FRB議長発言で激しく動揺した世界の金融市場
- 2013年 7月 8日
- 評論・紹介・意見
- バーナンキ岡田幹治金融
月例世界経済管見 7
5月下旬に始まった世界の金融市場の動揺が、6月下旬に一段と激しくなった。米国で国債が売られて長期金利が急騰、株安・ドル高が進んで、影響が世界の市場に及び、とりわけ新興国で通貨と株価が急落した。先進国中央銀行の首脳たちが「火消し」に動き、6月末になって事態は沈静化に向かっているが、この動揺によって、米国や日本の株価高騰が中央銀行による「緩和マネー」でつくり出されたものであることが改めて浮き彫りになった。
◆「バーナンキ・ショック」
市場動揺のきっかけは、米国の中央銀行である邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長の2度にわたる発言である。議長は5月22日の議会証言で、FRBによる金融の量的緩和第3弾(QE3)の縮小の可能性に言及。6月19日の記者会見ではさらに踏み込んで、いまは月々850億ドル(約8兆5000億円)の証券(国債など)を購入しているQE3の「出口戦略」を詳しく説明した。
議長によれば、米国経済は回復が進んで雇用情勢が改善しており、この改善がFRBの見通し通り続いていけば、まず年内に証券購入のペースを落とし、来年半ばまでにこれらの新規購入を停止するのが適切だという。
FRBや(黒田東彦総裁が率いる)日銀が実施している量的緩和(QE)とは、中央銀行が銀行などから証券を購入し、見返りにマネーを供給する政策だ。大量のマネーを市中に送り、実体経済回復までの時間稼ぎをするのが狙いだが、あふれたマネーは株、債券、不動産などに向かいがちなので、当局が自ら金融バブルをあおることにもなる危険な政策でもある。
米国では最近、QEには経済効果がさほどないのに、株、債券、不動産市場にバブルの兆しが出るといった「ひずみ」が明らかになってきたとの主張が強まりつつあった。とくに5月のバーナンキ発言以降は、景気好転の指標が出ると、(緩和マネーが減少する)QE3の縮小が近いとみて米国株価が下がり(つれて日本の株価も下がり)、逆の指標が出ると逆の動きを示すという「アベコベ相場」が続き、その異常さが際立っていた。
バーナンキ議長の6月19日の説明はあくまで「米国経済の改善がFRBの見通し通り続けば」という条件付きであり、(先月の「世界経済管見」でみたように)米国経済の実態はFRBがいうほど良好とはいえないので、仮には出口戦略の実施されるとしても、(関係者が予測する今年9月)よりずっと遅れるとの見方が強い。
◆あわてふためいた投機筋
しかし、「緩和マネー」の拡大を頼りにリスクの大きい資産にマネーを投じてきたヘッジファンドなどの投機筋は、あわてて動いた。6月20日、米国債券市場では米国債が急落し、(10年物国債の利回りで示される)長期金利は2.5%台に急騰した。これは11年8月以来の高さだ。ニューヨーク株式市場ではダウ工業株30種平均が今年最大の下げを記録。金利高を映してドルは高くなった。
このため、「リスク資産に向かっていた緩和マネーの逆流が始まった」とか、「1980年代から続いてきた金利の低下傾向が逆転しだした」とかいう観測が出始めた。長期金利の上昇は、住宅ローン金利などの引き上げを通じて、(最近の米経済回復の一因である)住宅市場の回復に水を差す。
日本の株式市場では一歩先に、5月22日のバーナンキ発言を受けて日経平均が翌23日に史上2番目という暴落をし、その後の乱高下をへて6月13日には黒田日銀が大胆な量的緩和を発表した4月4日前の水準にまで下がってしまった。また長期金利も乱高下の末に高止まりしている。これを受けて大手銀行は住宅ローン金利を引き上げ、安倍政権の狙いとは逆行する流れになっている。
◆よみがえるメキシコ通貨危機の悪夢
先進国の中央銀行による緩和マネーに翻弄されているのが、新興国の通貨と株価だ。
米国でQEが始まるとともに、まず緩和マネーが資源の豊かなブラジルとオーストラリアに流入し、これらの国で通貨が高騰。輸出が鈍化して成長の足を引っ張るようになった。両国は金利を何度も下げて通貨高を止めようとしたところ、今度は物価が上がりだした。
