シリーズ スペイン:崩壊する主権国家/第5部 浮き彫りにされる近代国家の虚構
- 2015年 1月 7日
- 時代をみる
- スペインの現状童子丸開
バルセロナの童子丸です。
「シリーズ スペイン:崩壊する主権国家」の第5部をお送りします。
このシリーズはこれで終了です。ありがとうございました。
私の愛するスペインのこんな醜い姿を書くのはつらいことですが、しかし事実を直視することからしか次の展望は見えてこないでしょう。私自身その中で大波にもまれ、必死にぎりぎりの生活に耐え続ける者の一人です。私にできることは、その時々の事実を記録し残し続けることだけだと思っています。
後半に書いていることには、ひょっとすると抵抗を覚える方もおられると思いますが、これはここで外国人として長年過ごした者の実感です。
いつも長編で申し訳ないのですが、お時間のとれますときにお読みください。また、これをご拡散いただけることを願っております。
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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/Spain-collapse_of_nation-5.html
シリーズ スペイン:崩壊する主権国家
青文字下線部で強調文字になっているものは当サイト内の記事へのリンクで、後はすべてスペイン・メディアへのリンクです。(ユーロと円の換算は2015年1月初めの換算比率1€=145円 を使っています。)
第5部 浮き彫りにされる近代国家の虚構
《真の権力者はどこにいるのか?》
【地図と説明:ガス海底貯蔵施設カストルとその位置 http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/photo_Spain-2/Spain-collapse-39.jpg】
2013年9月13日から10月初旬にかけて、エブロ川河口に近い地中海岸一帯を連日のように群発地震が襲った。最高でもマグニチュード4.2で中震以下、物的な被害はなかったものの、昼も夜も休みなく続く大地の震動に、地震に慣れていないスペイン人たちはパニック状態に陥った。この地で地震が観測されたのは1975年以来だったのだ。しかもそれは自然に起こる地震ではなく、スペインのずさん極まりない国家計画によって引き起こされたものである。
震源の近くには、廃棄された海底油田を利用して地下の岩盤の間に高圧の天然ガスを貯蔵するための施設カストルがあり、2012年からガスの注入が開始された。開始直後にも小さな地震が起こったが「自然現象」とされた。しかし2013年9月から1か月、500回以上も起きた群発地震は尋常ではなかった。
この海底貯蔵庫は2006年に国家計画で開始されたもので、この付近に休眠中の活断層群があることが知られていた。カタルーニャ州政府は再三このカストルの工事中止を申し入れたが、当時のサパテロ社会労働党政府は聞く耳を持たなかった。この施設の運営会社はEscal UGSでその株の3分の2は総合建設会社ACSグループが持っているが、このACSのオーナーはレアル・マドリッドの会長でもあるフロレンティーノ・ペレスなのだ。
【写真:ACSグループ会長フロレンティーノ・ペレス、サッカー球団レアル・マドリッドの会長でもある:Voz Póbuli http://estatico.vozpopuli.com/imagenes/Noticias/DDECE467-FB61-A9FB-1717-C3FD00F6185E.jpg/resizeCut/789-24-811/0-137-544/imagen.jpg)
あまりに続く地震に、9月26日になってついに政府(国民党政権)はガス注入中止をEscal UGSに命令したが、いったん刺激を与えられた断層はその後も2週間近く動き続けた。その後10月3日に政府はこのガス地下貯蔵施設を無期限に停止することを決定した。ここまでは、まだ社会労働党政権の愚かさと無責任ということで話は済む。問題はこの事後処理だ。当然だが、Escal UGSは予定していた操業ができず建設にかかった費用がすべてフイになる。事実上のEscal UGSのオーナーであるACSのペレスは政府に対して13億5000万ユーロ(約1958億円)の賠償を要求した。
カストルが活断層の付近でありこのようなことが起こることはある程度予想されていたにもかかわらず、サパテロ政権とペレスのEscal UGSはそれを無視して強引に工事を進めたのであり、その「製造物責任」はEscal UGSにある。しかしその当然の筋道は、どうやらこの国では通用しないらしい。サパテロ政権はEscal UGSとの契約にガス貯蔵庫を閉鎖する場合の賠償について一条項を盛り込んでいたのである。貯蔵施設停止の発表と同時に産業エネルギー大臣ホセ・マニュエル・ソリアは、ACSがその賠償を受け取ることになると発表した。そしてその全額を天然ガス消費者に支払ってもらう…、…ン?…ナニ?
