改めて問われる日本側の基本方針―中国漁船拿捕問題 ―中国側の粗い対抗措置も―
- 2010年 10月 4日
- 時代をみる
- 中国丹藤佳紀尖閣列島
9月上旬の尖閣諸島海域での中国漁船と巡視船の衝突にはじまった事件は、漁船船長の逮捕・拘留に日中双方の抗議が続いて外交問題になった。この事態については、わりあい早い14日の段階で当ブログに「“ ネット世論”も意識して異例な対日抗議―中国、漁船衝突問題で強い姿勢打ち出す―」という拙稿を寄せた。事態はそこから緊迫の度をましていき、中国側は閣僚級交流の停止、青年訪中団1000人の招待延期などあいつぐ対抗措置を打ち出した。
事態がどんどん進んでしまうと、はじめの段階にはあったことが、重要なことなのに、忘れられてしまうことがままある。今回の事態に関していえば、第1の問題は、漁船との衝突で巡視船に目に見える損傷が生じたことである。一方、漁船の方は、石垣島に曳航されたときは船体に損傷がなかった。ところが、船長以外の船員とともに釈放されて福建省の母港に帰着した段階では船首部分に2カ所の穴が開いていたという(『朝日新聞』9月16日)。
事件を撮影した海上保安庁のビデオを公開するかどうか、日本政府も行きつ、戻りつした。それは、この段階で公開すると、中国側に不利な衝突状況があからさまになり、対日強硬姿勢をトーンダウンし始めていた中国側の反発を買うのではとか、釈放されていないフジタ社員の処遇にも影響するのではという顧慮があるからだろう。
第2の問題は、中国側は最初から強硬な姿勢だったわけではないことである。北京で、丹羽駐中国大使が立て続けに中国外務省に呼ばれ、5回も申し入れや抗議を受けたことから筆者も上記の拙稿で「異例な対日抗議」と報告した。
とくに、5回目に当たる戴秉国・国務委員による丹羽駐中国大使呼び出しが北京時間で9月12日になったばかりという深夜だったことが日本側の反発をかきたてた。しかし、これは「抗議」ではなく、「申し入れ」だった。また、中国外務次官が最初に丹羽大使を呼んでおこなった「申し入れ」は中国共産党機関紙 『人民日報』で報道しなかったのである。
筆者は、14日付けの自分の報告を検証するため、丹羽大使への5回の申し入れや抗議について事実関係や表現を 『人民日報』本紙でチェックした。本紙と断ったのは、ふだん『人民日報』のウェブサイト 『人民網』や海外向けの『人民日報』海外版を利用することが多いが、本紙とは内容の異なる場合があるからだ。
拙稿はこう始まっている。
9月7日◇北京で宋涛・外務次官が丹羽大使を外務省に呼び、「中国漁船への妨害」について厳正な申し入れと妨害停止を要求。◇東京で程永華大使が日本外務省に強く抗議し、漁民と漁船の釈放を要求。
ご覧の通り、中国外務次官は丹羽大使に「厳正な申し入れ」を行ったのであり、「抗議」ではなかった。そして『人民日報』本紙をチェックしてみたのだが驚いた。9月8日付けの同紙には、この宋涛・外務次官による申し入れや7日夜の程永華大使の抗議という漁船問題についての報道が一切なかったからである(拙稿はウェブサイト 『人民網』報道による)。
その代わりに掲載されていたのは、李源潮・中共中央組織部長が日本青年リーダー訪中団を会見したという記事だった。これはとても不自然なものだった。なにしろ北京で会見が行われたのは6日のこと、新華社の原稿は7日に発信されている。それが8日の『人民日報』に掲載されたというのだから。
党機関紙のこの紙面作りが同紙編集陣の判断によるものではなく、中央指導部の姿勢と見解を反映したものであることは見やすいところだろう。しかし、なぜそのような報道ぶりになったのか、については、まだ推測するしかない。
すでに指摘されているが、この段階での中国側の反応は抑制されたものだった。上記の8日付け『人民日報』はそれを物語る。そしてそれは、中国漁船船長の逮捕(8日)、拘留延長(19日)というところまで日本側が突き進むことはないだろう―という見通しをたてていたかららしい。
