「イスラム国」に迫害されるヤジディ教徒
- 2014年 9月 1日
- 評論・紹介・意見
- イスラム坂井定雄
いま、悲惨な内戦の戦場になっているイラクとシリア。何十万の人々が生命を失い、負傷し、家族と住家を失い、国外・国内に難民となっている。その中で、最も心が痛むことの一つは、少数宗派の人々に対する、過激で復古的なイスラム聖戦主義の武装組織「イスラム国」(IS)の過酷な迫害だ。長い歴史をイラクやシリアの故郷で生き抜いてきた少数宗派の人々は、その信仰と生活そのものが、貴重な文化でもあった。それが、ISによって破壊されつつある。その一つがヤジディ教だ。
米軍は8月8日、2011年12月に全面撤退して以来初めてイラクを空爆した。その日の主な目標はイラク北西部の町シンジャル一帯を支配した「イスラム国」の部隊や車両で、同時に、シンジャルから近くの山に逃れていた約5万人のヤジディ教徒に食料と水を航空機から投下した。その後、ヤジディ教徒たちは、クルド人民兵部隊に護られ、シリア領内のクルド人支配下の町に逃れることができた。
これまでヤジディ教徒のことはほとんど知られていなかったが、これで世界中にその名が報道されることになった。じつは、その1週間ほど前に英BBCが、イラクとの国境に近いシリア東部の村を占領したISが、ヤジディ教徒のクルド人住民に改宗か死かを迫り、一部住民を殺害していると報道。さらに米軍空爆前日に、“Who What Why: Who Are the Yazidis?” という、二人のジャーナリストの長年にわたる取材、写真に基づく特集を報道した。
わたしも、ヤジディ教徒のことが特に心配だった。そのわけは、ヤジディはイスラム教が同じ神、同じ啓典の民として特別扱いするキリスト教、ユダヤ教とは全く異なり、「クジャクの天使」を崇拝する独特の信仰だからだ。しかも、彼らの言葉で「クジャクの天使」は別名「シャイタン」とも呼ばれ、それがアラビア語の「悪魔」と同じ発音であることから、少なくとも一部のイスラム教徒は「神に背いた悪魔」とみなし、イスラム教徒が最も嫌う悪魔信仰だとヤジディ教を誤解してきた。このためイラクでも、ISが支配地域で、ヤジディ教徒を悪魔崇拝として残酷に取り扱うことが予想された。
BBCの特集を見ると、写真を提供した二人のジャーナリストたちが、ヤジディの神秘性とヤジディの人々、信仰と生活に深く魅せられているのが良く分かった。夜、燭台に火を灯して祈ろうとする夫婦。ヤジディ教徒は一日5回、彼らがマレク・タッウスと呼ぶ「クジャクの天使」に向かって祈る。イラク北部のラリッシュにある最も崇拝される神殿は、高いとんがり帽子型の真っ白な塔で、クジャクと太陽の彫刻で飾られ、太陽が昇る東方を向いている。他にも同じスタイルの神殿と墓地がイラクの町や村にあり、神殿も墓もクジャクと太陽の彫刻で飾られているという。ラリッシュにはヤジディの宗教学校もあり、生徒たちは真っ白な独特の衣装を着て、宗教歌を歌いながら、集まり、行進する。
そのラリッシュにも、ISが迫っているが、クルド人武装勢力のペシュメルガが反撃している。
ヤジディ教徒の全体数は、BBCの紹介するさまざまな推定でも50万人以下。主にイラクに住み、イラン、トルコ、シリアなどにも集居する町や部落が点在する。民族的にはクルド人が多いようだが、クルド人の宗教というわけではない(“国家のない最大の民族”といわれるクルド人口は2千5百~3千万人程度で、大多数がイスラム教徒)。それぞれの地に定着してから何千年も信仰を守って集居してきた。ヤジディ教徒たちは、この名称を単に「神への祈り」を意味すると説き、研究者たちは天使または神を指すペルシャ語のイゼドが語源だという。
ヤジディ教の起源は、紀元前2千年ぐらいの古代ペルシャの宗教や紀元前1千年ごろに生まれたゾロアスター教(拝火教)に求める説など多々あるが、歴史の古い宗教だ。
教義は口伝で、宗教指導者や両親から伝えられ、聖書やコーランのような教義を説く文書はないらしい。ヤジディ教徒は同宗派の親から生まれた子供ばかりで、他宗教の信者が改宗して入ってくることはない。「クジャクの天使」を崇拝する一神教、輪廻転生を信じ、生まれ変わるたびに人間は純化していくという教え、太陽と暗闇という2元論的な感覚がヤジディ教の世界だ。欧州などではヤジディ教の調査、研究も少なくない。それによると、古代ペルシャの宗教、ゾロアスター教、東方キリスト教、イスラム教の影響が入れ混じっているという。
ヤジディ教徒たちは、恐らく世界のなかでも最も激しく、様々な人種、民族集団が入り乱れた長い中東の歴史を、小さいながらも静かに、信仰と集居、文化を守って生き抜いてきた。ISに追われたヤジディ教徒たちを一日も早く、故郷に返したい。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion4970:140901〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。