テント日誌9/19日 経産前省テント広場―375日目…お彼岸入りだが残暑は続く毎日である
- 2012年 9月 20日
- 交流の広場
- 経産前省テントひろば
「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉もあるが、依然として残暑が続く毎日である。出掛けのテレビは尖閣諸島問題ばかりで「尖閣より福島」なんだけどな、というのが口から洩れた。尖閣諸島の問題は日中間の大きな問題であり、これについての私の考えはあるが、原発や福島の問題の緊急性や重要性に比すれば「たかが尖閣問題…」というところはあるのだし、メディアの姿勢に疑問を感じたのである。尖閣問題については別の場所や機会に論じるとして、そんな感想を持って家を出た。そうは言っても電車の中では尖閣についての新聞記事をむさぼり読んでいたのだが…
台風の余波が残っているのか、雨模様の天気で風も結構強い。昨年は9月20日に台風に見舞われ、テントを直撃したらという懸念で一時テントを畳んで対処した。今年は台風16号の残した強い雨がテントを襲っている。午前0時を前後する時間帯には強い雨がテントを叩き物凄い音だった。テントの隙間を締め切るなどして雨の侵入を防ぎその音に聞き入った。夏仕様に衣替えした時に防水の措置をしたのが記憶にあってか攻めつけるような雨音にも不安はなかった。『殉愛 原節子と小津安二郎』という本を読んでいたのだが、こういう中だと連想力も膨らむのかおもしろかった。雨もやみ、いつものように深夜の散歩をした。もう時計は午前2時を過ぎているが、客待ちの運ちゃんと言葉を交わしながら日比谷公園まで往復した。雨あがりでとてもいい気分だ。
朝の10時頃を境に気温は上昇するのであるが、そのころからテントにも人が訪れ始める。今日は原子力規制委員会が発足するというので官邸前抗議に出掛ける人が昼前に訪れはじめる。原子力規制委員会のこうした発足に抗議する人々とともに、今日は「けんり総行動」という旗を掲げた労働者のみなさんがテントを訪れ交流をした。労働現場で闘われておられる面々の集まりであるが、官僚街での行動も重ねている。テントには原発問題だけでなく、多くの政治的・社会的主題や場で闘っている方々との交流がある。これはテントが出来て実感できたことだが、その多くは政治的・社会的に孤立状態にあり交流が重要ということだ。こうした人たちとの交流は楽しみで元気づけられもする。
原子力規制委員の野田首相による任命という経緯をあらためて述べるまでもなく、これは野田内閣の原発政策への見識や政策のなさを象徴している。大飯原発3・4号機の再稼働においても野田首相の態度は自己の見識や政策的な判断はなく結局のところ保安院―原子力安全委のシナリオに成り行きを委ねた。原子力規制庁の実体は保安院―原子力安全委のメンバーで構成されているわけで、原子力行政の実際を牛耳って行くと思える。規制委員会の構成で内閣は政治主導できずに敗北したといえる。世論に押され「原発ゼロ」を語っても自分で骨抜きにする今の内閣に期待は出来ない。官僚たちは次の選挙での民主党政権の交代を織り込んで再稼働→原発保持のシナリオを描き直しているのだろう。
毎朝、テントにきて通告などをする経産省の警備の担当者が私の座っている椅子のところに来て「保安院も居なくなるのだから、君らのテントも必要なくなるのではない(?)」とのたまった。「経産省の原発政策が変わったわけではないでしよう」と反論しておいたが、問題は官僚主導の原発推進策をどう変えて行くかであり、これは僕らの運動のあり方にも関わることである。官僚主導の原発政策《推進政策》を内閣(国会も含めて)から政治主導で変えて行く道が一つはある。官僚主導政治の転換と言われてきたものでこれはある。この点は異論がないと思うが、これだけでは不十分であることも明瞭だ。
深夜にこの官僚街を散歩しながら、いつも念頭にあるのは、ここで政治の実際が主導されていることの転換はどのように可能かということだ。保安院や原子力安全委が原子力規制庁に名前を変えて他の省庁に属することになっても原子力ムラと呼ばれた推進体が消えたわけでも解体したわけでもあるまい。名前や組織構成を変えたにしてもそれは存在し原発存在の是非に大きな力を発揮することは疑いない。原子力規制庁の独立性《強い権限》だって原子力ムラの存続に寄与するかもしれない。制度を整えたところでその制度を必要とする精神が理解されていなければ制度は別の機能を果たしてしまう。本来は原発の安全性や規制の立場にあるはずの保安院―原子力安全委がむしろ推進の旗振りであったという歴史的皮肉(歴史的悲劇)の反省から規制庁は生まれたが、その反省のない面々が委員に座ることに誰しもが不安と怒りを持つのは当然である。僕らはその悲喜劇を日本の権力機構の動きの中に見ているのである。
私たちの経産省前テントは原発推進の実態と構造を鮮明にするということを目標にし、そのことは幾分化果たせたと思う。政党や政治家の抗争と集合離散の背後にあって政治を主導する官僚達とどう闘えるのか。選挙も控えガランとなっている国会に比べ深夜も煌々と電気の灯る官僚街だが、ここにある政治や権力と持続的に闘うとはどういうことか。官僚機構が背後にあることでむしろ主役たりえた構造を正面に据え国民の声や意思と向かえあえざるを得なくする道を模索すべきである。問題の所在を明瞭化する努力の上に。 (M/O)
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