葦の穴から祖国をのぞく ―チベット高原の一隅にて(91)―
- 2010年 9月 28日
- 評論・紹介・意見
- 中国尖閣列島阿部治平
9月7日、尖閣列島魚釣島付近の海域で海上保安庁巡視船による中国漁船拿捕事件があった。そして24日「日中関係を考慮して船長釈放」のニュースを見た。どうやら、謝罪と賠償を要求され、みっともない経過をたどっているらしいが仕方がない。
中国に生活する日本人としては、突発事件は「冷静」のうえに「迅速」に解決してもらわないと困る。事件発生前後、中国奥地青海省西寧には、常住するもののほか技術交流や学術調査・協力のために合わせて20人ほどの日本人がいた。さいわいにも直接接触する日中両国人は互いに友好的である。知る限り留学生1人が漢人学生に「拿捕事件をどうおもうか」と詰問されて立ち往生した。東部では大変な緊張状態だと思う。
結論をいうと、そもそも中国漁船を拿捕すべきではなかった。日本政府は最初のボタンをかけまちがえた。領海から排除するだけで十分だった。また、かりに拿捕したという報告を受けたら政府はすぐ釈放する手があった。このあとは外交交渉に任せてしかるべきものである。ところがここで釈放せず拘留延長という第二のまちがいを犯した。
2004年大陸の「保釣人士(魚釣島をまもる運動家)」7人が島へ上陸したのを拘束しすぐ釈放したがこれでよかったのだ。偽名で入国しようとした北朝鮮・金正日総書記の長男を退去させた事例もあるではないか。
事件が起きると、中国政府はハナから強硬で行動はすばやかった。外交部が日本の丹羽大使を何回も呼んで厳重な抗議をして船長の無条件釈放を求め、日本の司法措置を違法無効だとした。尖閣列島が自国の領土だとする以上こういわなかったら理屈が通らない。
一方、民間「保釣人士」の日本大使館前で抗議活動、中国「漁政船」の事件海域への出港、大陸・台湾・香港の活動家の「保釣」行動、政府高官の交流停止、民間レベルの文化交流・観光旅行の中止、希土類元素の対日輸出の禁止(?)などつぎつぎに圧力をかけた。「フジタ」社員4人逮捕もそのうちにはいるかもしれない。官民合同多角的多ルート一斉の対抗措置である。
中国政府のこの対応の背後にはネット世論が控えている。強硬策をとらなかったら世論はそむく、無届デモがうまれ政府批判に方向転換するかもしれない。とくに中華民族主義ネットはこと対日関係、とくに領土問題では韓国同様すぐ頭に血が上る。本気で「釣魚島はわが領土」と信じているから自国漁船の拿捕を知れば、「日本鬼子又来了(日本の人殺しがまた来た)」となるのに手間はかからない。
ネット上の対日攻撃はなまやさしいものじゃありませんよ。
「中国がこれをがまんできるか」などというのからはじまって「領土は戦争で取戻すものだ」と政府に強硬な対応を迫るものが大半だ。
「打(一撃せよ)」
「倭寇よ、準備はいいか」
「弾道弾で抗議せよ、戦争の準備は整った」等々。
これに対して日本政府は当初「冷静に」ことに対処するとし、中国にもそれを求めるといった。このとき、日本では自民党から共産党までのどの政党もマスメディアも表現に硬軟はあれ、政府に何をやれ何をやるなとはいわなかった。すぐ釈放しろという主張はなかった。中国政府が「冷静に」ことを運ぶとでも思ったのだろうか。
関係悪化から来る経済的損害が大きくても、民族の名誉や誇りの前には屁のようなものだと考えるのが愛国教育を受けた中国人だと私は思う。日本が国内法の筋を通して「粛々と冷静に」中国船長を裁判にかけていたら何ヵ月もかかる。その間に中国の反日感情は異様に高まるだろう。日本人への暴行や拘束もあるかもしれない。なにしろ「欲加之罪何患無詞(罪に陥れようとすれば証拠は要らぬ)」ということばがあるのだから。
だから政府が領土保全上、中国船をどうしても拿捕し裁判にかけたいなら出たとこ勝負ではなく、考えられる事態を考えてから踏切ってくださいよ。一方いま日本政府を「腰抜け」「軟弱」と非難し、中国から侮辱されたと悔しがる人は狭隘な民族主義に眼がくらんでここが見えない。あなた方がいうように断固たる行動に出たらどうなりますか?
