青山森人の東チモールだより 第295号(2015年3月5日)
- 2015年 3月 6日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
新政府は汚職問題とどう向き合うかに注目
新首相、前首相の影響力を否定
シャナナ=グズマン前首相がお盆に盛って差しだした権力をルイ=マリア=デ=アラウジョ新首相はうけとり、2月16日、第六次立憲政府が誕生しました。したがって、はたしてルイ=アラウジョ新首相は指導力を発揮できるだろうか、それとも依然としてシャナナ前首相が大きな影響力を及ぼしつづけるのか……新政権の体質が注目されます。
ルイ=アラウジョ新首相は2月24日、シャナナ前首相は計画戦略的投資大臣として政府のなかで重要な役割を担っているものの政権にたいし支配力をもっているという意見を否定しました。
発言のうえでこう応えるのは当然のことです。まさか、そうだわたしは前首相の支配下にある、というわけがありません。問題は行動で示せるかです。例えばもしシャナナ計画戦略的投資大臣(以下、計画投資相)が暴走気味な言動をしたときに、ルイ=アラウジョ首相がシャナナ計画投資相に強く自制を求めることができれば、新首相もなかなかやるものだと一目おけるというものです。
それにはまずシャナナ連立政権で生じた汚職問題にルイ=アラウジョ政権がきっぱりと対峙できることを示さなければなりません。シャナナ=グズマン氏が首相の座に就いた2007年ごろから、政府は「石油基金」を引き出して国家予算に組み込みことができるようになり、国家予算が右肩上がりに膨らんでいくなかで、政府要人が関与した汚職事件が多数発生し、複数の閣僚が起訴されました。例えばルシア=ロバト元法務大臣は5年の禁固刑をうけ(すでに大統領恩赦で釈放)、元教育大臣も裁判にかかり、最近ではエミリア=ピレス前財務大臣やビセンテ=グテレス国会議長などが起訴されました。バリ島に邸宅をかまえるといわれる前政権の大臣あるいは要人の起訴はまだされておらず、おそらくこの人は首を洗って起訴状が届くのを覚悟している状態かもしれません。ともかくシャナナ連立政権下で大臣・要人を巻き込む汚職疑惑事件が多発したのです。
日本ならば、現在の日本の国会中継を見るまでもなく、大臣にいわゆる「政治とカネ」の疑惑が浮上すれば、その大臣を任命した首相の責任、いわゆる任命責任なるものが国会で追及されるのが常です。しかしシャナナ=グズマン氏の辞書には任命責任という文字がないとみえ、汚職の嫌疑がかかる大臣にたいするシャナナ前首相の反省・釈明の言葉がないばかりか、逆に汚職を指摘する者たち(ジャーナリスト、裁判所、反汚職委員会etc.)を強く攻撃(非難という言葉では弱すぎる)するありさまです(大臣にとっては頼もしいことでしょうが、国民とくに若者たちにとっては不満が鬱積)。
新政権は否が応でもシャナナ連立政権で発生した汚職問題の尻拭いをしなければなりません。汚職問題の取り組み方、これがルイ=アラウジョ政権のリトマス試験紙になることでしょう。
ただの人、依然としてシャナナの庇護のもと
さて汚職の嫌疑がかかった大臣といえば、夫の会社に国立病院への設備を発注する便宜を図ったといわれるエミリア=ピレス前財務大臣の問題があります。ピレス前財務大臣はマダレナ=ハンジャン元保健副大臣とともに汚職で起訴されています。当時のシャナナ首相が、去年10月、閣僚の免責特権を解かないよう国会議員に強く働きかけたり、さらに外国人裁判官を追放するなど司法へのあからさまな介入行為をしたりして、前政権下ではとうとうピレス前財務大臣の免責特権は解かれることなく裁判は始まりませんでした。
しかし新政府が発足し閣僚ではなくなったエミリア=ピレスさんはただの人となり免責特権が消滅したのです。彼女には裁判が待っています。すると新政府発足とほぼ同時にエミリア=ピレス被告は「国外逃亡か?」と報道されました。国外に出たことは確かでも、どこに何しに行ったのかは正確には報道されませんでした。
国会議員からは、要職に就いているときに国にいて、問題があるときに国外に逃げるのは嘆かわしいといい、帰国しないならインターポールに捕まえてもらうのがいいという意見さえ出ました(『東チモールの声』2015年2月17日)。この意見がピレス前財務大臣にたいして向けられたものなのか、一般論なのかはこの記事を読んだだけでは判別できませんが、前財務大臣がどこに何しに行ったのか国会議員でさえもよく承知していなかったようです。
その後、ピレス前財務大臣は国務のためにアメリカのワシントンを訪問していることが判明、2月19日、帰国しました。すると帰国と同時に、デリ(ディリ、Dili)地方裁判所は国外移動を制限するためにピレス前財務大臣のパスポートを押収したのでした。ところが翌20日、彼女の弁護人とシャナナ前首相はパスポートを本人に返却するよう裁判所に求めたのです。なぜならピレス前財務大臣は依然としてg7+(*)の特使の任務を担っており中央アフリカとコンゴへ発たなくてはならないからです。かくして、本来ならば移動が制限される被告の立場でもピレス前財務大臣にパスポートが返却され、2月21日、アフリカ20日間の公務の旅へ出かけたのでした。同伴するのは他でもないシャナナ計画投資相です。
