「中南米化」するスペインと欧州 その2:カースト制社会に向かうスペイン
- 2013年 8月 13日
- 時代をみる
- スペインと欧州の経済状況童子丸開
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「中南米化」するスペインと欧州
その2:カースト制社会に向かうスペイン
●経済崩壊の中で増える子どもの飢餓
2013年5月15日のスペインの多くの報道機関が、2008年から11年までの4年間で、スペイン全国で貧困層が8%も増大したと伝えた。エル・パイス紙によると、この数字はバンカハ基金とバレンシア経済研究所が発表したものであり、単に収入や支出、失業などの経済的要素だけではなく教育や健康といった文化的な要素をもその算定の基準に入れて出されたものである。貧困の増加率は地方によって相当の差があるのだが、カナリアが21%、バレンシアが18%、アンダルシアが17%増と、南部諸州に貧困層に転落する人口が多いようである。一方でナバラ、バスクといった北部地域では逆に貧困層が減少している。このシリーズの「その1:上下分裂を加速させるスペイン社会」でも書いたことだが、この4年の間に貧富の差を現す係数もまた急激に増大しており、SERニュースは、OECD(経済開発協力機構)の発表を紹介して、加盟国中で2008年から10年までの間に最も急激に貧富の差が拡大した国の一つがスペインだったことを告げている。私の住むカタルーニャでは7%の増加となっているが、一般の多くのスペイン人たちはこういった数字をほとんど信用しない。「そんなに少ないわけがないだろ!」というのが正直な生活実感だからだ。そもそもこの統計を出したバンカハ基金自体が、バブル期に散々の放漫経営をして破産寸前になり同じ運命のカハ・マドリッドと合併してかの有名な倒産銀行バンキアとなったバンカハを母体にしている。数字の誤魔化しならお手の物だろう。
「エイヨウシッチョー(栄養失調)」という言葉がかつての日本でよく使われていた。今では「栄養不良」というべきだろうが、特に子どもの栄養不良は問題が大きく、その人の一生の肉体的・精神的なあり方をも決めてしまうかもしれない。ところで、バルセロナ市が今年の6月に発表したところによると、市内の公立学校とコンセルタドと呼ばれる準公立学校(フランコ時代の延長で学校の所有者は各地区のカトリック教会だが実際には公費で公立学校に準じた教育が行われている)を調査したところ、3千人近くの生徒が栄養不良の状態にあったそうだ。6月6日付のエル・パイス紙によるとそれは全就学児童・生徒の1.7%に当たる。しかし同紙の記事によると、2012年にユニセフが行った調査で、カタルーニャ州の貧困あるいはその淵に瀕する家庭にいる児童・生徒の割合は、2008年の18.5%から3年後の2010年には23.8%に急増していた。ただし、それでも同年のスペイン全体の26.2%よりはまだ少ない方だ。
しかしそのバルセロナ市の調査は少々手ぬるかったのだろう。8月2日に発表されたカタルーニャの人権団体シンディックの調査によれば、カタルーニャで約5万人の子どもが栄養不良状態にある。この数が正しければバルセロナ市の栄養不良の子どもはずっと多いのかもしれない。もちろんこの国では、子どもの栄養不良は偏った不適切な食生活の結果であることも十分に考えられる。しかしこのシンディックの調査を伝えるエル・パイス紙は、公立カタルーニャ保険院(ICS)の発表で、この6月から7月にかけて収入の極端に少ない家庭の子ども751人が直接に病院に担ぎ込まれた事実を伝えている。2013年には貧困状態にある子ども割合はカタルーニャで28%近くにも達しており、6万4千人の幼児・児童・生徒が自治体によって給食の補助を受けている。スペインの中でも比較的産業が発達し経済状態も良いはずのカタルーニャでこの状態である。GDPではEUで5位、世界でも常に10位前後にあるスペインで、子どもの飢餓が確実に広がりつつあるのだ。