副首相ソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアの説明によると次のようなことである。直接にはガス配給会社のEnegásが賠償をACSに支払うのだが、Enegásはガス会社(最大のものはガスナチュラル・フェノサ)に請求書を回す。そしてガス会社は消費者にその請求書を回す…。そして消費者は…、身銭を切って払わなければガスの使用を止められる…。しかも30年間…。バカな!
話はそれだけでは終わらない。Enegásはサンタンデール銀行、カシャバンク、バンキアから30年ローンで13億5000万ユーロを借りる。年利4.27%の30年返済で計算すれば返済の総額は、何と!47億ユーロ(6815億円)を超すことになる! これが30年の間、スペインで天然ガス(都市ガス)を使用する750万の家庭と企業が支払うガス料金に、延々と上乗せされ続けるわけである。その大多数が個人の家庭であり、一戸当たり平均して630ユーロ(約91000円)…。なぜ我々が払わなければならないのだ?
スペインでは政府と巨大企業の大失敗のツケ+巨大銀行に払う利子を、すべてを国民と中小企業に支払わせるというのだ。(ただし、原発推進政策の費用に死の恐怖を上乗せする日本政府と比べると…、ま、目くそ鼻くそ…か。)
ラホイ政府は、これは社会労働党政府が結んだ契約だから現政府としてはどうしようもないと逃げて、10月15日に国民党が絶対多数を握る議会で賠償の承認を正式決定させた。11月11日にカタルーニャ州政府が憲法裁判所にこの賠償の無効と差し止めを求める訴状を出したが、カタルーニャ独立を問う住民投票に対してわずか数時間で違憲判決を出した憲法裁判所は受け付けただけで何も動かず、11月13日にはすでにその賠償金額がフロレンティーノ・ペレスの懐に放り込まれていた。複数の市民団体がやはり憲法裁判所に訴え出ているのだが、蛙の面に水だろう。EU議会の一部にはこの「スキャンダル」を問題視する動きもあるのだが、EUは基本的に無視である。
スペインの都市ガス使用者は、何一つ悪いことも失敗もしていないのに、あのレアル・マドリッド会長やサンタンデール銀行などのクソ富豪どものために、30年もの間、子供の世代に至るまで、カネをむしり取られ続ける…、ナンデヤネン! なけなしのカネが目の前で盗まれていくのを黙って見ていろというのか? 実際にこの徴収が始まる2015年4月までに、憲法裁判所でもEUでもどこでもよいのだが、この泥棒の手を抑える措置が取られなければ国中で暴動すら起こりかねないだろう。
そして、この件を通してスペイン国民は「真の権力者」がどこにいるのか、改めて学んだように思う。政治家や政府など「真の権力者」の命令に従って彼らの利益だけに尽くす使用人にすぎないのだ。調子に乗った使用人が時として逮捕され罰を受けることはあっても、「真の権力者」は、本来なら自分が受けるべき罰があっても、使用人を使ってそれを下々(シモジモ)の頭の上に投げつける。
ついでに言えばこのペレスのACSは、このシリーズ第2部中の《公営事業は野獣の餌場》で書いたような高速鉄道網の工事でもその4分の1を請け負っているのだ。他にも多くの「公営の開発計画」で受注を得て、その結果として国家と自治体を破綻に追いやり、その借金を国民に背負わせる究極の原動力になっている。ペレスはスペインで指折りの大富豪、資本家階級の一員だが、彼のような「人間の1%」、「雲の上の住人ども」こそが、この世の真の支配者であり真の権力者である。
《雲の上の「1%」》
