竹島・尖閣問題、冷静な対処を──ナショナリズムの暴発を警戒
- 2012年 10月 1日
- 時代をみる
- 池田龍夫
古代から領土をめぐる民族間の争いは跡を絶たない。処理を誤ると、一触即発の危機を招く。明治以降の日本を振り返っても、何回もの戦争・紛争を繰り返した反省が蘇る。21世紀になっても、国家間の〝業〟とも言える領土紛争が世界各地で散見されるが、この問題は人類永遠の難題。戦火に至らないよう、双方が妥協点を見出す努力をするしか解決の手段はないと思われる。
ロシアとの北方領土問題に続いて、竹島(韓国名・独島)をめぐる韓国との軋轢、尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐる紛争が最近クローズアップされてきた。外交交渉を通じて平和的に処理しないと、東北アジアの緊張を増幅させかねない。日韓、日中それぞれの言い分を整理したうえで、問題点を考察してみたい。
日・中・韓、領土をめぐる対立
李明博韓国大統領が8月10日、竹島に上陸したのを契機に、日韓の対立が先鋭化してしまった。秋の大統領選挙をにらんだパフォーマンスとみられるが、配慮を欠いた行為と言わざるを得ない。李大統領はその後も、天皇の訪韓条件に謝罪を求め、慰安婦問題に関し対日批判を行うなど日韓共存の流れを逆行させてしまった。
日本が竹島の領土編入を閣議決定したのは1905年で、1910年の日韓併合条約後、45年の敗戦まで植民地支配が続いた。51年のサンフランシスコ講和条約調印文書には「日本が放棄した領土に竹島は含まれていない」という。日本側は江戸時代から鳥取藩の支配下にあったとの資料を根拠に、領有権を主張。これに対し韓国は15世紀に「朝鮮王朝が作成した地理誌の記載で、古代から韓国領だった」と主張している。さらに韓国は1952年、竹島を取り込む形で公海上に「李承晩ライン」を設定して、強引に実効支配。65年の日韓基本条約締結時の漁業協定で李承晩ラインが撤廃された以降、竹島の帰属は棚上げにされたままだった。
一方、尖閣諸島をめぐる日中間の主張も平行線のまま。日本は1895年、現地調査に基づいて尖閣諸島が無人島であることを確認、日本領土に編入した。これに対し中国は「1403年の資料に『釣魚嶼』との記載がある」として、領有権を主張している。
1972年日中国交回復時の周恩来首相発言と、78年の日中平和条約調印時に鄧小平副首相が「尖閣問題は棚上げにして,次の世代に託そう」という同趣旨の発言によって棚上げ状態が続き、巧妙な選択と言われてきた。ところが、2010年の中国漁船追突事件によって日中関係は険悪化し、今年8月15日に香港の中国人活動家が尖閣への上陸を強行した。今回の問題を深刻化させた原因の一つに、石原慎太郎都知事の「尖閣の都有地買い取り」発言と、日本側ナショナリストの尖閣上陸の暴挙があった。両国のナショナリズムを刺激した動きこそ一刻も早く沈静化させねばならない。日中両政府は慎重に対応しており、紛争が拡大しないよう祈るばかりである。
次代に判断を託す〝棚上げ〟
韓国が竹島を実効支配、尖閣諸島は日本が実効支配するというイビツな関係になっている。共通して言えることは、冷静に対処してナショナリズムを煽るような行為に走らないことだ。
この点について栗山尚一・元駐米大使が「紛争を武力で解決することは、憲法でも国際法(国連憲章)でも禁じられている。代わりの平和的手段には①外交交渉で妥協の道を探る②国際司法裁判所などで法的決着をつける③棚上げ――がある。棚上げとは外交交渉でもうまくいかず、裁判所にも持ち込めない時に先送りすることだ」と指摘(朝日新聞9・2朝刊)している通りである。
日本政府は国際司法裁判所への提訴を表明したが、韓国が応じないため現段階では頓挫したまま。棚上げせざるを得ない局面だが、自らの立場を捨てるわけではないので、紛争をエスカレートさせないための〝次善の策〟と言える。
尖閣諸島について、中国政府は跳ね上がり分子を警戒して慎重な姿勢を示している。日本・右派勢力が尖閣上陸の仕返しをしたことは逆効果で、日本国民にも自重を求めたい。野田佳彦首相が9月11日、「尖閣国有化」を決めたことに中国政府は不快感を示している。日本としては平和的意図を丁寧に説明して早急に打開する必要がある。
