尖閣問題で中国に2つの論調
- 2012年 12月 7日
- 評論・紹介・意見
- 尖閣問題田畑光永
管見中国(42)
9月半ばの尖閣諸島をめぐる中国のあの激しい反日デモから2か月近くが経過した。現場の海域ではその後もほぼ毎日、中国の「海監」などの公船が日本の「領海」ないしその「接続水域」を航行して、「主権確認行為」を継続しているし、各種交流もいまだに途絶えたままのものが多い。
両国の外交当局はその間、アジア局長会談、事務次官会談を開いて「意思疎通」(藤村官房長官)を図っているが、これという前進は見られていないようであり、なにより両国の政治家に事態を改善しようという意欲がみられないままに時日が過ぎている。双方とも手詰まり状態に陥っている。
そうした中で中国の対日論調に注目すべき(と思われる)変化が見られるので、紹介しておきたい。
1つは「経済戦」についてである。中國は日本政府が尖閣諸島を9月に地主から購入したことを「現状維持という黙約違反」と非難し、各種交流を停止したり、貿易上に障壁を設けるなどの「経済戦」で相手に譲歩させようとする「強制外交」を続けてきた。その際、「日本経済は中国に依存する構造だから、経済戦なら中国が勝つ」ということが前提となっていた。
ところが、最近、『人民日報』傘下の国際情報紙で、強硬論の旗振り役だった『環球時報』が「日本経済の実力は中国をはるかに上回る」、したがって「経済戦では中国が不利」という文章を2度にわたって掲載した。
筆者は中国社会科学院日本経済学会理事の白益民氏。白氏は1991年に大学(大学名はないが、日本の大学と思われる)を卒業して、93年に三井物産に入社、12年間働いた経歴を持ち、2008年に「行動する三井帝国」という著書をものしている。
白氏はまず11月7日の同紙に「日本の隠れた経済力を過小評価してはならない」といいう、次のような一文を寄せた。
「最近、ソニー、シャープ、パナソニックなどが不振に陥っていることで、日本の電子産業が衰退期に入ったと見る向きが多いが、こういう企業は日本の核心企業ではない。核心企業は具体的な商品は作らない。機械設備の製造や金融、商社が核心企業である。彼らの地位は中国の中央国営企業にも相当し、中国が個別の商品をボイコットしても、日本企業に深手を負わせることはできない」
「両国のGDPを比べたり、一部の日本企業が赤字を出したというニュースから、日本経済の実力を判断し、大衆を誤解させてはいけない。日本と比べれば『メイド・イン・チャイナ』は実のところ組み立てているにすぎず、カギとなる技術は他人の手の内にあるのだ」
同紙は続いて11月23日にも白氏の「日本の隠れた経済力はわれわれの想像を遥かに超える」を掲載した。趣旨は前記事と同様であるが、「もし中日両国が経済戦を戦ったら、基本的には中国の損失がより大きく、かつ中国は受動的な立場に立たされるだろう。なぜならわれわれの経済は多くの部門で日本に依存しているからである。逆に日本は中国にそれほど依存していない。日本は伝統的な米国、ヨーロッパ、カナダさらにオーストラリア市場および多くの新興国市場に多くの産業を擁しているのだ」と、より明確に日本との経済戦争での敗戦を予告している。
『環球時報』は売らんかなとばかりに対日強硬論を大々的に宣伝したために、最近はその姿勢が批判されているとも伝えられるが、それと白益民氏の起用が関連があるのかどうかは不明である。それにしても官民挙げて「日本が悪い」の大合唱で、紛争を広い部門に拡大した中国側がこの後、経済界だけでも冷静な対応に戻るとすれば大いに歓迎したい。
経済界だけでも、というのは、同じ『環球時報』でも軍事面ではこれまで以上に対日敵対心を露わにした記事が見られるからである。
11月29日づけの「中国海軍はより自信を深めた」という一文がそれである。筆者は海軍軍事学術研究所の李傑という研究員。
この文章はまず、中国海軍の編隊が前日の午前に訓練のため宮古海峡を通過して太平洋に出たのを、その数時間後という異例の早さで呉勝利海軍司令が来訪中の米メイバス海軍部長に伝え、同時に呉司令官は中国最初の空母「遼寧」の艦載機による発着艦訓練の状況をも説明した事実を挙げる。
その上で、「これは1つには中国海軍が責任と影響力のある大国の海軍として、今後は行動を恒例化、常態化、そして透明化することを示し、2つには対外交流を重視し、より開放的な姿勢で他国海軍との相互理解と信頼関係を深め、誤解を避けるためである」と、その意義を述べる。
ここまでは問題はないのだが、その次に「われわれは長期間、周辺国を刺激して、中国脅威論の理由とされることを避けるために、これまではことさらに宣伝せず、一般的に訓練終了後に事実を明らかにしてきた」と、これまでの方針を説明して、次のように付け加える。
「しかるにわれわれの好意はしばしば曲解され、ことを好む者たちは誇大に宣伝し、デマを飛ばしてきた。そして各種の偵察艦や偵察機によって、われわれの正常な訓練演習行動は非友好的な偵察や追跡を受けてきた」
これは明らかに日本の自衛隊に対する非難である。しかし、専門家によれば、他国の海軍の演習を追跡し、それを観察することはどこの国でもやっている正常な活動であり、お互い様のことだという。とすれば、ここには尖閣諸島をめぐる対立とは別に、中国海軍が日本の自衛隊に対する敵対意識をあからさまに打ち出した姿勢が見える。
それは以下のくだりでより明確になる。
「今後、われわれは米国、インド、ベトナムなどの海軍との合同演習を強化し、より多くの国を招いて、部隊、艦船、基地を見てもらい、将来は他国の海軍と海上補給基地や港湾の共同使用を試み、海上での共同行動能力を高める」
ここで合同演習の相手として米国、インド、ベトナムを挙げていることが目を引く。周知のようにこの3国は南シナ海やインド洋のシーレーンにおいて、中国と敵対とは言わないまでも対立的な関係にある。そして、日本の名が挙げられていないのは、この3国以上に日本との対立関係は深いということであろう。スカボロー礁(中国名は黄岩島)をめぐって、軍艦まで出動してにらみ合いを続けているフィリピンと同程度ということであろうか。
中国海軍にしてみれば、目の前に琉球列島が連なっているのは、自分たちが太平洋に出るのを妨げているように見えるであろうことは理解できる。またそれによって航路が限定され、自分たちの行動が日本に筒抜けであることも不愉快にちがいない。それが尖閣諸島をめぐる対立をきっかけに敵対意識にまでエスカレートしたものであろう。
いずれにしろ、尖閣諸島についてきちんとした対話をして、対立を局部に封じ込めることが必要である。「領有権問題はない」という独りよがりにしがみつくことは、毅然たる態度でもなんでもなくて、難題から逃げるだけの擬態であることはもはや明らかである。紛争には柔軟に対処しなければ、どういうはずみで事態が思わぬ方向に進むか分からない。この記事はその危険性を十分に示していると思う。
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〔opinion1099:121207〕
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