自分らしく21世紀を生きよう! -「企業内サラリーマン」を超えて -
- 2010年 12月 11日
- 評論・紹介・意見
- 安原和雄就活就職
一つの数字が大きな衝撃を広げている。「57.6%」だ。これは厚生労働省と文部科学省が発表した大学生(来春卒業)の就職内定率(10月1日現在)である。調査を始めた1996年以来、過去最低という数字である。「超氷河期」とも呼ばれるこの寒々とした現実に大学生たちはどう立ち向かえばよいのか。
就職先として大企業にこだわっている学生が 少なくないようだが、大企業依存症ともいえる「企業内サラリーマン」を超えて、自分らしく21世紀を生きてみよう!と提案したい。これは仏教経済思想家、E・F・シューマッハーが提唱した「Small is Beautiful」(小さいことは素晴らしい)という考え方を生かしていくことにも通じる。(2010年12月11日掲載)
私は12月8日、5年前まで経済学を講じていた足利工業大学(牛山泉学長、栃木県足利市)で就活(就職活動)をはじめる三年生、さらに教職員ら約300人に講話する機会があった。題して<自分らしく21世紀を生きる 「企業内サラリーマン」を超えて>。その趣旨を以下に紹介する。
▽ 就職・人生にまつわる運、自分らしさ、縁(えん)
自分らしく生きていくにはどうすればいいかが最近、大きなテーマになっている。必要なのは「コミュニケーション力」と「聴く力」である。
私の大学卒業は1958年(昭和33年)、半世紀以上も昔で、新聞社しか受けなかった。その理由の一つは学生時代から世の中を少しでも変革するにはどうしたらいいかを考えていた。この発想を生かすには新聞社がいいだろうと思った。もう一つ、当時の新聞社は大学の学業成績は一切問わないのが助かった。正直言って、成績は並みでしかなかった。
当時の新聞社の競争率は100倍近かった。現在、君たちの就活も大変で、内定を得るために100社以上に接触しているという深刻な苦労話も聞く。競争率では半世紀も昔の私の場合と共通点があるともいえるので、以下、まず個人的体験を話してみたい。
*人間の運(幸運、不運)を考えさせられたこと
毎日新聞に入社して10数年経ったある日の朝、新聞に「日本人記者、ベトナムで爆撃の犠牲に」という大きな見出しが躍っているのをみて驚いた。というのは面識のある男性だったからだ。N新聞社を受験し、面接試験の控え室で初対面ながら雑談をした記憶がよみがえってきた。なかなかの好青年という印象であった。惜しい男を亡くしたという思いと同時に、仮に彼の代わりに私が合格していたら、悲劇の人は自分であったかも知れない、これが人間の運というものかと考え込まないわけにはいかなかった。
*自分らしさとは、他とは異質の個性、意見を大切にすること
毎日新聞の二次試験「集団討議」のテーマは「道徳教育の復活に賛成か反対か」で、一次試験(常識テスト、作文、論文など)に合格した者が対象。10人一組でまず賛否を明らかにして議論した。「復活」に反対は私一人で、最初、「これはまずいな」と思ったが、実はそれがプラスに働いた。私が9人を相手に議論し、発言回数が多くなった。大学の研究会などでよく議論していた経験が役に立った。このチームの中で入社したのは、私一人だった。
最近の若者は「コミュニケーション力」が十分ではないと企業の採用担当者の声として聞く。自分の意見を人前で堂々と述べる訓練が必要ではないか。「聴く力」も重要だ。相手の意見をしっかり聴かなければ、議論はできない。
*足利工業大学(仏教系)との縁を生かすこと
私自身、仏教系の本学で仏教経済学に出会うきっかけをいただいたことに感謝している。
「お陰様で」と言いたい。皆さんも本学で学ぶ機会を得た、その縁を生かすことが大切だ。授業料を超える大きな価値を身につけるよう努力して卒業してもらいたい。先生に教えてもらう、という受け身の姿勢ではなく、先生から、その持てるものを引き出し、いただいて、自分の糧(かて)にしていくという積極的な姿勢が必要だと思う。
本学の建学精神は聖徳太子の「和の精神=和を以て尊しとなす」で、これをどう実践するか。和の精神は、馴れ合いで仲良くすればいいという意味ではない。率直な意見交換、活発な議論をしながら、望ましい方向を発見していくことと私は理解している。この和の精神を皆さんも実践してほしい。
▽ 「企業内サラリーマン」を超えて
就職して、自分はどういう人生を歩みたいのか、何を人生の目標にして生きていくのか?
