東京都が担うべき基礎的自治体間の財政調整の役割
- 2010年 10月 5日
- スタディルーム
- シンポジウム東京都財政都政改革醍醐 聡
「都政改革の新ビジョン」シンポジウム
このブログでもお知らせした新東京政策研究会主催の「都政改革の新ビジョン」シンポジウムが昨日、上智大学で開かれた。私は「東京都の財政状況と新たな財政政策に向けた提言」というタイトルで報告をした。前日までに報告用のレジメと資料、パワーポイントの原稿を研究会の事務局に送り、印刷を依頼していた。連れ合いと娘も聴きに来るというので、昨日は四ッ谷駅近くのイタリアン・レストランで一緒に早めのランチにした。2種類のピザとパスタにサラダを注文し、3人で分け合った。娘が苦労して探してくれただけあって、なかなか美味しい味だった。食後のコーヒーもゆったりした気分で味わった。
受付開始の12時半より少し早く会場につき、パワ-ポイントのテストを済ませた。第1部の研究報告では私以外の3人の報告からいろいろ啓発を受けた。それらを財政面から考えるとともに、自分の報告を準備をする過程で感じた点を記しておきたい。なお、シンポジウムの終了時に主催者が発表したところでは延べ参加者は194名だった。
大都市ゆえのコストのみ強調し受益の面を無視して認証保育所を合理化する東京都の論理矛盾
最初の報告者の後藤道夫さんは「雇用・貧困・高齢者・保育・医療 東京の政策課題」と題して福祉グループの研究状況を報告した。ご本人も触れていたが、タイトルからして20分ではとても丁寧な説明をするのは無理な内容だったが、東京都独自の認証保育所の問題点について指摘されたのは私の報告とも重なり、興味深かった。東京都が全国に先駆けて認証保育所を創設したのは認可保育所では受け入れてくれるとは限らない0歳児の保育、長時間保育など保護者の多様なニーズにマッチした保育という触れ込みと同時に、高い地価ゆえの用地確保の困難を理由に0~1歳児1人当たりの面積基準を認可保育所の3.3m2から2.5m2まで引き下げることを容認することによって、民間業者の参入を促す狙いもあったといわれている。しかし、――私の報告でも触れたが――東京都の一般会計の歳入構成(2009年度)を見ると、固定資産税収入が地方財政計画の10.8%に対して東京都では17.8%に達し、法人関係二税の20.1%に迫る割合になっていることを指摘した。また、東京都はこのあとで述べるように、市町村税である固定資産税、市町村民税法人分、特別土地保有税の三税を調整税として徴収し、これを原資にして23区に財政調整交付金を配分している。つまり、東京都は大企業の東京への集中、人口の集積による地価の高水準で用地確保に高いコストを負担する一方、歳入面では他の自治体と比べて大きな恩恵も得ているという両面を理解する必要がある。負担の面だけを見て、恩恵を得ている面を見ず、財政面の制約を誇張して大量の待機児童を放置し、行き場のない0,1歳児を持つ保護者を、上限付きながら保育料を事業者が任意に決定できるという民間事業者との直接契約制に委ねるのは児童福祉に関する行政の責任放棄といっても過言ではない。
就職チャレンジ支援事業の予算執行率はなぜ低いのか?
後藤報告では、都が2010年度から廃止するとした「就職チャレンジ支援事業」も取り上げれ、この事業を持続・大幅拡大するよう提言がされた。この提言に私も異論はないのだが、この事業の歳出予算の執行状況を調べると――後掲の報告用レジメの2ページ、パワーポイントのスライドNo.15参照――、
予算現額 執行額 執行率
2008年度 19億円 6億円 30.4%
2009年度 29億円 18億円 62.5%
で執行率が極めて低い。後藤さんが提言するように、この事業の継続・大幅拡大を要望するのであれば、この事業の歳出予算の執行率がなぜこれほど低かったのかを検証する必要がある。事業の周知度が低いという事情もあったかと思われるが、申し込みの要件として、①年間総収入が扶養人数ゼロ(単身)の場合176万円以下、1人の場合260万円、2人の場合320万円、②預貯金等の資産保有額が600万円以下、③都内に引き続き1年以上在住していること、などが課されていることが利用を狭めている要因ではないかと考えられる。これら要件に該当する人々を優先するのはわかるとしても、単身で年収が176万円を超えた層を不適格とするのは厳しすぎる。また、後藤さんも指摘したように、就業中でありながら求職している半失業者が増加している現実を考えれば、正社員として就業中というだけで排除してしまうのも行き過ぎだろう。
以下、この日、私が報告用に準備し、参加者に配布してもらった資料と報告の時に使ったパワ-ポイントの原稿を掲載し、報告準備の過程で私が実感した点を補足的に記しておきたい。
報告用本文レジメ「東京都の財政状況と新たな財政政策に向けた提言」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/sinpo_hokoku_rezime20101003.pdf
報告用資料(データ集)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/20101003sinpo_hokoku_siryo.pdf
報告の時に使ったパワーポイントのスライド原稿
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/20101003sinpo_hokoku_pp.pdf
23区間の財政力の格差と都区財政調整制度
新東京政策研究会に参加して東京都の財政状況を調査していく中で私が強く感じたのは23区間の財政力に大きな格差があるということだった。東京都全体では財政力指数でみても(都1.41、都道府県平均0.52.いずれも2008年度。以下、同じ)、経常収支比率でみても(東京都84.1%、都道府県平均93.9%)、実質公債費負担比率でみても(東京都5.5%、都道府県平均12.8%)、将来負担比率でみても(東京都63.8%、都道府県平均219.3%)、東京都の財政力は極めて強固といえる。これは首都圏への大企業と就業人口等の集中による法人二税、住民税の圧倒的な高さによるものである。
