ジャーナリズムは、真実の報道と権力の監視を!
- 2014年 9月 16日
- 時代をみる
- ジャーナリズム加藤哲郎
2014.9.15 大学の夏休みも、もうわずかです。アメリカから戻って取り組んだ800ページの大著が、鳥居英晴『国策通信社「同盟」の興亡ーー通信記者と戦争』(花伝社)、直接にはベルリン反帝グループの安達鶴太郎や戦時在独日本大使館員崎村茂樹の戦時スウェーデン亡命についての手がかりを得るためで、その点では新たな情報は得られませんでしたが、戦時アジア・中国での同盟通信社とその特派員・記者たちの戦争協力の生態学になっていて、魅き込まれました。ちょうど武器やアヘン貿易を扱う商社の世界に陸軍御用達「昭和通商」という幻の巨大商社があったように、戦後は共同通信と時事通信に分かれた国策通信社「同盟通信」が、いかに外務省と軍部の宣伝戦の尖兵としてアジア・太平洋戦争遂行の一翼を担ったかが、詳細に描かれています。ジャーナリズムというよりは、国家の宣伝戦の一機関、アルチュセールの言う「国家イデオロギー装置」の機能を果たしたことが、よく分かりました。著者自身が共同通信の元記者ということで、その意味では見事な自己切開です。一読をお勧めします。
朝日新聞社が、5月の福島第一原発事故の政府調査検証委員会「吉田昌郎調書」報道について、2011年3月15日朝に東電社員650名が「待機命令違反で撤退した」という内容が誤りであったとして、社長が記者会見して謝罪し、記事を取り消しました。あわせて、過去の「従軍慰安婦」報道についても、当初依拠した 「吉田清治証言」は虚偽であったこと、そのことを認めた8月5日・6日の検証報道について、池上彰氏が「訂正が遅すぎた、記事を取り消しながら謝罪がない」とコメントした 連載コラム「新聞ななめ読み」の掲載を見合わせ、それが明るみに出て1週間後に掲載したことについても、記者会見と紙面で認め、謝罪しました。戦後日本のメディア史のなかでも、異例な事態になりました。新聞やテレビの誤報は、朝日新聞以外でもよくあることです。記事取り消しや謝罪も、珍しいことではありません。ただし、社長の記者会見や辞任にいたり、それをマスコミ他社が大きく報じることは、きわめて稀です。池上氏の紙面批評も、当然掲載すべき内容だったでしょう。朝日新聞社の右往左往が招いた失態で、「朝日の911」だったことは明らかです。しかし、そこから他紙誌ばかりでなく、政治家や政府高官までがここぞと「朝日バッシング」にまわり、一斉に従軍慰安婦問題はなかったとか、「河野談話」見直しへと進んでいる風潮には、違和感を禁じ得ません。鳥居氏の同盟通信史や山本武利『朝日新聞の中国侵略』(文藝春秋、2011年)が検証した、メディアの「いつかきた道」を想起します。
つまり、福島原発311事故のさい、政府や東京電力がどのように対処したかを示す「吉田調書」以下の調査記録は、本来すみやかに公開され、福島での放射能・汚染水対策、被災者救済・補償政策、原子力規制委員会の規制内容にも生かさるべきでした。それが非公開であるがゆえに、「吉田調書」の一部を恣意的に使った朝日の記事が「スクープ」として、一面トップになりました。政府が今回公開した「調書」類からうかびあがるのは、原発事故制御の困難、政府と電力会社の無責任な関係と情報隠し、一歩あやまれば東日本壊滅にいたった問題の深刻さ、「安全神話」ゆえにネグレクトされてきた事故対応・危機管理の稚拙な体制です。もしも朝日新聞が「吉田調書」全文を入手していたのなら、その「スクープ」狙いの解読の甘さ、本質的問題を回避した報道こそ、批判され検証さるべきでしょう。全情報を持って管理していたのは政府です。産経新聞ほか他社が「吉田調書」をどこからか入手し、朝日「スクープ」に疑問を提示したときから、朝日の稚拙な対応に乗じた、原発再稼働と原発輸出に向かう政府の周到な情報戦略が透けてみえます。「吉田調書」と当時の菅首相以下民主党政権幹部の当事者証言は政府の手で開示されましたが、東京電力の清水社長・勝俣会長らの記録は未公開です。国会調査委員会にも、まだ非公開の証言が多数あります。特定秘密保護法や集団的自衛権問題で政府批判の論陣を張るメディアを狙い撃ちした、「朝日たたき」の情報戦とも考えられます。