そのことをしっかり考えて欲しい。
三つのタイプが想定できる。
① どこでもいいから就職できないか、という消極的なタイプ
② 企業の売上げ、利益のために働いてみたいという「企業内サラリーマン」のタイプ
③ 「企業内サラリーマン」を超える生き方に挑戦したいと思うタイプ
① のタイプは就職に苦労するだろう。
② のタイプは就職はできるが、企業の業績次第で将来、捨てられる恐れがある。
望ましいのは③ のタイプで、21世紀の生き方にふさわしい。ただし以下の(イ)、(ロ)、(ハ)の実践を心掛けて、自分自身を鍛える必要がある。そうでなければ「企業内サラリーマン」を超える境地に挑戦することはむずしい。
(イ)日常生活の心構え
【いただきます】を毎日唱えよう!
食事は動植物のいのちをいただいて自分のいのちをつないでいることを自覚し、感謝を表す言葉。だからいのちの食べ残しをやめること。食べ残しは自分の腹が読めないことを意味する。自分の腹一つ読めないようでは一人前とはいえない。
【もったいない】という感覚を身につけよう!
いのち、モノを大切にすること。ケニアの植林運動家・マータイ女史(ノーベル平和賞受賞)は、何度も日本へ来て「MOTTAINAI」を世界語にする運動に取り組んでいる。
【お陰様で】と感謝するこころを育てよう!
他人に頼らず、自立しようとする意欲は必要である。ただし現実には地球、自然、他人様(ひとさま)のお陰で生かされているわけで、その客観的な事実を自覚すること。そのうえ「世のため、人のため」にお返しすること(利他)。自分勝手(私利私欲)は美しくないし、得(とく)にもならないことを心に刻みたい。
(ロ)オンリーワンをめざして
沖縄生まれの全盲のテノール歌手 新垣勉(あらがき・つとむ)さん(57歳)のアルバム「さとうきび畑」は10万枚以上売れた。「さとうきび畑」は何度聴いても素晴らしい。
彼の「ナンバーワンよりオンリーワン。互いの違いを認め合うことから平和は始まる」という言葉も素敵である。
念のため指摘すれば、ナンバーワンは、例えば100㍍競走のように優劣を競って一位になることで、勝者と敗者に分かれる。オンリーワンはそれぞれの得意な分野で個性、能力を磨き抜くことで、充実感を伴う。そこには敗者は生まれない。
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」 ― オンリーワンをめざした幕末志士たち
・土佐藩(今の高知県)志士、坂本竜馬(33歳で暗殺)は、藩の狭い利害に囚(とら)われず、日本人としての広い視野で自分らしく生きた珍しい人物。
龍馬が今生存していたら、どういう生き方をするだろうか? 地球人としての視野(地球環境保全、世界平和=非武装の実現)で行動するのではないか。そう期待したい。
・長州藩(今の山口県)志士、高杉晋作(28歳で病死)の ユニークな辞世「おもしろき こともなき世を おもしろく」を味わいたい。
なぜ「楽しく」と言わなかったのか? 与えられたものを楽しむという感覚ではなく、自分で新しい時代をつくっていく、その生き甲斐と挑戦のおもしろさを強調したものと受けとめたい。高杉は農民や町民を集めて奇兵隊(「奇」は異質という意で、武士集団とは異なる)を創設し、幕府軍に対抗したことで知られる。
(ハ)お布施型経営の担い手として
就職活動中の大学4年生(北九州市)の次の新聞投書(11月8日付毎日新聞)を紹介する。
「会社の採用担当者と面談して、人間同士の思いやりが感じられなかった。受験した会社は、利益を出すことがすべてのように感じた。何て悲しく、むなしいのだろうと思った」と。君たちはこの大学生の疑問をどう思うか? 私はもっともな疑問だと思う。ではどういう経営が望ましいのか。
21世紀の経営(企業経営に限らない、国の経営から個人の人生設計までを含む広い意味の経営)のあり方として、「お布施型」(注)をすすめたい。企業でいえば、環境破壊、倫理軽視、人員整理を辞さない私利優先型経営が多い。これを環境(関連技術も)、倫理、雇用(障害者も)を重視するお布施型経営へと再編成する。
低迷経済下ではマクロの経済規模は横ばいに推移するとしても、個別企業はお布施型仕事人の器量によって成長企業になり得る。
(注)お布施は大別して、法施(法=真理の施しをすること)、財施(モノ、カネを施すこと)、無畏施(笑顔で接する〈顔施=がんせ〉など、不安感や恐怖心を取り除き、安心感を与えること)の三つ。
利益を貪(むさぼ)り、生き残れる時代は終わった。お布施型経営に反する企業の末路の典型例は消費者金融・武富士の経営破綻だろう。
一方、お布施型経営の一例は、ユニクロを展開するファーストリテイリング。法定の障害者雇用率は1.8%となっているが、ユニクロはこの法定率を大きく上回っている。柳井正会長兼社長は「障害者がいると、皆が力を貸すようになる。協力して仕事をする連帯意識が強まり、組織も強くなる」(毎日新聞11月13日付の経済観測=社会的弱者 東レ経営研究所特別顧問 佐々木常夫)と。お互いの連帯感が強くなると、世の中は住みやすくなる。それに貢献しているということだろう。