●深刻化する一方の生活崩壊
その一方で次のグラフ(13年7月30日ABC紙による)に見るように、消費者物価指数(前年比)は延々とプラスのままである。つまり物価は一刻も止まることなく上昇し続けている。
(グラフUrl) http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/inflacion_anual-2013jul.jpg
グラフで2012年9~10月のピークは、石油価格の上昇と共に消費税の大幅値上げの影響が大きい。08年にスペインの経済崩壊が明らかになって以来、消費者物価指数がマイナスに、つまり物価が下がったという年は存在しない。13年7月では前年比で1.7%の上昇だが、2013年8月から電気事業法の改革に伴って新たに電気料金が3.2%上昇し、それがまた巡り巡ってあらゆる物価の上昇をもたらすだろう。数年前には20ユーロでできた食料や日用品の買い物が今では30ユーロでも払いきれない、というのが、この国で生活している者なら誰でも知っている現実である。失業の増大、小規模個人営業の規模縮小と倒産、給料遅配を含む収入の減少に加え、上がる一方の物価が、この国の貧困層を次々と拡大させているのだ。
緊縮財政による国民の支出の上昇で最も激しいものは教育費、中でも大学や高等職業訓練校などの高等教育にかかる費用である。7月22日付のエル・ペリオディコ紙は恐ろしい数字を我々に示している。不況が開始してから6年の間に、カタルーニャで大学入学から卒業までにかかる費用が最低でも69%、はなはだしい学部では291%も上昇している。これは大学システム監視委員会の調べによるものだが、国や自治体などからの大学に対する援助が次々と打ち切られそのツケが大学生(とその親)にまわされてきているのである。これはカタルーニャだけではなく、たとえばマドリッドでもこの2年間に費用が65%以上も値上がりしおよそ7千人の学生がその費用が払えずに単位を落とすかもしれないという。さらにスペインの教育省は学生に対する援助(奨学金)の大幅縮小を断行した。成績の平均が6.5(10点満点)以上の学生にしか援助を与えないとしたのだ。悪名高い教育相のウェルトは「奨学金は良い成績を取る学生のためのものである」と一見筋の通った説明をするのだが、それなら個人に与える奨学金はそれで良いとしても、大学に対する援助金自体を大幅減額すべきではあるまい。エル・ムンド紙によれば、この措置によって34万人の学生に影響が及び、その中には家が貧しくて学費の支払いが困難な学生が大勢いるのだ。
このようにしてどんどんと値上がりする費用に堪えて大学や職業訓練学校を卒業しても、スペイン国内にほとんど就職先が無い。高学歴や多くの資格を持つことは、この国では決して就職に有利な条件とは言えない。企業は学歴や資格を持つ者に対してそれに見合った給料を支払う必要があるからだ。筆者の知る若者はデザイン関係のいくつかの資格を苦労して得たのだが、延々と就職活動を続けてどこの会社の面接に行っても、履歴書を一目見るなり「君の資格に見合う給料は出せない」と言われて断られるとぼやいていた。これが実態だ。5月1日のプブリコ紙によると、16~25才の失業者はおよそ100万人、失業率は欧州最高の57%に達している。就業者に分類される者でもその43%の実態は、自分の持つ学歴や資格とは無関係(たとえば大学を出て喫茶店の店員)であったり、短期間契約であったり、社会保険(年金を含む)を払わなければいけないために名目上「自営業」で登録して実際にはほとんど無収入だったり、といったケースである。結局、正規雇用者として働く幸運な者は全体の25%にも満たないのだ。まともに職に就けない多くの若者が、機会があれば外国に出ることを望んでいる。