(*)g7+:東チモール・アフガニスタン・中央アフリカ・チャド・コンゴ…など20カ国で構成される、紛争経験を共有し紛争を回避するための国際組織。
出発前にシャナナ計画投資相は空港で質問なしの記者会見をし、自分がエミリア=ピレスさんを助けるために渡航するという内容の報道にたいし気をつけるようにとくぎを刺し、「彼女が逃げたかったらワシントンから帰国するわけはないし、彼女はワシントンに遊びに行ったのではない」、「彼女は重要な課題にかんする仕事を続ける、オーストラリアとコノコフィリップス社の問題にかんしてこれからも仕事をする、みんなは彼女に敬意を払うようにお願いする」と訴えたのでした。
エミリア=ピレスさんは大臣職から離れてもなおシャナナ計画投資相の庇護のもと国務に従事するようです。2月半ばからアメリカに渡航していた事情を国会議員もよく理解していない前財務大臣の現在の立場、2月19日~20日に前財務大臣のパスポートが本人と裁判所の間を往復したゴタゴタ劇など、ニュースの見出しを読むだけでも国会内部や政府と司法の関係に構造的不具合が生じているようですし、その中心にシャナナ計画投資相がどっかと腰をおろしている印象を拭いきれません。
なお、報道によればエミリア=ピレス被告の裁判がようやく3月21日から始まるようです。
国会議長の起訴、その後
汚職疑惑といえば、ピレス前財務大臣の件とともに国会議長が起訴された件が注目されます。ビセンテ=グテレス国会議長とジョアン=ルイ=アマラル元国会書記長、そして元財務省国家物資供給局長で前の制度強化担当長官であったフランシスコ=ダ=コスタ=ソアレス氏(〔元〕の肩書きはシャナナ第一期連立政権時代のもの)の3名が、シャナナ第一期連立政権下の2008年と2009年におこなった国会議員専用の自動車購入事業(事業費は約217万ドル)に関与した行為が不正とみなされ、去年の9月に起訴された事件です(「東チモールだより第280号」[2014年10月9日]参照)。
グテレス国会議長の免責特権解除の手続きも、去年10月の国会による司法への干渉によって滞ってしまいました。今年1月になってようやく裁判所から国会へグテレス国会議長の免責特権解除の手続きを進めるよう要請する文書が送られましたが、今度は内閣改造の慌しさのなか、その文書がしばらく一人の国会議員の手元に留まったままとなり、国会へ配達されないという不手際が生じたのです。結局、国会議長の免責特権解除の手続きが進まないまま新政府発足を迎えました。なお裁判所は改めて国会へグテレス国会議長の免責特権解除を求める文書を送り、現在この手続きは進行中であると報道されています。
またグテレス国会議長とともに起訴された前の制度強化担当長官であるフランシスコ=ダ=コスタ=ソアレス氏(通称、ブルラコ)ですが、かれは今度の新政府でも前と同じ職責を任せられました。しかしブルラコ氏は2月16日に行われた第六次立憲政府の宣誓就任式には出席するものの自分の職務については宣誓就任を、自分の裁判の問題が解決するまで延期することを申し出たのです。その理由としてブルラコ氏は新政府に入るとまた免責特権解除の問題が発生し世間を騒がせることになるのでそれを避けるためだと述べました。お門違いな見方かもしれませんが、このブルラコ氏の態度は日本人的な感覚がして、シャナナ元首相の特権的で難解な態度との比較において、なんとなくホッとさせる気がします。
エミリア=ピレス前財務大臣のそばにはシャナナ計画投資相がいるせいか、ルイ=アラウジョ首相は彼女にかんして直接的な発言を控えているようですが、ブルラコ氏については宣誓就任を受けていないので政府のメンバーではないが新政府は同氏を必要としている、仕事は引き続きしてもらうと語っています。長官ではないがその長官としての仕事をしている人間がいるというのもなんだか妙な政府です。
現首相と前首相とがぶつかるときが来るであろう
ルイ=アラウジョ首相は「汚職は信頼を崩し発展を止める社会の毒である」と述べ、「反汚職委員会」を支えていくと同委員会を激励しています。また「汚職の容疑がかかった閣僚は、判決がでるまでは推定無罪の原則を尊重するが、司法手続きをしなければならない」としごくまっとうな意見を述べています。現首相は前首相を間接的に牽制しているようにも見うけられます。
いずれ、遅かれ早かれ、間接的ではなく直接的に現首相と前首相とが汚職問題をめぐってぶつかるときが来るのではないか。新政府発足と同時に汚職問題がまとわりつく展開を見るにつけ、そう察します。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5214 :150306〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。