▽ 仏教経済学の八つのキーワードと「小さいことは素晴らしい」
仏教経済学は変革をめざして、人生を生きていくための思想的、実践的な武器である。以下に私が構想する仏教経済学の八つのキーワードを列挙する。現代経済学との質的違いを理解して欲しい。〈 〉内は現代経済学の特色
*いのち尊重=人間はいのちある自然の一員。〈いのち無視=自然を征服・支配・破壊〉
*非暴力(平和)=多様な暴力(戦争、自殺、交通事故死、失業、貧困、人権侵害、自然 環境汚染・破壊など) がない状態。平和はつくっていくもの。〈暴力=戦争など〉
*知足=欲望の自制、「これで十分」。〈貪欲=欲望に執着、「まだ足りない」〉
*共生=いのちの相互依存。〈孤立=いのちの分断、孤独〉
*簡素=質素、飾り気がないこと。〈浪費・無駄=虚飾〉
*利他=慈悲、自利利他円満、利他的人間観。〈私利=利己主義、利己的人間観〉
*多様性=自然・人間・文化・国のあり方の多様性、個性の尊重。〈画一性=個性無視〉
*持続性=持続可能な「発展」。〈非持続性=持続不可能な「成長」〉
補足a:競争=個性と連帯の尊重。〈競争=弱肉強食、私利追求〉
補足b:貨幣=非貨幣価値も重視。〈貨幣=貨幣価値のみ視野に〉
以上の八つのキーワード、競争、貨幣については、ブログ「安原和雄の仏教経済塾」に「やさしい仏教経済学」として連載中なので読んでほしい。
私の仏教経済学はドイツ生まれの仏教経済思想家、シューマッハー著/小島慶三ら訳『スモール イズ ビューティフル』(講談社学術文庫、原文は1973年に出版)に負うところが多い。著作の原題は「Small is Beautiful」(小さいことは素晴らしい)で、これを今日風に翻訳すれば、「中小企業、中小国がおもしろい時代」と読み解くこともできよう。
もちろん就職先として大企業をめざすのもいいと思うが、最近は中小企業にもユニークな企業が増えている。
人類が初めて小惑星の鉱物を持ち帰った小惑星探査機「はやぶさ」の開発にかかわった大学や企業118団体に、その功績をたたえて政府が感謝状を送った。表彰された企業で最も小さいのが常勤社員4人の金属加工業「清水機械」という町工場(東京・江東区)で、代表の山崎秀雄さん(67歳)は「ものづくりは国を支える基本だ」と言っている。
もう一つ、<学生よ、就職は「鶏口牛後」で>と題する新聞投書(無職 松窪和俊72歳 和歌山市=12月6日付毎日新聞)を紹介しよう。
就職希望者に考えてもらいたいのは、「鶏口となるも牛後となるなかれ」ということ。組織が大きい大企業では一人の存在が埋没する恐れがある。中小企業は小規模であるがゆえ一人の能力を存分に発揮しやすいのではないか。現に従業員約10人規模の会社に世界の最先端企業から注文が相次いでいるというケースもある。
大企業ばかりに注目しないで、自分の未知の能力を働きがいのある職場で発揮されて、世界に羽ばたく企業に育ててみようという気概もほしい、と。
文中の「鶏口となるも牛後となるなかれ」(中国の史記の言葉)は、大きな団体で人のしりについているよりも、小さな団体でも頭(かしら)になる方がよい、という意で、就職先として大企業だけにこだわるのは感覚が古いといえるかも知れない。
この投書の中で二つのことに注目したい。一つは「自分の未知の能力の発揮」で、自分自身気づいていない能力が自分にはある、という自覚を持って発見し、磨くことだ。もう一つは、「世界に羽ばたく企業に育ててみようという気概」で、最近の若者には「気概」(やってみせるぞという強い意志)が足りない印象があるが、どうか。
国でいえば、大国よりも中小国がおもしろい時代になってきた。例えば中米のコスタリカ(注)は1949年憲法改正で軍隊を廃止した。日本の憲法9条の理念(非武装)は現実には骨抜きになっているが、この理念をコスタリカが実践しているのだ。私は2003年にコスタリカを訪れた時、なかなか素敵な国という印象を得た。
(注)パナマ運河の北に位置し、人口は400万人程度、自然観光資源の豊かな国で観光客が日本からも訪ねている。
Small is Beautiful」=小さいことは素晴らしい。そういう新しい時代が始まりつつある。固定観念や思い込みを捨てて、自分らしい人生を、自分たちの時代を、自分たちの21世紀をつくっていって欲しい。そういう夢と意欲を持っていれば、就職の機会が向こうから近づいてくるだろう。
初出:安原和雄のブログ「仏教経済塾」(10年12月11日掲載)より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0243:101211〕
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