もちろんだが、高まる失業率と賃金の低下や未払いに加えての物価・消費税上昇で、消費は冷え込み続けている。7月22日付のエウロパプレス紙やエル・パイス紙などが、2012年にスペインの家庭の消費が前年比で平均3.4%、金額にして約1000ユーロ落ち込んだという国立統計院の発表を報道している。支出で上昇しているのは教育費(+7.4%)だが、これは上に述べた高等教育の費用の値上がりに加え、小中学校での教科書購入に対する自治体の援助が打ち切られたためである。また医療費(+0.3%)にしても薬代の値上げ(保険適用範囲の縮小による)ものである。一方で、電気、ガス、交通費、通信費などの料金が毎年数%ずつ値上がりしているのだが、それでもそれらへの支払いは減少している。いかに各家庭が切り詰めた生活に耐え忍んでいるかよく解ることだ。内訳を見ると、衣料関係で-10.2%、映画や観劇などの娯楽費で-9.8%(これは昨年9月に21%の消費税がかけられたことも影響しているだろう)、家の修理や器具などで-9.3%、カフェを含む外食で-7.5%、交通費で-4.9%、等々となっている。こういった家計の切りつめで最も影響をこうむるのが子供だろう。エル・パイス紙が報じる国家統計院の調査によれば、2008年から12年までの間に子供のための消費が38%も落ち込んでいる。
もちろん消費が落ち込むと必然的に生産と販売も落ち込むことになる。輸出で稼ぐ大企業はともかく、国内消費に頼らざるを得ない小規模な企業や商店はたまったものではない。バルセロナのような大都市でさえ何年間もシャッターを閉ざした店舗が目に付く。次のグラフは7月23日付プブリコ紙に載せられた国内総生産の推移(前年比)だ。数字はスペイン中央銀行による。
(グラフUrl) http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/variacion_del_PIB.jpg
だいたい不況で経済収縮の真っ只中にあった2011年にプラスの数字が出てきていること自体が奇妙な話なのだが、これは消費の落ち込み方以上にインフレが進んでいたからであろう。12年からマイナスが続くのだが、スペインの輸出総額は2012年に前年比3.4%も増えていた。確かに輸入総額も原油の値上がりなどで増えたはずだが、そのほとんどが物価上昇として消費者に押し付けられたのである。要するに、もはや消費がインフレに耐えることが不可能になって経済の収縮が進んだわけだろう。もしこれが次の四半期でプラスに転じることがあれば、その原因は夏のバカンスシーズンで、エジプトとチュニジアの政局不安のおかげで旅行先をスペインに振り替える外国人観光客が増えること以外にはない。実際に6月の外国人観光客は過去最高の600万人以上になったそうだ。
●「減った失業者」の誤魔化し
それにしても、持ち家であれ貸家であれ、家に住んで消費生活のできる者はまだ良い方だ。バブル期にでたらめなローンを組まされて支払いができなくなり、あるいは家賃が支払えずに、自宅を追い出される家族は相変わらず増え続けている。銀行と家主はローンや家賃の未払いを裁判所に訴え、裁判所が決定を下して武装警官を動員しての強制執行が行われるのだが、6月17日付のプブリコ紙によると、2013年に入っても第1四半期(1~3月)でのスペイン全国の住宅追い出し強制執行は19400件、追い出される家族の数は1日平均216家族にのぼる。特にカタルーニャ、バレンシア、マドリッドで激しい。その38%がローン未払い、残りが家賃不払いのためだが、住宅追い出しが社会問題化した当初はローンの未払いによるものが大部分だった。しかしここにきて貸家に住む者たちの生活破壊が拡大しているようである。7月8日付のプブリコ紙は、ローンや家賃の支払いで問題を抱えている人の4分の1に収入が無く失業保険の支給期間すら切れているというPAH(反強制執行委員会)の調査を取り上げている。しかしこれを逆に言えば、その4分の3が何らかの収入を得ているがそれでもローンや家賃が払えない、つまりその程度しか収入が無い、ということになる。
