米大統領選が最大ニュース、シリアの停戦成るか - 2016年国際情勢を展望する -
- 2016年 1月 7日
- 時代をみる
- 2016伊藤力司国際情勢
2016年の世界は2015年より明るい展望が開けるだろうか。もし動き出したシリアの停戦交渉が成功すれば、世界はずっと明るくなる。11月のアメリカ大統領選挙で民主党のヒラリー・クリントン氏が当選すれば順当だが、もしドナルド・トランプ氏が共和党の候補になって勝てば、予測のつかない事態が世界に波及するかもしれない。「中華民族の偉大な復興」を掲げる習近平氏の中国は南シナ海の緊張をさらに激化させる気配だ。またミャンマーは実に54年ぶりに民政が復活するが、今年から経済共同体に移行したASEAN(東南アジア諸国連合)が中国にどう対処するか。世界は今年も予測し難い。
パリ同時多発テロ事件は昨年の国際10大ニュースのトップに挙げられたが、テロリストが帰属する超過激派「イスラム国」(IS)を掃滅できるかどうかが今年最大の課題である。2003年3月の米ブッシュ政権によるイラク侵攻から始まった中東の混乱は、2011年3月からのシリア内戦によってさらに拡大して悪化。その中からアサド大統領のシリア政権打倒を目指すISをはじめ、アルカイダ(AQ)、ヌスラ戦線、サラーフ主義者、アフラル・アルシャームなどイスラム原理主義・過激派が続々と登場、殺し合いを続けている。
中でも最も過激なISの指導者バグダディは、自らカリフ(預言者ムハンマドの後継者)を名乗って2014年6月にIS建国を宣言。アフガン戦争のジハード(聖戦)でソ連軍を撃退したムジャヒディーン(イスラム聖戦士)の名声が、若いイスラム教徒たちをISに引き付けた。ISの戦闘員イスラム圏の出身者だけでなく、欧米諸国に移住したムスリム(イスラム教徒)の2世や3世も加わっている。パリ同時多発テロを実行したのはまさに欧州生まれの若者たちだった。
こうしたイスラム過激派テロを封じるには、まず何よりもシリア内戦を終わらせることだ。これまで国連が試みた和平工作が進まなかったのは、国連安保理常任理事国の米英仏がシリアのアサド大統領の退陣を和平工作の前提とすることに固執し、中露がその前提に反対したためだった。ところがパリ同時多発テロでIS打倒を求める国際世論が高まった中で、昨年12月18日国連安保理は初めてシリア紛争の和平プランを全会一致で決議した。米英仏がアサド退陣を前提条件とする主張を事実上取り下げたからである。
これによって国連全加盟国がISの掃滅を第一に掲げる方針が確定した。この決議は、今年1月上旬にも国連の仲介でアサド政権と反体制派による公式な停戦交渉を始め、6月までをめどに双方が参加する「以降政権」の樹立と新憲法制定の手続きを開始、さらに1年半以内に国連の監督下ですべてのシリア国民が参加する選挙を実施することを求めている。この決議が実行され、全関係者がIS打倒に専心してISを弱体化できれば、中東情勢は大きく改善されるだろう。昨年末にイラク軍が要衝ラマディをISから奪回に成功した。引き続きイラク第2の都市モスル奪回作戦が成功すれば、IS壊滅に大きな一歩となる。
安保理決議が採択された背景には、アサド政権の退陣を主張する欧米とトルコ、サウジアラビア、カタールなどイスラム教スンニー派グループと、アサド政権を支持するロシア、イラン、イラクなどのシーア派グループが、IS掃滅を優先するためにアサド政権をめぐる対立を棚上げするという妥協があった。ところがスンニー派のリーダーを自任するサウジアラビアとシーア派の雄イランが、1月4日に断交する騒ぎが起きた。もともとこの両国は『犬猿の仲』だったが、この騒ぎがシリア停戦協議のブレーキにならないとも限らない。
さて今年最大のニュースはやはりアメリカ大統領選挙の帰趨だろう。昨年夏から始まった民主、共和両党の大統領候補指名争いは今年の夏まで続き、9月までにそれぞれの党大会で正式な候補者が決まる。しかしこれまでのキャンペーンで民主党候補は前国務長官のヒラリー・クリントン氏、共和党は不動産王ドナルド・トランプ氏でほぼ固まった。常識的にはクリントン元大統領夫人としてホワイトハウスのノウハウを知り尽くし、2009年から4年間国務長官職にあったヒラリー氏に勝ち目がある。
しかしアメリカ大統領選では過去半世紀以上にわたって、民主党または共和党の大統領が2期8年務めた後は、その反対党の候補が選ばれるというジンクスがある。その伝で行くと2016大統領選は共和党が勝つ順番である。とすれば、奇矯な言動で話題を振り撒きながら共和党候補者レースでずっとトップの支持率をキープしているトランプ氏が勝つ可能性を、頭から否定するわけにはいかない。