2014年9月10日、大富豪の一人でサンタンデール銀行の会長エミリオ・ボティンが79歳で死亡し、娘のアナ・パトリシア・ボティンがその跡を継いだ。この銀行は1857年に創業され、2014年には200億ユーロ(約2兆9000億円)の資本金を持つスペイン最大、世界で43番目の銀行である。ボティン家がこの銀行を支配するようになったのは20世紀の初めごろからで、それ以来「ボティン家の銀行」となっている。現在ではスペインだけではなく、サンタンデール・グループとしてラテンアメリカ諸国に君臨し金融支配する銀行群の一つである。もちろんボティン家はスペインでも最大級の大富豪であり、先ほどのフロレンティーノ・ペレス同様「雲の上」の住人だ。
【写真:前サンタンデール銀行会長エミリオ・ボティン:El País http://ep00.epimg.net/economia/imagenes/2014/09/10/actualidad/1410331871_852337_1410332452_noticia_normal.jpg】
このエミリオ・ボティンに関連して、「ボティンの原則(la doctorina Botín)」という、スペインでは有名な法律用語となってしまったものがある。発端は25年以上も前に遡るが、サンタンデール銀行によって行われた大量のクレジットの販売を巡って大規模な脱税行為が行われたとして、国税当局(財務相)とその販売で被害を受けた人々の団体がエミリオ・ボティンら銀行幹部を相手取って起こした訴訟があった。日本と裁判制度が異なるので多少面倒だが、スペインでは検察庁が起訴しても裁判所判事が棄却する場合もあるし、その逆もある。
裁判は上告を重ねて長引いたが、ボティンの有罪を望まない検察庁はややこしい法律用語をひねくりまわして法の隙間をつき、起訴自体を不成立にする策を練った。結局のところ、そのクレジットの販売が合法的であったか否か、実際に脱税があったかどうかという事件の核心は問題にされなかったのだ。
ただでさえ面倒な法律用語がさらにひねりまわされ、実は筆者にもどういうことなのかもう一つよく分からないのだが、新聞などの説明によるとこうなるらしい。《犯罪として告発された罪状が懲役9年以内の簡易訴訟の場合で(?)、損害を受けた合法的な資産の性質が個々のものと集合的なものとにかかわらず(?)、もし原告が棄却を要求するのなら、公判を開くことができない…(?)》。要は起訴された案件の事実関係ではなく単なる手続き論の問題のようだ。これが俗に「ボティンの原則」と呼ばれるもので、確かに原告の一人である財務省は上告の棄却を請求した。ただし原告全員ではない。
そしてこの「原則」が2007年に最高裁によって採用された。原告の一部である被害者の団体は憲法裁判所にまで持ち込んで裁判のやり直しを求めたが、2012年に憲法裁判所は最高裁の判決を認め、国家の中枢にいる「有能な官吏」の働きでボティンの無罪が確定した。彼の死因は心臓発作だそうだが、まあ確かに、これほど長く裁判が続けば心臓には良くないだろう。
ところで当シリーズ前回の《地に落ちた王家の権威と求心力》で書いたことだが、2014年12月にバレアレスのパルマ地方裁判所判事ホセ・カストロは国王フェリーペ6世の姉クリスティーナをノース事件の被告人として裁判にかけるという歴史的な決定をしたのだが、実は11月初めの段階で検察庁が「ボティンの原則」を適用してクリスティーナの起訴を見送り、単に税金申告漏れの追徴金だけを求める決定をしていたのである。ここでも国税当局は告訴の棄却を求めていた。しかしカストロ判事は独自の判断で裁判を成立させた。なぜ彼女には「ボティンの原則」が適用されなかったのか?