その根拠としてすぐ思い浮かぶのは、靖国参拝問題で中国と激しく対立した小泉政権が、2004年、尖閣諸島に上陸した中国人活動家7人を逮捕しながらも2日後に「国外退去」処分で送還した前例だ。当時、小泉首相は「日中関係に悪影響を与えないように大局的に判断すると指示していた」と語っている。
尖閣諸島問題について、日本側はいわゆる実効支配を基に「領土問題はない」と主張しつつも1978年の鄧小平「棚上げ」発言を踏まえた形を保ち、積極的で明示的な領有・支配の動きには出てこなかった。今回の中国人船長の逮捕は、衝突時の状況からみて見逃せない悪質性があったからだという。ここから日本側は「国内法に基づき、粛々と」という例の決まり文句を繰り返すことになる(この文言は、中国側には尖閣諸島の領有権は日本にあるという主張として受け取られている)。
しかし、上記のように、明示的な国家権力の行使である逮捕や勾留延長を予測していなかった中国側は、日本政府がこれまでの“暗黙の了解”を破って公然と国家権力の行使(領有権主張)に踏み切った判断し、一転して態度を硬化した。そして丹羽大使を立て続けに呼び、抗議した。
12日には、だめ押しの形で戴秉国(たいへいこく)国務委員(副首相級)が丹羽大使を外務省に呼び、「重大な関心」を伝え、漁民と漁船の即時釈放を求めた。温家宝首相が船長釈放を求め、「必要な対抗措置をとる」と言明したのは船長の拘留延長が決まった2日後のことである。
その間の経過は繰り返さないが、中国側は11日、日本とのガス田条約交渉を延期すると発表し、それに続いて次のような事態となった。◇中国の民間企業が社員など1万人の日本旅行を中止、◇閣僚級以上の交流停止、◇日本の学生ら1000人の訪中招請延期などが中国側から発表◇中国のレアアースの対日輸出禁止を米紙が報道、◇フジタ社員など邦人4人が「居住監視」の取り調べ(1人を残して9月30日釈放)。
9月上旬の衝突事件の発生時、日本側は思い切って「船長逮捕」の措置をとった。しかし、それが日中関係にどのように影響すると踏み、それとの兼ね合いで司法手続きをどう維持していこうと考えていたのだろうか。端的にいえば、どこを“落としどころ”に想定していたのか。上記したように、「国内法に基づき、粛々と」という決まり文句は日本国内向けであり、中国側には通じないばかりか領有権ゴリ押しと受け取られかねないものである。
仙谷由人・官房長官は「司法過程についての理解が(日中両国で)まったく異なることにもう少し習熟すべきだった」と述べた。中国は、三権分立制度下の日本の司法手続きについて、「政治がすべて」の自国流思考から「政府・与党が大局的に判断すればいいこと」と主張する。そうした主張は日中国交正常化前から続く京都・光華寮訴訟ですでに示されている。
また、外部には唐突と見える中国人船長の釈放は、那覇地検次席検事の発言にあるように、本来は行政府がやるべき「日中関係への考慮」を検察当局が代行している。これなど結果的に中国側の主張を裏付けるものだろう。弁護士出身である官房長官にはその辺を含めて習熟度を高めてもらいたいものだ。
一方、中国側は、事件の発生直後にとった柔軟な姿勢が裏切られたとみてとると、一転して強硬な姿勢を打ちだした。そこには、いま中国が「核心的な利益」とみなす海洋権益の確保という目的があり、政府に厳しい監視の目を向けるネット世論の動向もある。さらにはこの中旬に開かれる中国共産党第5回中央委員会総会への目配りもあるだろう。
そのためかどうか、中国側が出してきた対抗措置は、なりふり構わずという感がある。南シナ海の諸島で中国との間に領有問題を抱える東南アジア諸国にかなり荒っぽいやり方という印象を与えたようだ。また、仏紙 『ル・モンド』は「中国の攻撃的な姿勢は沿岸に恐怖を呼び起こした」と社説で指摘した。
日本の青年・学生1000人の訪中招待が延期されたことについては、「日本の若者に嫌中派・反中派をふやしただけ」と在日中国人からも反発の声が上がっている。
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