「戦争の記憶」が、新たな戦争を招かないように!
- 2015年 11月 2日
- 時代をみる
- 加藤哲郎安倍東アジア
2015.11.1 中国が「領海」と主張する南シナ海に、米国はイージス駆逐艦を「派遣」、「航行の自由作戦」と呼ぶのだそうです。安倍首相にとっては、安保法制の予見性・正統性誇示、血湧き肉躍る集団的自衛権行使の現実的機会の到来かもしれませんが、一触即発の 戦争の危機です。沖縄では、日本政府が、沖縄県の異議申し立てを国家権力の力で拒否し、辺野古の米軍新基地「本体工事」を強行的に開始しました。さらに数十年も米軍基地を沖縄県に押しつけ、戦争が始まれば、本土の盾にされるでしょう。70年前の沖縄戦が、そうでした。翁長知事を先頭にした沖縄県民の抵抗、地元『琉球新報』『沖縄タイムス』の確固とした基地撤去の論調は、沖縄県民の琉球処分にまで遡る歴史認識、沖縄戦の記憶に根ざしています。「植民地」「差別」「独立」の言葉が絞り出されるほどに、本土政府への不満と怒り、本土の人々への不信とある種の諦観が、強まっています。本土でも、私たちができることをしなければ! 澤地久枝さんのよびかけた、全国で「アベ政治を許さない」を掲げる運動は、11月3日午後1時の一斉行動から、再開します。学術論文データベ ースに、神戸の弁護士深草徹さんの寄稿「安保法廃止のために」を新たに収録し、本サイトなりの「2015年安保闘争」を、継続していきます。
今日11月1日、ソウルで日中韓3国首脳会談が、3年半ぶりで開かれそうです。2日には、懸案の日韓2国会談も、なんとか設定されました。すでに10月31日に中韓首脳会談が開かれ、歴史認識問題については、両国が日本に対して共闘してくるとのこと。3国の共同声明には、事前の情報戦・諜報戦をもとに、今年3月の3カ国外相会談と同様に、「歴史を直視し、未来に向かう」という一文のみで、合意する方向とか。しかし、その前哨戦と論点整理は、10月にユネスコ記憶遺産をめぐって、すでに展開されていました。ノーベル賞での日本人二人受賞で湧くさなかの10月10日、中国が申請していた「南京事件に関する文書」が、ユネスコ世界記憶遺産に登録されました。日本の外務省は、「南京事件に関する文書」は「中国の一方的な主張に基づいて申請されたもので、中立・公平であるべき国際機関として問題であり、極めて遺憾だ」とユネスコを批判し、ユネスコに対する分担金や拠出金の見直しをも辞さない、と報じられました。実際、元プロレスラーの文部科学大臣が、パリのユネスコ総会に乗り込んで、「世界記憶遺産の登録制度の改善を求める演説」をするそうです。その余波で、日本が申請してようやく採択されたシベリア抑留資料「舞鶴への生還」については、ロシア政府が日本に抗議する、というかたちになりました。また、韓国メディアは、中国と韓国が共同で登録申請中の「従軍慰安婦問題」を阻止するための、日本の偏狭な動き、と報じています。
日中韓首脳会談で問題になるのは、直接南京事件や従軍慰安婦問題に言及しない場合でも、日本の「歴史を直視」する姿勢、安倍首相らの歴史認識に、中国・韓国の政府と民衆が、強い疑念を持っているからです。今回ユネスコが記憶遺産(Memory of the World: MOW)に認定したのは、日本語でいつのまにか定着した語法「南京事件」ではなく、もともと世界的に使われてきた「南京大虐殺 Nanjing Massacre」の記録です。日本政府も存在そのものは否定しない史実を、その犠牲者が30万人か2万人かという数字の問題に矮小化したり、従軍慰安婦を「性奴隷」と認めず、「売春婦」と同じだと逃げようとする、その姿勢が問われています。ポツダム宣言すらまともに読んでいないらしい首相の、史実を「直視」できない歴史観、被害者からは抹消し得ない侵略戦争や植民地支配の記憶を否定して、なんとか「美しい国」に仕立て上げようとする、後ろ向きで偏狭なナショナリズム、「未来」どころか、戦前回帰型の「戦う政治家」の世界観が、隣国・周辺国に「脅威」と映っているのです。安倍首相は、過去の侵略や敗戦を認めたくない歴史認識をも、「抑止力」と妄想しているようですが、まずは国際的に共有された20世紀の歴史に、私たち日本国民が真剣に向き合い、自分自身の歴史認識を鍛えていくことが、求められています。
東アジア歴史認識問題の焦点は、今回は、ユネスコ記憶遺産になった南京大虐殺でした。次に記憶遺産になりそうなのが、従軍慰安婦問題です。そして、おそらくその次に問題になるのは、関東軍731部隊の細菌戦・人体実験です。すでに中国政府は、文書資料の記憶遺産ではなく、ハルビン郊外の731部隊跡地を、ユネスコ世界遺産に登録しようと申請しています。ユネスコ世界遺産は、世界遺産条約にもとづき厳格に審査され、保全義務が生じる、人類の共有財産です。日本では、法隆寺に始まり、平泉、富岡製糸場、明治日本産業革命遺産と増やしてきた、あのカテゴリーです。ただし世界遺産には、「負の世界遺産」があり、「人類が犯した悲惨な出来事を伝え、そうした悲劇を二度と起こさないための戒めとなる物件」として、ホロコーストのアウシュヴィッツ強制収容所や、スターリン粛清のソロヴェツキー(ソロフキ)諸島などが、すでに登録されています。日本にも、一つだけあります。それが、ほかでもない広島の原爆ドームです。つまり、731部隊が、「マルタ」とよばれた抗日中国人・ロシア人を人体実験の材料にし、ペスト蚤を爆弾にしてまき散らして中国民衆を殺伐した蛮行は、ホロコースト、ヒロシマなみの「人類の負の遺産」として、世界的に確認される可能性が高いのです。ここでも、厳密な被害者数は特定困難ですが、ハルビンには、敗戦時に爆破し「マルタ」を抹殺した建物跡も残っています。博物館があり、物的証拠も多数残されていますから、これについての日本政府の対応が、大きな問題になるでしょう。
この世界遺産問題はあまり意識していませんでしたが、この間、情報収集センター(歴史探偵)の「731部隊二木秀雄の免責と復権」(2015夏版)の延長上で、10月15日に神田・如水会館・新三木会で「戦争の記憶」、10月18日に日本ユーラシア協会で「ゾルゲ事件と731部隊」の公開講演を行いました。このうち新三木会での話のテープ起こし原稿をもとに、講演録「戦争の記憶:ゾルゲ事件、731部隊、シベリア抑留」が、画像付きで臨場感ある、3題話の講談風記録になりましたので、今回更新で公開します。学術書としては、別途執筆中ですが、私なりの20世紀認識が表現されていますので、ご笑覧ください。『週刊読書人』10月9日号に、ロベルト・ユンク『原子力帝国』再刊本(日本経済評論社)の書評を書きましたので、アップ。現代史料出版の加藤哲郎編集・解説『CIA日本人ファイル』全12巻は、高価ですが幸い好評で、国内外の大学図書館等に入れていただき、さらに要望があるとのことで、続編『CIA日本問題ファイル』全2巻を編纂中です。予告ビラが早くもできたというので、ご紹介しておきます。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3117:151102〕
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