スペイン国立統計院はこの7月25日に、2013年第2四半期(4~6月)に失業者が22万5千人減って、一時は620万人にも上った失業者数が600万人をわずかに割り、失業率も27%台から26.26%に下がったという人口動態調査の結果を発表した。失業率の減少は雇用省の調査でも4月以降に見え始めており、政治腐敗問題で散々に追い詰められていたラホイ国民党政権は、ここぞとばかりにその経済政策が効果を発揮し始めた「良い傾向」を強調した。この間、政府と経営者協会の主導で労働法改革が盛んに進められてきたのだが、しかし大半の国民はその誤魔化しの実態を生活を通して肌身で知っている。6月4日付のエル・パイス紙は雇用省の資料を引用し、現在、正規雇用者の数が1997年以来の最低を記録していることを明らかにしている。この5月に採用になった労働者のうち、正規に雇用された者は100人のうちわずかに7.5人なのだ。新規雇用者のほとんどがいつでも簡単に雇用者の都合で首にでき何の保証もない短期間契約の労働者であり、その分、雇用者側は雇いやすくなったと言える。政府はこれをもって「失業率が減った」とはしゃぐのである。そればかりではない。
5月31日にスペイン中央銀行は、賃金制度をより「弾力的」にして、現行法で定める最低賃金(645ユーロ)を下回る「例外的な」雇用契約ができる労働改革を政府に奨励した。中銀総裁のルイス・マリア・リンデ自身は昨年11月以来の6ヶ月間に8万ユーロ(約1050万円)を超える給与を受け取っているわけで、どちらかというとこの方が「例外的」に思える。彼の提案は、ドイツに習っていわゆる「ミニ・ジョブ」をたくさん作り、特に若年層の就業機会を増やそうという試みとしてである。確かにそうでもしないと、OECD(経済協力開発機構)がこの5月に警告したように、2014年には失業率が28%を超える可能性が高い。しかし、後でも述べるが、これはスペイン人の知恵というよりもむしろ中銀が外部からの命令に従ったと見るべきだろう。
要するに、たとえば現行制度で10人雇える金で15人を雇えるようにすれば、失業が減って消費を刺激し景気回復を導くだろうというような「長期計画」らしいが、ドイツのように元々重厚な産業・経済・人材の基盤を持つ国の制度に上っ面だけ倣うというのだから、リンデ総裁は給料の全額を自主的に返却すべきである。先ほど述べたようなスペイン人たちの生活の現状を考えてみればよい。「ミニ・ジョブ」で手に入る金でどうやって、余り余っているのに値段がさほど下がらない住宅が買えるのだろうか。住宅購入はオーバーにしても、現行の最低賃金でボロ・アパートに住んで1ヶ月ぎりぎりに切り詰めて生活することすら、都市部ではほとんど不可能に近い。共稼ぎで働いて、子どもが生まれれば妻には何の休業補償も与えられない状態で、どうやって家族生活を維持できるというのか。物価だけは確実に上がり続けているのだ。スペイン中央銀行の机上の空論は、仮にうまく実行できたとしても、膨大なワーキング・超プア、数百万人規模の極貧の賃金奴隷階層を生むだけに終わるだろう。
労働制度改革に関連して、8月12日のラ・バンガルディア紙は、政府が欧州委員会に提出する「改革に関する国家計画(el Plan Nacional de Reformas)」のための作業を9月に開始する予定であることを伝える。これは年金制度を変えるために最低賃金制度に若干の手直しを行うためのものである。しかしそれに先立って、6月7日付のエル・ムンド紙は、12人の経済の専門家たちが政府に対して、不況時には年金支給を減らすべきであると「提案」したと報道している。またスペイン中央銀行は7月20日に、スペイン国民が国営の年金だけでなく私設の(つまり銀行の)年金積み立てを利用しなければならないという見解を発表した。公的年金制度が崩壊するから準備をしておけ、という意味である。