1978年、「日中平和条約」交渉のとき、これを主導した鄧小平は尖閣列島問題では「いまやりあわないのが利口だと思う。我々世代は知恵が足りない。次の世代の人は頭がいいからみんなが受け入れられる方法を探すだろう。そうしてからこれを解決しよう」といった。尖閣「棚上げ」論である。日本側はこれを安心してよいものとして受け入れた(外相園田直だったとおもう)。鄧小平は、尖閣列島は中国領だという含みを持たせていたのに・・・。今回の中国漁船拿捕・船長逮捕事件は鄧小平の「棚上げ」論を日本側からぶち破ったものである。
中国は長い間、経済は停滞し大躍進や文化大革命のような悲劇的状況が続いたから尖閣列島など問題にならなかった。いや1971年(大陸棚に注目して)にわかに問題にしたけれども何もできなかった。その間サンフランシスコ条約で沖縄はアメリカの管理下におかれ、尖閣列島も沖縄の一部とされてきた。日本は沖縄返還と同時に尖閣が日本固有の領土であることをさまざまに演出することができた。
だが、いま中国は鄧小平時代とは比較にならないほど経済力と軍事力を向上させ国際的影響力は強大である。日本はあいかわらず軍事と外交はアメリカの尻尾にしがみつき、唯一自慢だった経済力も停滞している。中国が果敢な挙に出たのはそれなりの理由がある。
私は無知だった。尖閣列島がまぎれもなく日本の領土だと知ったのは、1972年日本共産党の新聞「赤旗」の長大な論文を読んでからだ。1971年中国がとつぜん尖閣列島の領有を持出したのに対する反論である。並みいる政党の中でその主張はきわだって論理的説得的であった。
今でも覚えているのは、中国が領有権を主張し始めたころ「人民日報」は『釣魚島』ではなく日本流に『魚釣島』と書いていたではないか、中国発行の地図だってかつては尖閣列島を中国領としてはいなかったではないか、というところだ。
だがいま、日本共産党が中国共産党と親しいことを前提に、「尖閣は国際的に認められた日本の領土ですよ」と主張しても中国人には受入れられない。それは日本共産党が国政選挙のたびに衰弱しているからではなく、中国では釣魚島はわれらのものという教育が徹底しているからだ。
では日本のメディアが書きたてているように中国の世論が反日ひとつで沸立っているかといえばそうではない。尖閣問題が南シナ海の領海紛争のかけひきにつながることを見極めたうえで、日本との長期交渉を提案する傾聴に値する意見がある。劉檸の論文はひとつの例である(「中国選挙与治理」ネット9月20日)。かれは「尖閣列島は中国領である」との前提で大略次のようにいう。
1、中国側はすみやかに外交ルートを通して30年余り前の中日両国間に確立した『棚上げ』原則の合法性・有効性を核とし、悪性事件の再発を断つべきである。中日両国は相互尊重・相互理解の立場から21世紀中日両国の共同利益の戦略的な高みに立って釣魚島問題を解決すべきである。
2、この種の協議は外交交渉に限定されるべきもので、双方とも民族主義を道具に外交のパイを打ってはならない。中日両国とも民族主義をコントロールする能力は十分あると思う。民族主義を強化して問題解決に影響を与えようとすることは、長い眼で見て大きな副作用をもたらす。両国のメディアと知識人たちはまず十分に冷静であり自制的でなければならない。
3、9月7日、日本大使館前の抗議デモは警察の厳重な監視下で行われたとはいえ、実際は北京方面が黙認したものである。過去20年余、矛先が外国人(つまり日本)に向けられるほかはいかなる組織的抗議活動も首都で行われることはほとんど不可能であった。
4、双方の政府は人民の生命財産の安全をなによりも重視し、民衆に自律を呼びかけ、できる限り(釣魚島)海域での操業のトラブルを避けるようつとめ、同時に関係地域の漁労に従事する人々に適切な経済補償をする。こうして「外交窓口」は時間の余裕が与えられ、悠揚迫らぬ態度で対日主権交渉に臨むことができる。
日本は、これ以上尖閣列島に領土問題はないという態度をとり続けることはできない。このたび司法機関が中国漁船に領海侵犯ではなく公務執行妨害罪を適用したこと、検察官が「日中関係を考慮して船長を釈放した」ことがそのあらわれである。尖閣問題についての両国の主張は将来どこで交わるか見当がつかない。だが劉檸がいうように日中両国ともに長期の利益のために忍耐強い交渉と妥協の覚悟がなければ、隣の大国と付合っては行けない。互いにどんないやな相手でもとにかく隣同士である。「善隣」外交が偽善を含んでいるにしても、そうせざるを得ないのが東アジアに生きるものの運命だ。
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