法律用語とその概念のひねくりまわしは意味を持たないだろう。脱税や詐欺の規模にしても金額にしてもサンタンデール銀行の件の方が大きい。要するにクリスティーナは(有罪になる保証はないが)裁かれてもいたしかたのない身であり、エミリオ・ボティンは「裁くこと自体」が許されない人物だ、ということだ。先ほどのフロレンティーノ・ペレスにしても同様で、いかなる手を用いてでも損失を与えることの許されない人種である。たとえ政治家や官吏が地位を失い犯罪者となっても、この「1%」の者たちだけは傷つくことがない。彼らは王族よりも上にいるのである。
どこでも、歴史的にもそうだ。ドイツ皇帝は退位させられたが、帝政ドイツを支えた財閥と国際的な金融の網は基本的にそのまま保全された。そして現在も保全され続ける。ナチスは裁かれ現在ですら裁かれ続けるが、ヒトラーを作りその活動を支えたティッセンなどのドイツの「1%」、そしてシュレーダー銀行やブッシュ家、ダレス兄弟などの英国や米国の「1%」が、ナチス同様に裁かれたことがあったか? それらはいまだに保全され繁栄し続ける。
ボティンのサンタンデール銀行は、経済の破綻と国民生活の破たんが最高潮に達した2013年にその収益をほぼ倍増(前年比)させた。ただしその多くがラテンアメリカや他のEU諸国でのものであり、グループ全体の収益は43億7000万ユーロ(約6337億円)だが、スペイン国内での収益の伸びは7%にとどまっている。ただしスペインのGDPの伸びはマイナスだった。同じ年にスペイン第2位の銀行BBVAの収益の伸びは23%だったが、この銀行がスペイン国内で不良債権として抱える不動産による赤字は12億5400万ユーロ(約1820億円)に上った。しかしそのBBVA会長のフランシスコ・ゴンサレスは2013年に自分の年収を0.96%引き上げて517万ユーロ(約7億4900万円)にした。同行の重役アンヘル・カノは1.76%増の375万ユーロ(約5億4400万円)である。
もう一人、「雲の上の住民」を見てみよう。2013年10月のある日、バルセロナのムンジュイックにある国際見本市会場イタリア館を借り切って、一つの盛大な結婚披露宴が行われた。それは、少々のことでは驚かないバルセロナ市民の目を剥かせるに十分だった。700人を超える招待客の中に次のような顔ぶれがあったからだ。
政界から、首相マリアノ・ラホイ、副首相ソラヤ・サエンス・デ・サンタマリア、内務相ホルヘ・フェルナンデス・ディアス、国有財産相アナ・パストール、アスナール政権時の閣僚ハビエル・アレナス、ジュゼップ・ピケおよびエドゥアルド・サプラナ、前首相ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ、前副首相マリア・テレサ・フェルナンデス・デ・ラ・ベガ、現カタルーニャ州知事アルトゥール・マス、前知事ホセ・モンティジャ、元知事ジョルディ・プジョル、現バルセロナ市長シャビエル・トゥリアス、セビージャ市長フアン・イグナシオ・ソイド・アルバレス、…その他。右も左も、中央も地方も関係ない。
財界・産業界などから、カシャバンク銀行会長イシドロ・ファイネ、バンコサバデイュ銀行社長ジュゼップ・ウリウ、メディア・プラニング・グループ会長レオポルド・ロデス、マンゴ(服飾メーカー)社長イサク・アンディチ、レプソル(スペイン最大の石油企業)会長アントニオ・ブルファウ、プロノビアス(服飾メーカー)所有者パラッチ家、TV局アンテナ3の重役陣と記者やアナウンサー、そして大勢の著名な作家や評論家たち…。なぜかその中に、パルマ公爵夫妻クリスティーナ・デ・ボルボンとイニャーキ・ウルダンガリンの顔もあった。なお、結婚式を執り行ったのはスペインに10人いる枢機卿の一人アントニオ・カニサレスである。
【写真:スペインの大富豪でマスコミと言論界に巨大な影響力を持つホセ・マニュエル・ララ:El Mundo http://estaticos04.elmundo.es/elmundo/imagenes/2009/11/20/1258740374_0.jpg】