そりゃ、経済の専門家の先生方や中央銀行のお偉方は悠々と豪勢な年金積み立てができるだろう。この者たちにとってはポケットマネーの範囲の話だ。しかし、来月の家賃の支払いを考えると1杯のコーヒーが飲めなくなる者たちに、どうやって銀行に年金を積み立てることができるというのだろうか。今でさえ大半の老人たちが受け取る年金では、どんなボロアパートに住んでも、家賃を払って爪に火をともすような生活をして、ほとんどカネが財布から消え去ってしまうのだ。この国で近い将来、家を追い出された高齢者が次々と街頭で飢え死にする姿を見ることになるのだろうか。
●一方で収入を増やし続ける富裕層
俗に「経済危機」とか「不況」と呼ばれるものの正体は「被害」の面ばかりを見ていると全く理解できない。たとえば世界のどこの国のものでも、学校の歴史教科書には1930年代の世界恐慌による「被害」が書かれているが、この恐慌でぼろ儲けした者たちのことを書いている教科書は存在しない。戦争の「被害」を語っても戦争で得をする者たちの存在を教える教科書は無い。歴史教科書は世界の実態を見えなくさせている元凶である。現実は次の通りだ。6月18日付のプブリコ紙が「2012年にスペインの百万長者の数は5.4%増えた」という見出しの記事を掲げた。これはCapgemini誌の.「 World Wealth Report 2013 from Capgemini and RBC Wealth Management」が発表した内容を伝えるものだが、それによるとスペイン人で2012年の1年間に住宅や消費財の購入を含めて100万ドル以上の規模で経済活動を行った者の数が、前年に比べて7408人増え144600人に達した。失業率が26%を越す未曽有の経済危機の最中にである。
さらに、7月15日付のエル・ムンド紙は、スペインが年間100万ユーロ(約1億3千万円)を手にする銀行幹部の数が欧州で4番目に多い国であると伝えている。これは欧州銀行監督局(EBA)が公表したものだが、それによると、年収100万ユーロ以上の銀行幹部の人数は、圧倒的な1位が英国で2436人、2位がドイツ(170人)、3位がフランス(162人)、スペインは4位で125人となっている。それに続くのがイタリア(96人)、オランダ(36人)だが、さすがに世界の金融帝国である英国の数字は凄いものだが、しかしこのスペインの125人の平均所得は240万ユーロでありダントツの1位なのだ! 2位が何とギリシャ(200万ユーロ)! 英国は143万ユーロであり、スペイン、ギリシャといった破産国家で銀行幹部のフトコロに金が集中しているのである。
また同じ話題を報道するエル・パイス紙によれば、中小企業への融資を対象とする「banca minorista(英語のretail banking)」の幹部で年収100万ユーロ以上の者は、スペインが21人であり、ドイツ(6人)やフランス(5人)よりはるかに多い。そのスペインではいま多くの中小企業主が破産の瀬戸際で七転八倒しているのだ。ただしこれらは2011年の数字であり、2012年にはおそらくこの傾向がもっと進んでいると思われる。この国の銀行は、大量の不良債権を抱え、一部は破産して公的資金(国民の税金)で救われ、多くがEUからの資本組入という名の救済資金を受けている。(スペインの金融危機については、「シリーズ:『スペイン経済危機』の正体」から、こちら、こちら、こちらをご覧いただきたい。また「マンガで超わかる!スペイン経済危機」の「エスパニスタン」と「シミオクラシア」も分かりやすいだろう。)その銀行幹部が「不況こそ絶好のチャンス」とばかりに自分のフトコロに金をねじ込んでいる、としか言いようがない。
