豚のように食って牛のように飲んで―はみ出し駐在記(18)
- 2015年 5月 20日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
一人で出張にでも行かない限り、一人で気楽な夕食はあるようでなかった。応援者と一緒に出張にゆくことも多かったし、事務所にいればいたで出張に出ていない応援者と一緒にどこかに出かけた。おとなしい応援者とだけなら夕食でちょっと飲んでもそれで終わりなのが、先輩駐在員や飲兵衛の応援者が一緒だとニューヨークのフルコースに付き合わされた。
どこまで行くのかなり行き次第だった。多少なりとも予算を気にするときは近間のチャイニーズかイタリアン、たいして気にしない雰囲気のときはちょっと走ってグリーク(ギリシャレストラン)で始まることが多かった。ときには“横浜”直行もあったが、食いがメインの人がいればそうもゆかない。
チャイニーズは言うにおよばずイタリアンにしてグリークにしてもルーツの話でどれもアメリカ料理。赴任して当初どこに行っても美味いの不味いの前に量で参ってしまった。メインディッシュにサイドオーダ、フツーの日本人では食べきれない。痩せの大食いを自認していたがとても歯がたたなかった。デザートなど見る気にもなれない。日本に何度も来たことのあるアメリカ人が言っていた通りで、アメリカ料理、味では満足しようがないから量で満足するしかないという量。日本人の感覚では病的な大食いでもなければ食いきれない。
散々食って飲んでお開きになるのかと思ったら、いつのまにやら有志はまだこれからという話になる。飲兵衛について新米がクイーンズの横浜(居酒屋)に繰り出す。酒と酒の肴だから別腹は分かるが、ここでも呆れるほど食って飲んで。喉仏までいっぱいの下戸はつまみにソーダが限界。酒も酒の肴ももうこれ以上はというところまでいって帰る人は帰るが数人でマンハッタンのピアノバーに乗り込む。
ろれつが怪しくなってきたところで、酔い醒ましでもないだろうにおもむろに歌いだす。酔っ払いの下手な歌に続いて他の酔っ払いの下手な歌が続く。こんなところまで付き合って、一体何をしているんだろうと思う自分が半分、この人たちに負けちゃいられないと思う自分が半分。ただ、いくらがんばっても先輩や飲兵衛の応援者のようには食えないし飲めない。
ピアノバーで一頻り歌ったら酔いが醒めてきたのか、腹が減ったということで二十四時間開いているブラッセリに。朝飯の時間には早すぎて、さすがに朝食メニューがない。何にしても結構な量がある。軽めにパンケーキやデザートのケーキといったところで半端な大きさではない。食って飲んでを梯子したあげくに昼飯くらいのものを朝飯と言って平らげてしまう。仕事もできないヤツは、食いも飲みも半人前と言われているような気がした。
下戸だから酒が入れば必ず割り勘負けする。酒のはいった席で別々払いはない。どこにいっても食っても食わなくても、飲んでも飲まなくても、細かいことは言いっこなしの割り勘。先輩を気にして、応援者のアッシーをつとめて割に合わない。それでも付いてゆくしかない。ついてゆかなければ、それでなくとも知らないことばかりなのに知り得る機会さえ失う。それにしても割り勘は割に合わない。
このままずーっと割り勘負けかって気にして三ヶ月も経った頃ちょっと驚いた。人間の体の順応性にある種の感動すらあった。飲む方はどうにもならないが食べる方は先輩に負けないようになった。赴任した当時には想像もつかなかった量を平気で食べ続けられるようになっていた。
散々食って飲んでの後、朝飯に先輩や応援者を連れてチャイナタウンに行った。自分のプライベートな場を社内の人たちには見せたくないという気持ちと、見てみろ、おそれいったかと言いたい気持ち半分で連れて行った。一回二回行ったくらいで自分たちで行けるようにはならない。チャイナタウン、そんな上っ面じゃ旅行者に毛の生えた程度、面白くも可笑しくもない。三時を回って、もう店は掃除も終わって閉めようとしているところに酔っ払いがどやどやと入って行った。こっちの顔を見て、いつもと顔ぶれが違うじゃないかと目が言っていた。それでも嫌な顔一つ見せずにテーブルを一つ用意してくれた。通いの合利飯店はリカーライセンスをもってないから酒は出せない。飲みたければ持ちもまなければならない。二時を過ぎれば、アフターアワーでもない限り飲み屋も閉まっている。途中で調達しようにもどこも開いていない。
酒がなければ食いだけになる。既に食いなら割り勘負けなどしない。勝って知ったるホームグランドの合利飯店、店員との無駄話から何の食材をどう頼むのか、出てきたもの食い方までこっちの独断場。仕事でも酒でもかなわないが夜のマンハッタンならお手の物。フツーの駐在員には想像もできないところがある。
「豚のように食って、牛のように飲んで」と言っていた先輩駐在員が任期明けで帰国した。この間帰国したと思っていたらもう応援に戻ってきた。一目見て、どうしちゃったんだろう、健康でも害したのかと心配になって、冗談半分に聞いた。ダイエットでもしたんですか?バカ、日本に帰ったら食い物が高くて食えないだけだ。おかげで体重も随分落ちて、右手でぽんと腹をたたいて、見ろこの腹。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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