こんなとんでもない連中を招いた結婚式の主役はだれか。新郎パブロ・ララの父親ホセ・マニュエル・ララ・ボスクは、スペインきっての大富豪であり、マルチメディア・グループのグルポ・プラネタを率いてスペインのマスコミと言論界に君臨すると同時に、新聞社や出版社、TV局などに投資する資本家でもある。このグループは出版を母胎にするがむしろ、日本でいえば電通に近い働きをしており、スペインだけでなくポルトガルや中南米に広く進出している。新婦のアンナ・ブルファウの父親は国際的な総合技術コンサルタント会社インドラのジェネラル・ディレクター、マニュエル・ブルファウであり、叔父がレプソル会長アントニオ・ブルファウである。事情に詳しいスペイン人なら即座に招待客の豪華さに納得がいくはずだ。
このララは侯爵の称号を持っているが別に由緒ある家系というわけではない。彼の父親ホセ・マニュエル・ララ・エルナンデスはスペイン内戦の際にフランコ軍の中で頭角を現し、内戦後バルセロナで本や雑誌の編集と販売を行う企画会社プラネタを創設した。このプラネタがフランコ独裁時代に勢力を拡大してララ家がスペイン指折りの富豪になった背景に何があったのかもう一つよく分からないのだが、単に「商売上手」だっただけではなく、政治勢力とは独自にこの国の政治と社会の枠組みを作り支えてきた重要な力の一つだったことに間違いはない。ララ・エルナンデスが侯爵の称号を受けたのはゴンサレス社会労働党政権下の1994年のことであり、たとえ単なる「勲章」の一種にすぎないにしてもよほどの重要人物でなければ与えられないものだ。それがその子孫にまで継承されるからである。このララ家とブルファウ家の結婚式は、いわば「雲の上のネットワーク」であり、この国と自治体のトップ政治家たちは欠席を許されない。
ところで、ホセ・マニュエル・ララはある事件の中で名前が挙がっている。2014年10月末にカタルーニャ社会労働党幹部で元州政府公共工事委員会議長のジュアキム・ナダルが詐欺の容疑で逮捕された。2006年に彼はジロナ市に近いサンタ・クリスティナ・ダルの土地に工業団地建設の許可を与え、ある土地開発業者がそれを650万ユーロ(約9億4000万円)で購入した。しかしその土地の中には開発の許されない自然環境保護地域が含まれており、開発すれば2000万ユーロで売れるはずの当てが外れた開発業者がナダルを詐欺で告発したのである。
ところがその土地にはもう一つ、ララ家の所有地が広大に存在したのだ。検察庁はナダルがララ家の土地売却に便宜を図ったのではないかと疑っているが、現在のところ、この「詐欺事件」はナダルの段階で止まっている。検察と裁判所が果たしてホセ・マニュエル・ララにまで告発の手を伸ばすことができるだろうか。今後が注目されるが、どのみち「有能な官吏」の手によって「ボティンの原則」が適用され、この「雲の上の1%」に累の及ぶことはないと予想されるが…。
《スペインと世界の「青い血」》
スペイン語に「Sangre Azul(青い血)」という言葉がある。別に「爬虫類人」だの「異星人」だのといった気味の悪い空想ではない。これは貴族階級を表わす言葉で、白い肌の下から静脈が青く透けて見えるという意味だ。イベリア半島がローマ帝国の一部だったころに住んでいた人々は、基本的に、肌の色のやや浅黒い地中海人であった。そこに支配者としてやって来たゲルマンの西ゴート族は肌の色が白く青い血管が明らかに見え、非支配者となった者たちとの違いは誰の目にも明らかだっただろう。もちろん支配階級の者たちは畑で日に焼けて汚れながら農作業をすることもなく、白い肌の下から青い血をのぞかせていたはずである。その後、イベリア半島を征服したイスラム教徒たちによってイベリア半島北部に追いやられた西ゴート王国の貴族たちは、数百年をかけて徐々に半島の支配権を奪い返していった。これが「レコンキスタ(再征服)」であり、「青い血」は再びスペインの支配者となった。
スペインだけではなく英国やフランスやイタリアでも、王族や貴族の多くはローマ時代に住んでいた人々とは別人種のゲルマン系の「青い血」だった。中世から近世にかけて各国の王族や貴族たちが盛んに婚姻関係を結んだのだが、これを単なる「政略結婚」と見るのは間違いであろう。彼らは欧州大陸の「雲の上」に彼らだけの「青い血(高貴な血)のネットワーク」を作ったのである。それは「国籍」「民族」「言語」「宗教」などといった下々(シモジモ)を分類する概念とは無縁である。