ところで、今年の6月に、FCバルセロナ(バルサ)のスター選手リオネル・メッシが脱税の容疑をかけられた。(こちらの英語版BBCニュースをご覧いただきたい。)スペインの国税当局が、彼のマネジメントをやっている父親が膨大な額のCMなどの収入を処理する会社を作りベリーズやウルグアイなどのタックスヘイブンを利用して2007~2009年に約400万ユーロの脱税をした事実を調べ上げたわけだ。メッシ側は「それは違法行為ではない」と主張するが、裁判沙汰になった際の選手生活への差しさわりを考えて、多額の追徴金を支払う羽目になりそうだ。さらに2010年以後の税金もまた改めて徴収されるだろう。私はこのバルサの英雄がタックスヘイブンへの資金逃避をはっきりさせて、きっちりと追徴金を払ってもらいたいと願っている。もし彼の行為が許されるようなことがあれば、彼の何倍も何十倍も脱税している悪党どもが明らかになる機会を永久に失うからだ。
5月7日付のエウロパ・プレス紙はスペイン株式市場に上場しているスペイン企業の94%がタックスヘイブンの国々に支店を構えていることを報道している。それは2011年の数字であり12年のものは分からない。しかし、同紙の情報によれば、そういった企業が11年は10年より23%増えており、またその10年は09年より60%も増えている。つまりスペイン国家の経済危機が進行すればするほど、タックスヘイブンを利用するスペイン企業がうなぎのぼりになっているのだ。12年か13年にはすでに100%になっているのかもしれない。各企業がそこでどんな活動をしているのかはほとんど明らかにされていないが、タックスヘイブンの性格上、見当がつくというものだ。メッシの場合には外国人だからまだ許される面もあるだろう。しかし、スペイン人が危機にのたうつ自国から自分の税金だけを逃がそうというのだから、たちが悪い。いま米国では米軍諜報部の機密を公開したスノーデンが「売国奴」呼ばわりされているが、こういったスペイン企業と個人こそが最悪の売国奴だろう。
この報道より先に、4月7日付のエル・パイス紙が、米国デラウエア州にある一つの企業にインターネット経由でわずか250ユーロほどを使って申し込めば、個人であろうが企業であろうが、世界中に80箇所ほどあるタックスヘイブンの地に「支局」「代理店」を作ることができる実態を報道した。デラウエアだけではなく、たとえばカイマン諸島の首都ジョージタウンも同様であり、また昔からスイスやルクセンブルグなどがタックスヘイブンとして利用されているのは有名だ。英国所有の島々、あるいは当のロンドン・シティー自身が、自国の税金を逃れる世界中の売国奴の大金持ちに支えられている。(こちらにエル・パイスがまとめたタックスヘイブンの「世界地図」がある。ただしスペイン語だが。)同紙の記事によると、キプロスがスペイン企業(あるいは個人)に最も多く利用されているそうだ。5月19日付のエル・パイスはEUとG20がこのタックスヘイブンを問題視していることを報道したのだが、わずか2日後の同紙記事によれば、欧州委員会はこの問題を表立って政治化させない方針を決めたらしい。そりゃそうだ。各独立国から逃げ出した税金で食っている類の連中がこの委員会を作っているのだから。エル・パイスの記事はあきれたように「良くも悪くも、これが欧州だ」と書いている。
一方でTV局のラ・セクスタはTVとインターネット・ニュースで、ユーロ圏の中でスペインが最も多くの500ユーロ(約6万5千円)札を動かしている国であることを伝えている。我々が普段スペインの街の中で見る高額のユーロ札は50ユーロ(約6500円)札、せいぜいが100ユーロ(約1万3千円)札である。500ユーロ札など街中で実際には使い物にならない。ところがこれがスペインの中で、ユーロ圏中最も多く飛び交っているというのだ。いったい何のために使われているのか? この500ユーロ札は多額の現金を自分の手で持って運ぶために作られたものだ。50ユーロ札100枚の札束の金額がわずか10枚で済むのである。資金洗浄、具体的に言うと、現金をカバンに詰めてスペインからスイスとかマルタとかキプロスの(人によってはバチカンの)タックスヘイブンに運んでしまえば、証拠を残すことなく脱税できるのである。こうやって大勢の富豪どもが自分の金を自国の公的債務の支払いに回さずに済むのだ。実際にこの方法がスペインでは昔から定着しており、政権を握る国民党の会計係だったルイス・バルセナスやカタルーニャ州の元州知事ジョルディ・プジョルの家族の例がマスコミで取り沙汰されている。