外務省関係者が「中国側は、資源や環境の整備という条件を日本側に求めてきた。これは現状維持、つまり引き続き日本の実効支配はそのままで構わない趣旨の裏返しです」と語ったと、サンデー毎日(9・16号)が報じていたが、この機に乗じて妥協点を探ってもらいたい。
ちょうど、ウラジオストクでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)で9月9日、野田首相は胡錦濤国家主席と李明博韓国大統領と短時間話し合いを持った。首相が「大局な対応」を求めたことに対し、中韓両首脳とも「未来志向に基づき努力しよう」との意向を表明したという。
慰安婦問題を深刻に受け止めよ
坂本義和東大名誉教授は、「竹島問題で韓国が国際司法裁判所への共同提訴に応じない理由は、日本の歴史的責任意識の欠如にあるのだから、日本がまず、慰安婦問題で国際社会に認められる謝罪と補償を行うことを韓国側に確約して世界に公表し、その上で共同提訴呼びかけるべきである。日本の自己反省を行動で示し、次に竹島問題の解決に取り組むという順序を誤らないことが重要なのだ」と警告(東京新聞9・8朝刊)している。確かに慰安婦問題は国際的倫理基準に照らし、普遍的な人権問題として日本の責任が問われており、踏み込んで対応すべきである。
宮沢喜一内閣時代の1993年8月、慰安婦の存在を認めて謝罪、「河野洋平官房長官談話」を発表して関係改善に寄与した実績がある。ところが今回、安倍晋三元首相や橋下徹大阪市長ら〝タカ派〟勢力が「慰安婦の根拠に乏しい河野談話は誤りで、見直すべきだ」と、ナショナリズムを煽るような発言を繰り返していることに驚かされた。歴史認識の欠如を露呈した発言だが、日本国民に閉塞感が高まっている時代だけに、「韓国憎し」の感情が暴発を警戒しなければならない。
藤原帰一東大教授も「歴史問題は決着済みだとする日本政府の主張が韓国政府に受け入れられていない現状を直視して、従来の政府合意と河野談話・村山富市首相談話に加え、さらに明確に植民地支配と戦争への責任を表明する。これは韓国や中国への迎合ではない。終戦から70年近く、日本国民は好戦的なナショナリズムを排除し、民主政治を維持してきた。戦後日本に誇りを持つことが自虐史観につながると私は思わない。賢明な外交は、力に加え、諸外国の寄せる信頼に支えられることを銘記すべきだ」(朝日新聞8・21朝刊)と、歴史問題への対応の重要性を強調している。
相互に譲歩する〝戦略〟が肝要
孫崎亨・元防衛大学教授は「日本の国境問題」(筑摩新書)の中でノーベル経済学賞受賞者、トーマス・シェリング教授の『紛争の戦略―ゲーム理論のエッセンス』を引用して、棚上げ論を含む戦略の重要性を強調している。シェリング教授の一文は、まことに示唆に富むもので、概要を紹介して参考に供したい。
「〝勝利〟という概念は、敵対するものとの関係ではなく、自分自身がもつ価値体系の中で意味を持つ。このような〝勝利〟は、交渉や相互譲歩、さらにはお互いに不利益となる行動を回避することによって実現できる。相互に被害を被る戦争を回避する可能性、被害の程度を最小化する形で戦争を遂行する可能性、そして戦争するのでなく、戦争するという脅しによって相手の行動をコントロールする可能性、こうしたものがわずかでも存在するならば、紛争の要素とともに相互譲歩の可能性が重要で劇的な役割を演じることになる」
確かに、相互が譲歩しあって、紛争解決に当たる外交交渉の積み重ねこそ重要である。
5年前、当時の安倍首相は、当局が人さらいのように連行する「狭義の強制性」はなったと発言して物議を醸した。これに対し、米下院や欧州議会が「慰安婦問題は20世紀最悪の人身売買事件の一つ」として、日本政府に謝罪を求める決議を採択した意味を、この際改めて考え直すべきだと痛感する。
初出:「メディア展望」10月号(新聞通信調査会)より許可を得て転載 ――編集部
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〔eye2057:1201001〕
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