米国の新興貴族である資本家たちの使用人はユーラシア大陸を「チェス盤」になぞらえたが、元々から欧州は「青い血のネットワーク」の住民たちにとって常に「賭けチェス」の場でしかなかった。欧州では中世にも近世にも戦争が数限りなく起こったが、「チェスの指し手」自身が殺された戦争がいくつあったか? 陰謀による暗殺はあったかもしれないが、戦争で殺されたのは使用人の将軍と下々の兵士(傭兵)ばかりではなかったか? 大将の首を狙う戦国時代の日本とはまるで異なるのである。
「青い血のネットワーク」の一例として近年のブルボン家を見てみよう。現国王フェリーペはブルボン家フアン・カルロスとギリシャ王家の王女ソフィアとの子供である。フアン・カルロスはブルボン家ドン・フアンと両シチリア王家の王女メルセデスとの息子、そのドン・フアンはブルボン家アルフォンソ13世と英国ビクトリア女王の孫でドイツのバッテンベルグ公の娘ユージニーとの間に生まれた。ドン・フアンは若いころロンドンで学び英国軍に入隊したこともあった。当然だがロシア帝国のロマノフ家とも血縁関係ということになる。ただしいまブルボン家の家督相続権はドン・フアンの弟の家系であるアンジュー公ルイス・アルフォンソが持っている。
またスペインを代表する貴族にアルバ公爵家があるが、今年11月に死亡した公爵家の家督相続者ドゥケサ・デ・アルバの正式な名前はマリア・ロサリオ・デ・カイエタナ・フィッツ‐ジェイムズ・ステュアートである。後半の「フィッツ‐ジェイムズ・ステュアート」で分かる通りアルバ家の先祖にはスコットランド王家の血が混じっている。王族や貴族の作るつながりは、生まれ育った場所とも言語とも宗教とも全く無関係だ。民族という観点で言うなら、この「雲の上」の住民はそもそも下々の者とは別民族・異人種なのである。
こういった例は欧州の王族・貴族が作る「青い血のネットワーク」のごく一部にすぎない。いま彼らの多くは先祖から受け継いだ資産を運用して資本家階級の一員となっている。というよりも資本家がすでに現代の「青い血」であり、そのネットワークは欧州と世界を雲の上から支配している。欧州に住むと階級社会の実態がよく見えてくる。人間は平等ではない。原始時代を除き、平等であったためしがない。
先ほど、ボティン家、フロレンティーノ・ペレス、ララ家といったスペインの「雲の上の1%」について述べたのだが、もちろんこれは世界中で普遍的である。Oxfamインターナショナルが2014年1月に発表した調査によると、世界の85人の富豪が持つ資産は、世界人口の約半分に当たる35億7000万の貧乏人が持つ資産とほぼ同じである。単純に割り算すれば、一人当たり4200万倍の格差、ということになる。もちろん自然の中で生活しカネという形の資産などさして必要としない人々もいるだろうし、カネで換算された評価だけは大きくても使い物にならない資産に囲まれて案外と不幸な暮らしをしている者たちもいることだろう。しかしそれにしてもものすごい数字だ。
欧州全体で「雲の上」を覗いて見るならば、まず服飾メーカーZaraを含むInditexグループの創始者アマンシオ・オルテガ(スペイン)の資産が480億ユーロ(約6兆9600億円)、家具メーカーIKEA創始者のイングヴァル・カンプラード(スウェーデン)が343億ユーロ(約4兆9735億円)、
化粧品メーカーL’Oreal創始者のリリアンヌ・ベタンクール(フランス)が251億ユーロ(約3兆6400億円)、…。いやになってきた。このへんでやめておこう。欧州1の金満家アマンシオ・オルテガは、近年では常に米国のビル・ゲイツ、メキシコのカルロス・スリムとともにフォーブスの「ビッグ・スリー」を形作っている。
【グラフィック:アマンシオ・オルテガを筆頭とする欧州の大富豪たち:Europapress http://img.europapress.net/fotoweb/fotonoticia_20141005081650_800.jpg】
このアマンシオは2013年12月にロンドンのウェスト・エンドにある4億8000万ユーロ(約696億円)のオフィスビルを購入し、さらにニューヨークでも6900万ユーロ(約100億円)の商業ビルを買い取った。彼はいま、国内のマドリッドやバルセロナだけではなく、英国やフランス、ドイツ、米国そして日本など世界中で高価な不動産を買いあさっている。