同ニュースはまた、スペインに国民総生産の23%に上る2500億ユーロ(約32兆円)規模の税務当局が把握していない(するつもりがない?)「裏経済」が存在すると伝える。実際にはもっと大きいのかもしれないが、これにはポルトガルや中国などのマフィアよりもむしろ公的に顔を出しているスペイン人のかかわりの方が大きいのではないかと思える。たとえば世界的な服飾メーカZaraの社主で世界第3位の大富豪アマンシオ・オルテガは、2001年から03年までの間に行った巧みな脱税がばれて3300万ユーロの追徴金を国税当局から請求されているが、これなど氷山の一角のさらにカケラていどの事例であろう。
いまスペイン国家は国内総生産の90%に当たる9373億ユーロ(約122兆円)もの公的債務を抱えて呻吟する。その金額は国民一人当たり2万ユーロ(約260万円)に達する。次のエル・パイス紙に載せられた国民一人当たりの公的債務の推移をご覧いただきたい。もちろんこれは国民が支払った税金から奪い取られて消えていくはずの金である。
(グラフUrl) http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/deuda_publica_evolucion.jpg
しかし、これを大富豪から乞食まで、老人から赤ん坊までを含んだ「国民一人当たり」とするのは問題だろう。いま述べたように、本来なら膨大な額の税金を負担すべき者たちほど、楽々とそれから逃げ出す仕組みができているからである。
●トロイカ(IMF、欧州中銀、欧州委員会)が作るカースト制社会
欧州中銀は6月9日にスペインへの「救済」を少なくとも今年いっぱいは続ける計画であることを明らかにした。ただし「救済」という言葉を嫌うスペイン政府にとっては銀行への「資本組入」でありラホイ政権はもはやこれ以上の「請求」はしないと断言するが、膨らむ一方の公的債務をどうするのかのメドは全く立っていない。また先に述べたようにスペインでは労働制度の改革がなし崩し的に行われているが、これがIMF、EU委員会、欧州中銀の「トロイカ」の命令であることは言うまでもない。これに関しては、【シリーズ:『スペイン経済危機』の正体(その4):「銀行統合」「国営化」「救済」の茶番劇】の冒頭部分、および、【同シリーズ(その7):狂い死にしゾンビ化する国家】の「市場の声は神の声」を参照してもらいたい。
先ほどの労働改革に関連することだが、2013年第1四半期に失業者が620万人を超えたことが明らかになった直後、4月25日に、欧州委員会副議長で経済担当のオリ・レーンは、公共部門の更なる人員切捨てを行うようにスペイン政府に対して要求(命令)した。続いて5月29日に、欧州委員会がスペイン政府に対して、赤字減らしのために消費税と年金制度と公的機関の改革を行うように要求(命令)した。そして先ほどの欧州中銀の計画発表があり、次に、6月19日にはIMFがスペインに労働制度を「柔軟なもの」にする改革を要求(命令)した。これはトロイカから派遣されて定期的にスペイン経済をチェックする「黒服の男(一部は女)」たちからの報告に基づいて出されたものだが、スペイン政府はすぐさま「労働改革はすでに行っている」と形だけの抵抗の姿勢を見せた。ただしそれが「形だけ」であることはその前後の過程から丸分かりである。このトロイカの監視員たちは単にスペインのデータを集めるだけではなく、政府やスペイン中銀や経営者協会などに対してトロイカの様々な要求(命令)の原案を伝えて(恫喝して)、命令がスムーズに実行に移されるような地ならしをしているはずである。
