「太平洋で米軍が優位を失うのは時間の問題」?―孫崎氏のツイートへの疑問
- 2011年 1月 15日
- 評論・紹介・意見
- 中・日・米の軍事力安東次郎
孫崎氏のツイッタ―には、いつも教えられることが多いが、「中国軍事力」(11月9日)と「米国と安保」(11月9日)――このサイトに転載されたものは、http://chikyuza.net/archives/5744――には何点か指摘すべき点があると思われる。
日中の潜水艦の戦力をどう評価するか?
まず「日本潜水艦12隻、中国50-60隻」としているが、海上自衛隊が保有する潜水艦は16隻(他に練習艦2隻)で、しかもこれから22隻に増強される。(これは日本の潜水艦がこれまで早くに退役させていたものを、就役期間を延長して対応。)
他方中国の潜水艦『50~60隻』のうちには、「騒音」で探知されやすい旧式のものがかなり含まれている。また稼働率も低いと言われており、隻数で実力をはかることは妥当ではないだろう。また今日の対潜水艦戦で主要な位置を占める哨戒機や対潜ヘリ(そしてヘリ搭載艦)では日本の優位はあきらかだろう。
航空機の戦力は?
孫崎氏は、航空機について平可夫氏の発言=「中国軍が…F16に匹敵する400機を保有。すでに空軍力で自衛隊を上回り、米国を猛追」を引用されているが、ここでも機数=実力とは言えない。
中国機のベースになっているロシア製SU27・SU30の性能は確かに評価されるべきだろう。しかし中国に提供されたものはダウングレード版であり、さらに中国製の「コピー」が、もとの性能を発揮しているか、疑問が生じる。特にエンジンにかんしては、中国製は信頼性・耐久性が低いと言われている。また機自体の稼働率も低いようだ。
また、現代の戦闘機では、装備している「アビオニクス」やミサイルの性能、さらに単機の能力ではなく空中警戒機やデータリンクといったシステムの能力が重要だろう。したがってこの点の評価を抜きに実力を論じるわけにはいかない。
もう一つ、中国軍の「F16に匹敵する400機」は、日本(F15-約200機、F2-約90機、他F4)だけを相手にしているわけではない。インドは97年からSU30を導入しており、2018年にはその数は270機余となる。http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-08-12-1 台湾は150機のF16(他にミラージュ2000、国産の「経国」など)を保有している、など。したがって第4世代機の全てを対日作戦に投入できるわけではない。
またアメリカはF16―2200余機、F15―900余機(ただしF16・F15の一部は、すでに退役)、F18―670余機、F22―187機(これは現在予定されている最終生産数)で、隔絶した力をもっている。
このうちF22は現在唯一実戦配備されている第五世代戦闘機。その初飛行(YF22)が90年であったことを考えると、最近話題となったJ20(中国製ステルス機)が将来実戦配備されるにしても、第五世代機にかんしてはアメリカに相当のアドバンテージがあると考えるべきだろう。
さらに無人機(戦闘・攻撃機を含む)の研究でもアメリカは、先をいく。これらの点を考えると「中国が米国を猛追」とか、「太平洋地域で米軍が空軍力の優位を失うのも時間の問題」というのは、如何なものだろうか。
「対艦弾道ミサイルは初期稼働段階に入ったか」?
「中国の対艦弾道ミサイルの実用化」にかんしても、注意が必要ではないか?ゲイツ国防長官の8日の発言は、日本のメディアが報じた「ウィラード発言」とはニュアンスが異なっているようで、they’re fairly far along, but whether it’s actually reached IOC or not, I just don’t know.となっている。
http://www.defense.gov/transcripts/transcript.aspx?transcriptid=4748
「まさしく進行中だが、実際にIOCに到達しているのか否かは、まったくわからない」(IOCは initial operational capabilityで「初度作戦能力」)。
高速で移動する艦船をターゲットに弾道兵器を使用するには、終末誘導が必要だが、それは簡単ではない。米国の場合は、中国が空母を保有した場合は、「潜水艦からの巡航ミサイルで攻撃する」というのが、主要な攻撃方法で、その方法に自信を持っているようだ。「大国」の地位を望む人たちが欲しがる「空母」は、攻撃力が大きい半面、防御するのが難しい。
ところで弾道弾による対艦攻撃は偵察衛星の使用が前提だ。偵察衛星に限らず各種衛星への依存は、作戦全般におよぶから、宇宙空間が主要な戦場となる。――これにサイバースペースでの攻防が付け加えられる。そしてそうした状況下でのISR(情報・監視・偵察)能力や通信システムの維持が、なにより重要なのだろう。
したがって「正面装備」だけで実力を評価することなどできないし、米国がナーバスになっているのも、この領域での中国の『実力』であるようだ。
http://www.afpbb.com/article/politics/2781770/6633582
もちろん中国の経済成長がその軍事力を強大化させることは、確かだろうし、米国がその財政状況から軍事費を削減せざるを得ないことも確かだ。しかし、米国の持つ軍事的「資産」の大きさを忘れるならば、情勢認識を誤ることになるのではないか。
そもそも『軍事情報』はそれ自体が「情報戦」の一部だ。「自国の兵器が強い」と言う情報は「自国の弱点を隠す」目的で、「他国の軍備が優位している」という情報は、「自国の軍備拡張」を実現するために流される。
しかも『情報』には、しばしば軍内部の「縄張り」的な利害や企業の利害がからむ。他国の「ある兵器」の脅威をネタにして、自分たちがのぞむ「ある兵器」が調達される。
そういう次第だから、『軍事情報』というものは十分吟味しなければなるまい。『マスコミ』が「ネタ」欲しさに、情報提供元に簡単に操作されているクニでは、尚更そうだ。
(このような記事を書く場合は、本来ソースを明らかにすべきですが、時間の関係で、ほとんど場合注記を省略させていただきました。なお、
「東京の郊外より」http://holyland.blog.so-net.ne.jp/
「ポッドキャスト28 ミリタリーニュースブログ」http://podcast28.blogzine.jp/milnewsblog/
の2サイトは特に参考にさせていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0297:110115〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。