富豪はますます富豪になる。2014年にスペインの上位200人の資産は前年比で3.58%増加した。最近4年間で彼らの資産は少なく見積もっても570億ユーロ(約8兆2560億円)増えている。スペインは金持ち天国である。2014年のクレディト・スイスの調査によると、スペインで100万ユーロ(約1億4500万円)以上の個人資産を持つ者の数が前年比24%増加の45万6千人となっている。「百万長者」つまり100万ドル(74万ユーロ:約1億円)の単位で見ると89万人であり、その中で5000万ドル(390万ユーロ:約57億円)以上の超富豪は1766人。首相のマリアノ・ラホイが「経済危機は去り、既に歴史となった」という演説をしたのも無理はない。ラホイは「上の方」だけを見ているのだ。
一方で、スペインの富豪上位3人の財産はスペインの下から20%の貧乏人が持つ財産の2倍である。世界的に見ても、2007年以来の経済危機の中で百万長者の数は倍増し、貧富の差が危機的なレベルに達している。これは当サイトのシリーズ『「中南米化」するスペインと欧州』にある(序)、(その1)、(その2)にある事実であり、また当シリーズの「第1部 ノンストップ:下層階級の生活崩壊」で触れたとおりだ。そのうえで最初にも述べたように、クソ富豪とその使用人どもが、自分たちの失敗で生まれた損失を貧乏人から奪い取ることで帳消しにする。そして大銀行がその何倍もの利子を貧乏人からむしり取っていくのだ。
カストルだけではない。ネオリベラル経済によって作られた2000年代の建築バブル自体が、国家の枠を超えた大がかりな強盗であり略奪だった。一般の人々にもそれが分かったからこそ15M運動に代表される抵抗運動が盛り上がり、ギリシャのスィリザ(Syriza)やスペインのポデモスが台頭してくるのだ。それらは単に一部の知識人の思想運動の盛り上がりではない。現実に自分の財産と生活を奪いにくる「雲の上」の強盗どもに対する抵抗の表明である。その程度のことは子供から老人まで皆知っている。不幸な話だが…。
《民主主義?国民国家?》
現在、日本を含む西側諸国は「民主国家」と呼ばれている。もちろんスペインもその一員なのだが、その盟主である米国は戦争と破壊と転覆工作を用いて他国に「民主主義」を輸出する。そして我々はすでに、米国が今までに述べたスペインよりも何倍も激しい「貧困者の国家」であることを知っている。そして米国が「民主主義」を導入した国々で貧困と暴力が支配する姿を見ている。一方で、当シリーズ第4部の中で述べたように、スペインではフランコ独裁時代とその以前にあった基本的な利権構造がほぼ手つかずのままで保存された「78年体制」を「民主主義」と呼ぶ。その実態は今までに述べてきたとおりだ。「民主主義とは何か」を論じることは筆者の能力に余る。しかし「民主主義」の「民」に人間の「99%」が含まれていないことだけは断言できる。
下層民にとって選挙制度は「虎に食われるのが良いか、大蛇に巻かれるのが良いか」を選択するためのものだ。社会労働党と国民党との間で振れてきたスペインではそうだし、「雲の上」にとってはどっちの「使用人」が選ばれてもよい。はたして今後の選挙が支配者の貪欲さと残虐さを抑え不平等と戦う武器となりうるだろうか? やってみなければ分からないとはいうもの、ギリシャとスペインで「泥沼で溺れるのが良いか」という選択肢が増えただけに終わらないことを祈る。
また近代の概念に「国民国家」があるのだが、はたしてスペインを含む西側国家がそうなのだろうか? ある国家が危機を迎えるときに、もしそれが文字通りの「国民国家」というのなら、一部の「売国奴」を除いて、その国の国籍を持つ者全員が自らの出せるものを出して国を救うはずである。カネを持つ者はカネを出し、知恵を持つものは知恵を出し、力を持つ者は力を出して…。しかしこのスペインで何を見ることができるのか? カネを持つ者は国土と民からカネをむしり取って他国の銀行に運ぶ、知恵を持つ者は国の中で知恵を発揮する場を失って国を捨てる、力を持つ者は生産の場から追い出されて生きる術を失っている。これが事実だ。
