中国は石破茂新首相をどうみているか? ――八ヶ岳山麓から(491)―
- 2024年 10月 21日
- 評論・紹介・意見
- 「リベラル21」中国石破茂新首相阿部治平
石破茂自民党総裁が生まれたのが9月27日。29日には中国の環球時報紙に「石破茂論」が登場した。表題は「びっくりすることか、それとも当り前のなりゆきか(原文=石破天驚還是水到渠成)」というもので、筆者は上海国際大学日本研究センター主任・教授で廉徳鍇(金ヘンが王)という人である。環球時報紙は中国共産党機関紙人民日報傘下の国際紙だから、廉氏論評をおおむね中共中央の見解と見ることができよう。氏の主張を以下に要約する。
石破勝利の理由
――闇金政治問題・統一教会の政治介入などがあって、岸田内閣と自民党の支持率は急減し、与党の座を失う危機に直面した、そこで自民党は好ましいイメージの総裁を選ぶ必要に迫られた。9人立候補したが、石破氏の強敵は2人。小泉進次郎は、世論調査では有利だったが、やがて学識が乏しく経験が浅いことを露呈した。高市早苗は、「安倍晋三の後継者」を自認していたため、有権者のなかの右傾路線を嫌う保守中間層の支持を失う危険があった。 それを読んだ自民党国会議員が土壇場で(高市支持をやめ)保守・リベラルの堅実な石破氏を選んだ。
対米関係と国防について
――(石破は)外交においては、日米軍事一体化に反対し、対米自立を主張する。過去の安倍政権の路線は、金融緩和を核とする経済政策「アベノミクス」と、集団的自衛権の行使を容認することで日米同盟を強化し中国を牽制することの2つであった。これに対し石破は、「アベノミクス」は国家財政を損なうと主張し、集団的自衛権の行使は専守防衛政策の放棄であり、国家安全保障の利益に反すると考える。
――日米同盟は世界で唯一の非対称的な同盟であり、米国が対日防衛の義務、日本が軍事基地提供の義務を負うとしているが、その義務は対称的ではないと指摘する。そして、米軍が日本に駐留している以上、自衛隊も米国に駐留することができると主張し、日米地位協定の改定と自衛隊の地位向上を求めている。
――石破は、平和憲法第9条の削除と自衛隊の「国防軍」への変更を提唱し、日米の地位を変え、日本の「正常化」をかちとり、さらに日中関係は対立がすべてではなく、両国は経済・文化・社会の互恵協力を強化する必要があると主張している。
「台湾有事は則日本有事」ではない
石破氏は、総裁選挙の1ヶ月前に台湾を訪れ、頼清徳政権への親善を表明した。廉氏は、これを批判しながらも、以下のように石破氏の台湾問題に関する見解を評価している。
――8月に出版された著書の中で、石破は「台湾有事は日本有事」という言い方を「無責任」と呼んだ。 彼は、台湾海峡両岸の状況はロシアとウクライナの衝突とは異なっており、欧米のいわゆる「今日のウクライナは明日の台湾だ」という主張は扇動的であり、冷静さを欠いていると見ている。
最後に廉氏は「今後のガバナンスの方向性は未知数だ」としながらも、 田中角栄内閣と中国側が発表した共同声明は、日中関係の政治的基盤となっている。「田中内閣の後継者が、先人の遺志を引き継ぎ、日中友好の増進に貢献することを希望する」と結んでいる。
これと同じ傾向だったのは、石破内閣が成立したときの中国外交部の林剣報道官の談話である。これは日ごろの冷淡な対日発言とは異なって比較的温和なもので、「日本は歴史を鏡とし、平和的発展の道を歩み、日中4つの政治文書の各項目の原則を遵守し、……戦略的互恵関係を全面的に推進し、中国と共に正しい軌道に沿って、持続的で健全かつ安定的な発展を推進していくよう希望する」というものであった。
「アジア版NATO」構想
おわかりのとおり、廉氏論評には、石破氏の主張のひとつ、中国に対抗する「アジア版NATO」についての言及がない。これは不思議だと思っていたら、石破内閣が成立したのちの10月9日になって、同じ環球時報紙に「『アジア版NATO』は日本の偏った戦略思想を暴露している」という論評が掲載された。筆者は、中国国際問題研究院アジア太平洋研究所特別研究員の項昊宇である。
項氏は、「石破茂新首相が就任前夜にアメリカの保守系シンクタンク、ハドソン研究所で発表した論文「日本の外交政策の将来」が大きな議論を呼んだ」として、そこに書かれている「アジア版NATO」構想を下記のように論難した。
――(石破はロシアのウクライナ侵攻が)ウクライナがNATOに加盟しなかったために起きたことを「教訓」とし、「ウクライナの今日はアジアの明日」と述べている。また、「アジアにはNATOのような集団防衛体制がなく、相互防衛義務がないため、戦争が起こりやすい」と主張し、中国を牽制するために、西側同盟国は「アジア版NATO」を創設すべきだと主張している。
項氏は、「アジア版NATO」構想は、アメリカの政策目的にも合致しておらず、まったく実現不可能だといい、さらに警戒すべきは、この対立思考は、実際に安倍内閣から岸田内閣までの外交政策に顕著に反映されてきたといい、 「石破内閣が、近隣諸国との関係を無視し、思想対立や領土問題などの対立を煽り続けたら、アジア地域はますます分裂し最終的に日本に真の安全保障をもたらすことも難しくなるだろう」と警告している。
ASEAN諸国は、現在中国への接近を強めている。2023年の対ASEAN投資ひとつとっても、アメリカが第一、EU,次いで中国である。日本はその次でしかも減少傾向にある。インドネシアは人口や経済の面でASEANの最主要国だが、習近平の「一帯一路」構想を受入れている。中国と最も対立するフィリピンですら対中国貿易は20%を超える。ラオスとカンボジアの経済はほとんど中国に依存している。
しかも、わたしの知る限り、「アジア版NATO」構想は、東南アジア華僑の存在を勘定に入れていない。華僑の多くは「落地帰根(現地に根を張る)」として、以前から現地の国籍を持ち、その一部は支配層に加わっている。同時に遠いとはいえ、祖国を忘れてはいない。
こうした状況では、石破氏といえども「アジア版NATO」 構想はお蔵入りということにならざるを得ないだろうと思う。
おわりに
おわかりの通り、廉氏と項氏では石破氏の主張が真逆になっているところがある。たとえば台湾問題だが、前者は石破氏が「今日のウクライナは明日の台湾だ」という認識ではないとし、後者は石破氏の認識そのものだとしている。
わたしは廉氏が引用した石破氏の著作『保守政治家 わが政策、わが天命 』 (講談社)も、項氏引用のハドソン研究所への寄稿も読んでいない。そのため、これ以上何か言いうことはできないので、lここでは環球時報の両氏の論評をただ紹介するにとどめる。
(2024・10・12)
初出:「リベラル21」2024.10.21より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion13921:241021〕
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