しかし、その一方で、都内23区の財政力指数を確かめると、最高の港区(1.20)と最低の荒川区(0.29)の間には4倍強の開きがある。特に下位の足立区、葛飾区、北区、墨田区は0.4を割り込み、都道府県平均以下となっている。こうした23区の財政力格差を是正することを主な目的にして東京都は普通税として道府県税を徴収する他に、市町村税である固定資産税、市町村民税法人分、特別土地保有税の三税を徴収し、これら税収の合算額の55%を原資にして23区に交付金を配分する都区財政調整制度を採用している。具体的には、各区の基準財政需要額が基準財政収入額を超える部分を財源不足額とみなし、それを補てんするものとして都区財政調整金が交付される仕組みになっているのである。そこで、港区と荒川区の歳入の構成割合(2009年度)を調べてみると、次のとおりだった。
地方税 区財政調整交付金 国庫支出金 都支出金 その他
港 区 53.6% 7.0 8.6 3.1 27.6
荒川区 17.4% 47.6 13.5 4.6 17.0
つまり、港区では地方税が50%を超え、区財政調整交付金は7%にとどまっているのに対して、荒川区では地方税は17.4%にとどまる一方で、区財政調整交付金が48%を占めているのである。このことは都区財政調整交付金が両区の地方税収入への依存度の開きで示される財政力の格差を是正する機能を果たしていることを物語っている。なお、2010年度の都の予算では港区と渋谷区は基準財政収入額が基準財政需要額を超えたため、両区は都区財政調整交付金の不交付団体とされた。
ただし、これはあくまでも歳入の構成比でみた相対比較である。絶対額でみて区財政調整交付金が23区のどこに住んでも同程度の基礎的行政サービス(介護、保育など)を受けられるのを保証するような財政力の開きを調整するのに十分機能しているかどうかを別途検討する必要がある。
23区、市部、町村部、島しょ部の財政力の格差と財政調整制度の改善・拡充
「都内」というと私たちは無造作に23区を思い浮かべ、都下の市部・町村部・島しょ部を無視しがちである。今回、改めてこれら都下の自治体の財政力指数(2008年度)を調べてみると、次のとおりだった。
23区
港 区(最高) 1.20
荒川区(最低) 0.29
市部単純平均 1.10
武蔵野市(最高) 1.67
清瀬市(最低) 0.73
町村単純平均 0.40
瑞穂町(最高) 1.15
青ヶ島村(最低) 0.15
島しょ部単純平均 0.34
一見してわかるように、市部では最高の武蔵野市と最低の清瀬市では2.3倍の開きがあり、町村部では最高の瑞穂町と最低の梅ヶ島村では7.7倍の開きがある。また、町村部の財政力は全体として23区や市部と比べ、極めて脆弱であることがわかる。そこで、23区、市部、町村部、島しょ部の歳入構成(2009年度)を調べると次のとおりだった。
地方税 区財政調整交付金 国庫支出金 都支出金 その他
23 区 30.0% 30.6 14.1 4.3 21.0
市 部 53.1% ( 1.5) 14.1 10.5 22.2
町村部 23.1% (19.4) 7.6 28.0 21.8
島しょ部 10.5% (28.0) 7.5 31.7 22.5
( )内は地方交付税の割合
これを見ると、市部では区財政調整交付金はないものの、地方税が53.1%を占め、自主財源を確保しているが、町村部では地方税への依存度は市部の半分以下で、それを補完するものとして都支出金の割合が30%前後を占めている。この点で町村部の自治体にとって東京都からの各種支出金は脆弱な財政力を補完する死活の財源になっているのである。
ところで東京都は2006年度から、それまでの市町村向け振興交付金、調整交付金、多摩島しょ底力発揮事業交付金を統合して市町村総合交付金を創設し、2010年度予算では435億円をこれに充てている。この金額は当年度予算における区市町村振興費総額の48.9%に相当する。
ところで、近年、都下の市長会、町村会等が都の予算編成にあたって提出している要望事項を見ると、市町村総合交付金を市町村の自主性を尊重しつつ増額するよう求める意見が繰り返されている。その詳しい理由は示されていないが、いろいろ調べて見ると、各市町村に毎年度どれだけの交付金を交付するかを決める算定基準に問題があると考えられる。
というのも、交付される金額は4つの要素――財政状況割、経営度努力割、まちづくり振興割、特別事情割――を総合して算定される。自治体間の財政調整という趣旨からいえば、財政状況割が主たる算定要素となるべきところ、現行では30%のウェイトにとどまっている。しかも、2009年度予算までは35%のウェイトであったのが2009年度から30%に引き下げられたという経緯がある。他方、15%のウエイトを占める経営努力割は給与水準の見直しや業績評価制度の導入状況など、本来、各市町村が主体的に検討すべき事項が交付金の多寡に影響を及ぼす仕組みになっている。これでは各自治体の自主性を妨げ、基礎的自治体に権限を移譲するという近年の地域主権の流れにもそぐわない財政誘導と考えられる。また、まちづくり振興割は具体的には東京都が定めた「10年後の東京」プランと連携した事業が加点される仕組みになっており、この点でも都が市町村の自主的な事業計画の立案に財政面から干渉する怖れを孕んでいる。
包括的な財源補償制度というなら、財政状況割の比重を大きく引き上げ、各自治体の事業計画、予算編成に干渉を及ほす怖れのある事項を総合交付金の算定要素から削除することが必要である。
なお、第2部の討論の中で上原公子さん(元国立市市長)が、ご自身の行政体験を踏まえて、東京都の財政運営では23区に比べて市町村が置き去りにされがちなこと、市町村総合交付金の充実を訴える発言をされたのが参考になった。
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study334:101005〕
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