そして8月2日には、それまでのスペイン政府の実行ぶりを確かめたうえでまたしてもIMFが、スペインにはもっともっと多くの改革が必要であるといいながら、労働者の給与を10%下げるように要求(命令)した。またIMFは2018年になっても失業率は25%に留まるだろうと予測している。つまり、どんな改革をしてもそれがちっとも経済を刺激しないのだ。そしてその4日後の8月6日にまたしても欧州委員会のレーンがIMFの要求(命令)を支持すると語った。これに対してスペイン社会労働党副書記長エレナ・バレンシアノはレーンを指して「スペインでは何百万人もの労働者があなたの2回分の晩餐費用で月々を過ごしている」と激しく批判したが、これは馬の耳に念仏(レーンにとってみれば釈迦に説法)だろう。そして欧州委員会は即座にレーンと同調してスペインの給与引き下げの提案(命令)に支持を与えた。【シリーズ:『スペイン経済危機』の正体(その4):「銀行統合」「国営化」「救済」の茶番劇】の冒頭部分でも述べたように、トロイカの要求は、ネオリベラル経済に為すすべもなく敗退して占領されたスペインにとっての「マッカーサー命令」である。逆らうことは許されない。
しかしこういった「トロイカ」の命令はスペインだけに発せられているのではない。ギリシャ、ポルトガルなど、膨大な公的債務を抱えた国々が同じ運命に見舞われているのだ。この賃金(労働条件)の切り下げはトロイカが各国に押し付ける方策の中心であり、その「援助(資本組入)」を受けることは悪魔に魂を売ったようなもので、狂い死にするまでとことん生き血を搾り取られるだけである。さらに8月8日にはスペイン経営者協会(CEOE)が、正規雇用者を簡単に短期契約の雇用者にすることができるような労働法の改革を政府に要求した。トロイカの命令にのっとったものであることは明らかだろう。
私が『狂い死にしゾンビ化する国家』で述べたように、現在の欧州で起こっているのは、最も急進的な資本主義であるネオリベラルが仕掛ける全面戦争なのだ。現在のところ敗戦国はギリシャ、ポルトガル、アイルランド、スペインなどだが、次々と欧州全体を戦場として時間をかけながら戦線が広がり続けるに違いない。戦闘のクライマックスがいわゆるバブル経済だったわけだが、スペインはいま「国敗れて山河有り」どころか「国敗れて幽霊都市だらけ」の惨状を呈している。しかし本当の惨状は人間生活の破壊だろう。今までに述べたとおり、最上層部の「1%」と残りの「99%」の格差は広がり続けており、さらにその「99%」の中の上層部分と下層部分でさらに分裂が始まっている。そして若い時期に就業機会を失った世代の「働くこと」「仕事に就くこと」に対する意識は、前の世代には想像も付かないほど荒廃したものになり、「一発当てる」ことのできた幸運な極少数者を除いて単なる賃金奴隷へと堕し、分厚い最下層の貧民層を作っていくだろう。そうなればこれはもうカースト制社会としか言いようがあるまい。
6月21日付のエル・ペリオディコ紙に載せられたペパ・ロマ(作家、ジャーナリスト)による「カムドゥシュつまりIMFは、いかにして世界を支配したか」という論評は、かつてIMFとレーガン米国、サッチャー英国の「トロイカ」によるネオリベラル経済が、米国の利益を代弁して、中南米やアフリカ、東南アジアの腐敗した独裁体制を利用しながら地域の経済と社会を食い荒らしたことを指摘し、現在、IMFが欧州で果たそうとする役割に警鐘を鳴らしている。こういった記事が作られるだけでも、スペインのマスコミの方が日本よりもはるかに良質だなと思う。しかし現在のトロイカは、独裁体制ではなく「腐敗したあるいは無能な民主主義体制」を利用して欧州の経済と社会を破壊しにかかっている。残念ながらロマ氏には、この「民主主義」を疑う視点だけが欠けているようだ。
(2013年8月13日 バルセロナにて 童子丸開)
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