「従軍慰安婦」問題でも同様で、より深刻です。朝日新聞が「吉田証言」の信憑性が危うくなった時点で誤りを認めて検証し、被害者証言や記録文書の方から組み立て直しておけば、問題提起そのものの先駆性を失うことなく、日本のみならずほとんどの帝国主義国家が戦争の中で繰り返してきた民族差別、女性蔑視、人間の尊厳と人権への抑圧を、告発し続けることができたでしょう。それを何十年も放置して、安倍内閣が再び戦争に道を拓き、嫌韓嫌中ナショナリズムが高まってきたこの8月に、朝日の執行部は、なぜか「従軍慰安婦」問題での検証記事を作りました。権力への迎合・屈服ではなかったかが、疑われます。いうまでもなく、ジャーナリズムの使命は、真実の報道とともに、権力への監視です。それが今回の事態で、内閣改造をしたばかりの安倍首相に、御祝儀相場以上の支持率回復を与え、「朝日は世界に向けてしっかり説明しなければならない」と公言させることになりました。稲田自民党政調会長は、「日本の名誉回復」を声高に発言しています。同じ人物が、高市総務相と同じく、日本のネオナチ団体の党首とツーショット写真に収まっていたことが、イギリス『ガーディアン』紙などで報じられました。ヨーロッパなら直ちに公職辞任にいたる「事件」ですが、政治の右傾化と「朝日バッシング」のなかで、日本では問題にされません。日本のジャーナリズムの全体が、「いつかきた道」を本格的に検証することこそ、いま求められています。
9月25日から早稲田大学大学院の秋学期が始まり、私の政治学研究科講義・ゼミも26日から再開です。政経学部の3号館改築が完成し、教室が変わっていることに注意。早稲田大学ホームページからご確認ください。9月27日から、早稲田大学エクステンションセンター中野校で、オープンカレッジ「検閲と危機の時代 ― 戦中・戦後占領期から現代まで」が、毎週土曜日全10回で開かれます。山本武利名誉教授や土屋礼子教授らが占領期のメディア検閲を中心に歴史的に検証し、私も10月11日に原爆・原子力言説と検閲の問題を話します。まだ定員に余裕があるそうですから、権力とジャーナリズムの関係に関心のある方はぜひどうぞ。誤報や誤記は、書物の場合でも避けられません。3月刊行の『ゾルゲ事件ーー覆された神話』(平凡社新書)の正誤表を作りましたので、ご参照ください。法政大学『大原社会問題研究所雑誌』の最新8月号に、「『国際歴史探偵』の20年ーー世界の歴史資料館から」を発表しています。講演記録で読みやすいですし、『大原雑誌』はデジタルで読める日本では最先端の雑誌ですから、ぜひご参照ください。もっともその講演記録で、イギリス国立公文書館の略称を、「TNA(The National Archives)」ではなく「BA(British Archives)」 と表記してしまいました。訂正したpdfファイルを入れておきましたので、こちらからどうぞ。学術論文データベ ースに、常連宮内広利さんの新稿宮内広利「親鸞における信と不信~『歎異抄』を読む~」(2014.9)をアップ。あわせて佐々木洋さんの「核開発年表」(2014.9)を最新版にバージョンアップしました。東京大学出版会から工藤章・田嶋信雄編『戦後日独関係史』が刊行され、私も井関正久・中央大学教授と共著で「戦後日本の知識人とドイツ」を寄稿しています。ご笑覧ください。現代史料出版からは加藤哲郎編集・解説『CIA日本人ファイル』全12巻を編纂して、第一期6巻セットが発売されました。概要は、「機密解除文書が明かす戦後日本の真の姿:GHQ文書」(『週刊 新発見 日本の歴史』44号、2014年5月18日)に書き解説していますが、大部で高価ですから、ぜひ図書館等にリクエストしてご利用下さい。前回お知らせした「第二のゾルゲ事件」については、資料整理中ですが、11月8日(土)午後に予定されているゾルゲ・尾崎処刑70周年記念国際シンポジウム(明治大学)で中間報告するつもりです。乞うご期待。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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