「民主主義」と「国民国家」という近代の二つの巨大な概念は、どうやら希望の下色をつけた観念の上にしか存在しないものだったのかもしれない。当サイトの『狂い死にしゾンビ化する国家 』で述べたことだが、米国とスペインのバブル経済によって引き起こされた経済危機は「国家の主権」という危うい炎の息の根をとめた。スペインのそれは欧州委員会、欧州中銀、IMFの「トロイカ」の一吹きで消されてしまった 。ラホイ政権と政治家たちは彼らの忠実な手下として以外の働きを許されていない。「主権国家」もまた陽炎にすぎなかった。
欧州には中世の昔から「国境の無いネットワーク」が存在する。キリスト教会、王族・貴族の「青い血」、国土を持たないユダヤ人やロマ人(ジプシー)、メーソンの基になった建築家、ラテン語で結ばれた科学者や特殊な暗号でつながる錬金術師、等々のネットワークであった。かつてはキリスト教会と王族・貴族のそれが「雲の上」を形作った。近代以後では資本と情報で結ばれる新興の「青い血」がその主力となっている。国境線は地面に這いつくばって生きる下々の者達にとってのみ意味を持つ。マルクスはかつて「万国の労働者よ、団結せよ」と呼び掛けたが、彼は、国境の無い「雲の上のネットワーク」に対抗するためにはやはり国境の無い強力なネットワークを作るしかないと考えたのだろう。現在、はたして「赤い血のネットワーク」は可能だろうか? その可能性は…あるとすればだが…近代と現代の全てを疑い尽くす作業の中からしか、見いだせないのではないか。
最後に、2015年1月5日に、スペイン政府は2014年の雇用統計を発表し、失業者数が最高だった2013年よりも12%(25万人以上)減って445万人弱となったことを明らかにした。国民党政府はこれをもって「スペイン経済の回復」と胸を張る。もちろんまだ23%を超す失業率であり、とうてい自慢できるものではないうえに、これは数字の誤魔化しであり雇用形態の質的変化を無視したペテンにすぎない。労働省の調査はあくまで失業保険給付対象者の数でしかなく、動態人口調査に比べると100万人以上少なくしている。現実には実質的な失業者の中で42%が失業保険などの保証や生活支援を受けられない状態にあり、国外に脱出した者の数も含まれない。幸運な者なら少しは身入りのある配偶者でも見つけて就業を諦めただろうが。さらに、新たな雇用の大部分が低賃金の短期またはパートタイム労働である*(2014年の新規雇用契約では92%が非正規雇用で、その他に大量の雇用契約すらない「ネグロ(闇)」の低賃金労働があると思われる)。政府の言う「雇用の創設」が順調に続けば、貧困労働者(ワーキングプア)が爆発的に増大していくだろう。
*( )で囲まれた部分を足しました。次のサイトでお確かめください。
http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/Spain-collapse_of_nation-5.html
もう一つだけ。2014年になぜか少しずつ新しい住宅やビルが建築され始めた。バブル崩壊で建設が途中段階でストップし幽霊都市になっていた場所でも建築が再開たものがある。これは政府の雇用統計にもはっきり表れており、建築関係での失業者数が17%近く減っている。さらに2014年に新築住宅・ビルに対する投資額がバブル崩壊前に近づく90億ユーロ(約1300億円)に膨れ上がっているのだ。しかしバブル期に作られた住宅が全国に余り余っているうえに、新築住宅を買うことのできる階層は限られる。幽霊都市と住宅追い出しがまた増えるだけだろう。さらに長期国債の危険率(リスクプレミアム)も5年ぶりで100を割り、新たな借金が作られやすい環境が整ってきた。借りたカネはどのみち「カネ食い虫」になるだけの高速鉄道や道路の工事に浪費され、クソ富豪と汚職政治家どもの懐から外国の銀行に逃げるだけだ。これからスペインには「ミニバブル」が作られ、その中で徹底的な社会構造の作り替えが行われると思われる。新たな夢の泡がはじけたとき、その跡にどんな社会が残るだろうか。スペインの住民たちがこの危険な罠に気付いてくれることを祈りたい。
2015年1月5日 バルセロナにて 童子丸開
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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