今年になってからは、高成長が見込まれる国々にマネーが流入し、タイやフィリピンなどで通貨高が進み、インドネシア、フィリピン、メキシコなどでは株価が急騰していた。
ところが五月下旬に状況は一変する。外国人投資家がマネーを引き揚げ始めたのだ。マネーの逆流は6月20日以降さらに強まった。
この結果、オーストラリア、ブラジルはじめ、メキシコ、インド、タイ、インドネシア、南アフリカなどで軒並み通貨が下落し、多くの国で株価も急落した。
たまりかねたブラジルは5月末に政策金利を8・0%に引き上げ、通貨下落を止めようとした。インドネシアも6月13日、2年4カ月ぶりに政策金利を引き上げ、6.0%にした。これらの国では物価上昇に悩まされており、通貨の下落を放置できないため、景気へのマイナス効果を覚悟して利上げに踏み切ったものだ。
思い出されるのは、1994年に発生したメキシコの通貨危機だ。
米国の政策金利が92年末には3%以下に下がったのを受け、92年から93年にかけて米国から大量のマネーがメキシコに流入した。ところが米国の景気回復とともに金利は94年末には5%台に急上昇し、メキシコに流入したマネーが94年以降、米国へ還流し始めた。この結果、メキシコでは外貨準備が激減し、為替相場を変動制に切り替えて防戦に努めたが、通貨ペソは1か月で65%も暴落してしまった。
厳しい財政・金融政策を強いられたメキシコは、95年の実質成長率がマイナス6.2%に落ち込み、インフレ率は年52%にも達した。国債は債務不履行となり、最終的には米国、国際機関、日米欧の民間金融機関が総額500億ドル超の緊急支援をして収束させた。
この通貨危機は、南米や東南アジア、欧州の一部などの新興工業国に波及し、通貨不安は10か国に及んだ。日本では、95年に1ドル=80円という超円高になる原因の一つになった。
先進国の金融政策が新興国を振り回した一つの例である。
◆米国や日本にも弱み
世界を見渡せば、心配な要因を抱えているのは新興国だけではない。
米国では、バーナンキ発言以来、国債や社債の市場が不安定になっている。なかでも、ブームだったジャンク債(投機的格付けの企業が発行する高利回りの債券)市場から6月第1週に、史上最大、46億ドルものマネーが流出したことが注目されている。ジャンク債の一つである住宅ローン担保証券(MBS)市場の崩壊が、08年のリーマン・ショックにつながり、戦後最大の世界不況を生んだことがあるだけに、不気味な動きである。
日本では、企業の資金需要減少と日銀の量的緩和がつくり出した「国債バブル」の崩壊が懸念される。国債の安全性を示す指標にCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の取引状況がある。CDSとは、国債、社債など債券の発行主体が破綻したとき、それを補填する保険のようなもので、その取引(元本)残高が増えるほど発行主体の破綻に関する関係者の懸念が高まっていることを示す。
CDSの元本残高における日本の順位は、08年末には592位だったが、10年末には50位、昨年末には10位になった(1位はイタリアで、以下スペイン、フランスの順)。年を追うごとに、国際金融市場は日本国債へのリスク懸念を強めているのだ。
国内でのインフレ期待の高まりやFRBの出口戦略実施といったきっかけで国債の金利が上がり(価格は値下がり)、それによって利払い費が急増して財政運営が困難になり、金利がスパイラル的に上昇して「国債バブル」が崩壊する――そんな恐ろしい近未来が現実にならない保証はない。
このほか欧州では、小康を得ているユーロ危機がいつぶり返しておかしくない。また中国では、厳しい規制下にある銀行を通さない「非正規の融資(影の銀行)」が肥大化し、これを資金源とした公共投資などが不良債権化しているという大問題が表面化しつつある。
世界を揺るがしかねない危機の「火種」はあちこちに存在しているわけで、そんな世界金融の現状をジョン・ケイ・ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス教授は、「次の危機」を待っている局面だと述べている(『ファイナンシャル・タイムズ』6月2日)。
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