“HAGOROMO”についてのやり取りーそのI
- 2010年 6月 18日
- 交流の広場
- 若生のり子
ご存知のように羽衣はミラクルパワーを持っています。
天空とのInterchange
天空からの “Purification”
◆ アカショウビン
5千枚!まことに芸術とは過激な肉体労働、あるいは格闘技のようなものでしょうか?その作業が済み、会場の空間に展示されたとき、息を呑む効果をもたらしたことでしょう!羽衣のミラクルパワー。半紙に描かれた一枚一枚の形象は個々の人間のDNAのようにも見られます。あるいは天空の神々が伝える死すべき者たちとしての人間たちへのメッセージのようにも。羽衣は神々との交信の道具でもあるのでしょうか。左の写真の展示は羽衣がワコウ版トーテムポールのようにも、あのキューブリックのモノリスのようにも思われます。
◆ ワコウ
アカショウビンさん
>まことに芸術とは過激な肉体労働、あるいは格闘技
表面的にはそのようにみえますが、肉体労働というような資本主義の言葉に取り込まれないモノです。
それは労働という概念とは対極にある楽しい創造のいとなみです。
金とか効率とかの横っ面を優しくブリーズのようにすり抜けていきます。
限りなく重力を持たないライト・スライトです。
量塊の無い流れるようなポディティーブ
世界にはびこるあらゆるダーティーをしなやかに絡めとリ
隙間、隙間に入り込み
暖かい朝日のような、シルクのような抱擁
ピュリファイ
歓喜に満ちて舞うような
カオスのなかの美も醜も
つむじ風のエンジョイ
そして、ワコウの場合「芸術」というのでは、高尚過ぎて硬すぎて重すぎて、アートくらいにしてください。
>会場の空間に展示されたとき、息を呑む効果をもたらしたことでしょう!
切に切に、そう在りたかったのですが、残念ながらレイアウトに一貫性の無い特殊なグループ展でしたので、自由には自由でしたが、美術展と銘打って出すからにはそこも含めて考えないとプロとして恥ずかしい気がしました。真近に前も後ろも横も、さまざまな表現があり、展示方法としては、ダサさがありました。
それでもそういう現実に対抗するしかありません。
それは、とても悲しい思いでした。
ですから、心の痛いことですが、展示において大変重要な意味を持つ「如何に魅せるか」という見せ方の点では、正直申しますと失敗していると言わざるを得ませんでした。
3000枚位を超えたあたりから、こういう風に描いてみようというケッチナ作為や、意気込みや、またこれまでのワコウの経験から生まれるさまざまなイメージの集積から抽出した形象からも逃れ、ワコウ自身の偏狭な五感の感受性からではなく、そうした現実世界の意味からも抜け出し、言葉では形容し難いですが、今までよって立っていた世界からでは推し量れない、ナニカとしか言いようのないモノが蠢いている不可視の世界・第四次元というべき 「Another World」 が立ち現れてきました。
ですから知的操作の言葉である経済用語 「労働」 というのでは決してなくて、この「HAGOROMO」を描く行為は、初段階のギクシャクするような苦行を超えたさらなる「修行」ということかもしれないと、今思います。なぜならまったく不安もなく、苦しくもなく、楽しみながら澱むことなく自然に導かれるように自己を啓いていけばよかったのですから。(“ガランドウ”であることが、良いように幸いしました一例です。)
今までにない世界、己を無くすことによって得られる世界に突入出来たのです。
「表現」というような硬い立て方・思考回路では絶対に突入できない「トコロ」でした。
まさに修行の最終段階です。トランスということでしょうか。
どのように言ったらいいでしょうか、無理のないとても心地よい状態です。
自己の形態も重量も、もちろんアイデンティティなどといういかがわしいものもさらさらなく、アップサイドダウン、インサイドアウトになり、空気の感覚に限りなく近くなりました。
ですから前に書きましたように、サマトラケのニケとランデブーすることだって可能なのです。
そして、特に飛行は、流れることであり、揺れることであり、光と風に戯れることですから、まさにこの天空をひらひらと舞う「HAGOROMO」に導かれたとも言い得るのです。
故、アカショウビンさんがおっしゃる突っ立つトーテムポールや、キューブリックのモノリスのようなモニュメント的形態のあるものではありません。(これらはワコウにとっては男の考えた世界から生まれた胡散臭さを感じさせます)人間の考え得る世界を超越しているということでは、同じだと思いますが、もっと優しくてソフトでフレキシブルです。おどろおどろしさや、威嚇や、畏怖の念などは皆無です。もっと身近です。
今まで、米国と日本とで5箇所の展示を試みましたが、総て条件や環境が違っていましたが、そんなことはなんのその、与えられた空間にすぐ適応してミラクルパワーを発揮していました。
続きます。
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