大規模金融緩和政策を検討する(その8) マグマが爆発する条件
- 2023年 7月 19日
- スタディルーム
- ハイパーインフレ盛田常夫
故安倍元首相やアベノヨイショは、これだけ国債を発行し、日銀が引き受けてもハイパーインフレにならないのだから、さらに大きな国債発行で景気を浮上させて良いのではないかと考えた。20年先まで税収を前借しながら、「財政均衡主義は悪だ」と騒ぎ立て、さらに大きな債務を累積させても日本経済が傾くことはないと考えている。これに「れいわ新選組」も同調し、右も左も、「赤字国債歓迎」の大唱和である。こういう無責任な輩が政治責任を取ることはない。馬鹿を見るのはいつの時代も一般国民だ。
戦時・戦後インフレの教訓
20世紀の近代国家における高率のインフレあるいはハイパーインフレは、財政的裏付けのない戦時国債や復興国債の発行、あるいはよりプリミティヴな政府紙幣の発行によってもたらされた。第一次世界大戦で敗れたドイツはワイマール共和国を樹立して新たな国造りの出発を図ったが、戦費と巨額な戦後賠償を賄うために、財政(生産)の裏付けのない通貨を発行せざるを得なかった。これが近代国家の歴史上初めてのハイパーインフレを惹き起こした。
いったんハイパーインフレが生じると、債権債務関係が大きく変化する。一般に資産価値は大きく減価し、逆に債務は大きく軽減される。社会経済生活が大混乱に陥り、新たな通貨制度が確立されるまで大きな社会混乱が続く。安定化への過程で、債権債務関係の調整が始まるが、インフレ前の債権債務関係に戻す調整は不可能であり、社会経済は債権債務をリセットした状態から再出発せざるを得ない。このような社会経済の大混乱のなかでも、実物資産をタダ同然に取得して、一躍大資産家になる者がいる一方、他方で資産のほとんどを失って無一文になる者もいる。
第二次世界大戦後もまた、敗戦国を中心に、高率のインフレやハイパーインフレが生じた。日本も例外ではなく、戦時国債を無価値にする高率のインフレが発生し、他方で国民の貯蓄もまた無価値になった。欧州のハンガリーではワイマール共和国のハイパーインフレを上回るインフレに見舞われた。中央銀行券であれ、政府紙幣であれ、財政(生産)の裏付けのない通貨発行が、ハイパーインフレを惹き起こした。財政的裏付けの規模に応じてインフレ率は異なるが、20円で1万円を刷りまくると、他の条件を無視して単純計算すれば、500倍のインフレが生じることになる。
1990年代前半のユーゴスラヴィア内戦でも、セルビアのミロシェヴィッチ首相が国立銀行を私物化し、紙幣の増刷で戦費を賄おうとしたために、ワイマール共和国、戦後ハンガリーに匹敵するハイパーインフレが生じた。まさに、20円で10万円札、100万円札を印刷させた政治家が、国の経済社会を崩壊させたのである。
ドイツはもちろん、EUが公的債務に厳しい上限を課しているのは、このような歴史を繰り返さないための知恵である。それに比べて、日本の政治家は歴史に学ぶことなく、財政赤字の縮小努力を「ザイム真理教」とあざ笑い、次の選挙で勝つために、当座の景気浮揚やバラマキ政策を提唱して有権者の関心を惹こうとしている。こういう不健全で不埒な政治経済社会が、無傷のまま生き延びることができると考えるのは大間違いだ。社会経済法則の貫徹によって、必ず歴史の鉄槌を受けることになろう。
体制転換恐慌の教訓
ハイパーインフレは戦争を経由しなくても発生する。1989年に始まった社会主義体制の崩壊は、「体制転換恐慌」(拙著『体制転換の政治経済社会学』2020年、日本評論社、45-49頁)を帰結し、すべての国で高率のインフレが続いた。とくに旧ソ連の共和国では年率1,000%を超えるインフレが発生した。比較的インフレ率が低かった中東欧でも年率30~40%のインフレが数年続き、経済混乱が大きかったポーランドでは1,000%を超えるインフレが数年続いた。
