自民党の谷垣禎一総裁、大島理森副総裁らの野田評価は極めて高い。ねじれ国会で参院側の多数勢力を握る自民党中枢から好感度をもって迎えられる次期首相は、現在の菅首相とは対照的に強い基盤の上に立つことになる。
▽鳩山、小沢は野田包囲網か
野田財務相は国の財布を握る財務官僚の頂点に立つ。菅首相と全く対照的に、もともと口数が少なく、派手な政策を次々と打ち上げ支持率を底上げしようとする政治手法を嫌う。早い段階から「10%程度の消費税」を打ち出してきた自民党主流からみると、自分たちとほとんど変わらない政治家というイメージが強く、大連立とまではいかなくても各種の政策について協力しやすい相手である。
半面、消費税の早期引き上げに強く反対してきた民主党の鳩山由紀夫元首相や小沢一郎元代表らから見れば、野田氏は財務官僚のいいなりになる政治家というイメージをぬぐいきれない。鳩山、小沢両氏から陰に陽に支援を受ける他の代表選候補は、代表選の争点に消費税引き上げ問題をクローズアップし、野田包囲網を引こうとしている。
▽馬淵氏らは慎重論
他の候補は正式に立候補の意思を表明している馬淵澄夫元国土交通相をはじめ、昨年の代表選で菅氏と戦った樽床伸二元国対委員長、ベテランの鹿野道彦農水相、小沢鋭仁元環境相、海江田万里経済産業相らである。いずれも消費税引き上げ全面否定論ではないが、少なくとも大震災からの復興財源のために消費税をアップすべきではないとの表現で反対を打ち出しており、明らかに野田氏とニュアンスが異なる。
ただし、代表選で本命候補を包囲するためには、反消費税候補を一本化する必要がある。数人の候補がバラバラに反消費税を掲げても票が分散するばかりで、かえって本命に有利に作用しかねない。野田氏を除く候補たちは執行部の中枢が野田擁立で動いているのを承知の上で立候補しようとしており、アンチ野田が増えれば増えるほど野田有利の方向に票が収斂することもわきまえている。
▽140人が帰趨握る
ここで注目されるのが約140人とも言われる小沢一郎グループの動向であろう。小沢氏本人は消費税はもちろん、一昨年の総選挙の際に民主党が掲げたマニフェストを修正・妥協することに強硬に批判的だ。小沢氏が幹事長や党代表代行として口説き、当選させた新人がほとんどで、代表選でだれに投票すべきか、小沢氏の言いなりなる傾向が強いのは民主党内の誰もが熟知し、親分の意向が決まるのを期待を込めて、忠実に待ち構えている。
10月6日に初公判を控えて、小沢氏は意識的に支持候補を口にせず、代表選の主導権を握ろうとしている。党内の圧倒的多数を「鉄の規律」でまとめ上げ、ぎりぎりまで本音を明らかにせず、そのおかげで当選した首相を背後から操る手法は、故田中角栄元首相から学んだやり方だ。代表選に出馬する面々も「140人」を敵に回したのでは不利に決まっているから、小沢氏との関係を良好にするためにグループの面々と陰に陽に接触を図り、事実上の票集めを既に開始している。
▽号泣で立候補疑問視
小沢氏がこうした政治的駆け引きで長けているのは、真っ先にあいさつに駆け付けた野田氏を「一番先に来たな」と嬉しそうに迎えたことだ。野田氏といえば「脱小沢」の一角にいて、だからこそ仙谷氏らの支持を受けている。裁判を秋に控えているうえ、岡田幹事長からは党員資格停止処分を受けている小沢氏は、もっぱら自分の意向を側近を通じて世の中に流す手法をつかう。既に公判が始まっている3秘書を除いて、自らは「無罪判決」の可能性が高いとの情報をも流通させている。
野田氏のあいさつに相好を崩したという情報が流れれば、「小沢は民主党の結束を最優先して、野田支持を決断するらしい」という観測を生む。後継候補に出馬しそうな顔触れの中では海江田万里氏が小沢に最も近いとみられてきたが、海江田氏は原発再稼働問題で菅首相と意見が衝突し、早めの辞任を口にしたうえ、委員会で野党の追及を受けて号泣しテレビ・ニュースで大写しになった。
かつて、米国の大統領選で反対派から攻撃されて涙を流し「こんなことで泣くような人物に大統領職を任せられない」と批判され戦線離脱した政治家がいた。海江田氏は「号泣」のクローズアップで出馬できるかどうか疑問視されている。
▽表明から2か月半粘る
もう一段落したとはいえ、菅直人氏の政権への執着と粘り腰、次々と打ち上げる生煮えの政策、そして不利とみるやあっさり撤回する軽さは、結局、大震災からの復旧・復興をいたずらに遅らせた。退陣表明に追い込まれたが、表明したのが6月2日の民主党代議士会。それから2か月半近く経って、やっと岡田幹事長や閣僚懇談会、予算委員会で「3条件―第二次補正予算、公債発行特例法案、再生エネルギー法案の成立」のメドがついたことを改めて挙げ、成立直後の辞任を明言した。
とはいえ、再生エネルギーが成立する見通しなのは8月26日。その3条件以外にも「原発依存からの脱却」を掲げるなどまだまだ首相の座に居座りたそうにしていた。動機が「権力維持への欲望」と見られても仕方はあるまい。(了)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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