社会主義体制下では経済統制によって、隠れたインフレのマグマが溜まっていた。市場価値から乖離した人為的な価格設定や為替レートの設定は、鎖国と統制下では問題を顕在化させなかったが、潜在的なマグマとして経済社会に蓄積されていた。鎖国が解かれ経済が対外開放されて統制の枠が外れるやいなや、隠されていたマグマが一挙に噴出した。私は統制経済下での各種社会的負債を「体制負債」と名付けている(上掲書、33-34頁)。社会主義国家の崩壊によって、過去の累積債務(体制負債)から社会が耐え切れなくなった結果が、体制転換によるハイパーインフレである。セルヴィアはそれに加えて、内戦の戦費調達による野放図な通貨供給が、歴史的ハイパーインフレを惹き起こした。
プリミティヴな通貨発行であれば、即座にハイパーインフレを惹き起こすが、経済統制が続いている限り、それがすぐに顕在化することはない。もちろん、統制下では抑圧された厳しい生活を送ることを余儀なくされ、その統制が解かれた時に、一挙に矛盾(マグマ)が爆発する。これが社会主義体制崩壊による「体制転換恐慌」であり、その一つの現象が高率のインフレあるいはハイパーインフレとなって現象した。
マグマはいつか爆発する
第二次世界大戦以後の資本主義経済は経済発展によって基礎体力が大きく成長し、経済構造が複雑化している。国民経済相互間の経済発展格差やインフレ格差も単純に推移していない。したがって、財政ファイナンスを行ったから直ぐにハイパーインフレになるという単純な関係はもはや存在しない。
他方、基礎体力が現在よりはるかに弱かった戦前の資本主義経済でも、簡単にハイパーインフレが生じたわけではない。その発生はそれを誘発する社会状況に依存する。歴史的に見て、戦時や終戦時の社会的崩壊状況において、ハイパーインフレが生じている。戦時中に生産や貯蓄の裏付けのない国債が大量に発行されれば、直にハイパーインフレを惹き起こす。あるいは一定程度のタイムラグを経て、終戦に伴う物資の不足状態が、生産(財政)の裏付けのない戦時債務を無効化する経済法則を貫徹させる。
公的累積債務が許容される規模は国民経済の基礎体力に関係する。経済的基礎が盤石でも、巨額の政府債務は政府の経済社会政策の自由度を限りなく狭める。日本が戦争を起こす確率は限りなく小さく、戦時的物資の強制調達がハイパーインフレを惹き起こす確率はゼロに近い。それでは日本経済は財政ファイナンスを続けても盤石だろうか。
日本社会にとって、最大の脅威は自然災害(大規模震災)である。もし巨大規模の震災が起こり、巨額資産を喪失する状況になれば、終戦時と同じ経済崩壊状況が生まれる。この場合でも、政府債務の水準が低ければ、財政支出の拡大が惹き起こすインフレを可能な限り低く制御することが可能である。しかし、すでに債務の累積が飽和状態にあれば、物資不足が惹き起こすインフレがハイパーインフレに転化する可能性は高い。政府に財政的余力がない日本の場合、巨額の追加政府支出は物資の高騰を惹き起こし、それが全般的なハイパーインフレを惹き起こす可能性は高い。現在の水準を大幅に超える財政ファイナンスは大きな社会的問題を惹き起こすだろう。
爆発の条件
累積債務はいずれかの時点で、何らかの方法で、部分的あるいは全面的に解決を迫られる。どのように説明しようと、国債は将来の税収を担保にした債務証券であり、政府債務が将来の税収の先取りであることに変わりはない。現在の財政赤字が続く限り、政府債務の累積を止めることができないばかりか、労働力が減少し、経済が縮小する日本社会が、累積し続ける債務問題を解決できる見通しはない。確実に到来が予測される南海トラフ地震や首都直下地震が生じたときに、巨額の債務を抱える政府(自治体)がさらに巨額の震災復興債券を発行すれば、ハイパーインフレを誘発する可能性が高い。その時に右往左往しても手遅れだ。思考実験で累積債務を減少できると主張しても、何の気休めにもならない。経済学者が空想的な思考実験を繰り返している間にも、経済危機は静かに進行している。
「ブダペスト通信」7月14日
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