とにかくトランプ氏が言うことは常識を外れている。例えば、メキシコ国境から非合法な中南米出身移民のアメリカ入国を阻止するために国境に“万里の長城”を築き、その建築費用をメキシコ政府に出させるといった主張である。パリ同時多発テロがあり、その後カリフォルニア州でイスラム国から移民した夫婦が銃を乱射して14人を殺害した事件の後、イスラム圏からの移民をすべて入国禁止すべきだという主張を堂々と宣言した。移民で成り立ってきたアメリカの歴史を否定する発言ではあるが、共和党支持者の中には「イスラム嫌い」が多いから喝采を浴びている。
トランプ氏支持者の中核は「プワーホワイト(poor white)」と呼ばれる白人の貧困層だ。レーガン政権以来のネオリベ(新自由主義)路線でアメリカ資本主義の「弱肉強食化」が進んだ結果、もともと貧富の差が大きかったアメリカでは「1%の金持ちがGDPの4割以上を所有する」といういびつな社会構造が進み、分厚い中間層が貧困層に滑り落ちた。こうして拡大した白人貧困層がトランプ氏の排外主義に喝采を贈るというわけだ。
またトランプ氏を支持する理由として、ワシントンの政治プロに毒されていないことを挙げる人々も少なくない。草の根の庶民の声を聴いてくれるのは、ヒラリー氏のようなプロではなくワシントン政治に毒されていないトランプ氏だというわけだ。トランプ氏は「ヒラリーはオバマと一緒にISを造った」という非難を浴びせている。
一方、思わぬ所からトランプ氏を評価する声が上がっている。ロシアのプーチン大統領はトランプ氏のことを「とても面白い人物で才能がある」と評価し「彼が大統領に選ばれれば米ロ関係は改善につながるだろう」「彼はロシアともっと深い関係を持ちたいと言っている。歓迎するのは当然だ」と公開の席で述べたのだ。これに対してトランプ氏も「国内外で高く尊敬されている人物から褒められるのは実に光栄なことだ」と返し、さらに「プーチン氏と大統領選でチームを組めたらとてもうまく行くだろうに」とまで語った。アメリカ人一般はプーチン氏に好感を持っていない中で、こんなエールの交換が今後の大統領選レースにどう影響するか。
中国は1992年に南シナ海の南沙諸島、西沙諸島を包含する海域に「九段線」というラインを設定、その中を中国の領海だと主張して7つの岩礁を埋め立てて人工島を造成、飛行機の滑走路や港湾を建設している。これら岩礁の領有権を主張しているフィリピン、ベトナム、マレーシアなどの抗議を中国は事実上無視している。アメリカは中国の領有権を認めず、この海域の自由航行権を主張、昨年10月米海軍の駆逐艦が人工島の12カイリまで接近するという示威行動を行った。中国は「南沙諸島は争う余地のない中国の領土であり、米国は関与すべきでない」と主張したものの、米国に対する対抗措置は取らなかった。
中国は建国以来「覇権を求めない」と公式声明を何度も繰り返しているが、南シナ海での行動を見る限り覇権を求めていると言わざるを得ない。太平洋の覇権を握っている米国に挑戦していると言える。習近平氏は中国のトップに就任する以前の2012年6月訪米した際オバマ大統領と2日間にわたり長時間の会談を持った。この会談で習近平氏はオバマ氏に米中間で「新しいスタイルの大国関係」を構築しようと持ち掛けたとされる。
以来3年半が経過したが米側が「新型の大国関係」に応じた形跡はない。米国は依然として「唯一の超大国」ではあるが、アフガン、イラク戦争の失敗で落ち目になっているのに対し「中華民族の偉大な復興」を掲げる中国が世界の中で発言権を強めている。米中関係は南シナ海やサイバー戦をめぐって緊迫の度を強めていることは事実だが、両国間の経済・貿易関係は切っても切れない仲になっており、両国ともこれを断絶するリスクは冒さないことで一致している。
オバマ大統領は来月、ワシントンに東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の首脳を招いて会談する。これは米国がイニシアティブを取った初めての試みである。この会談の主要テーマはもちろん中国対策だ。ASEANの中には、ラオスやカンボジアのように中国からの大型援助に浸っている国もあれば、ベトナム、フィリピンのように南シナ海の岩礁領有権で中国と激しく争っている国もある。しかしどの国も、中国との経済・貿易関係を抜きにして存立がかなわないほどの状態にある。この会合の結果が、今後の米中関係にどう影響するか注目される。
半世紀以上も軍政に痛めつけられてきたミャンマーで、3月からはアウン・サン・スー・チー氏をリーダーとする民主政治が動き出す。軍政時代に制定された現憲法は「外国籍の家族を持つ人物は大統領になれない」と規定しており、英国籍の息子を持つスー・チー氏は大統領になれない。この憲法を改正するには国会の4分の3以上の賛成を必要とするが、現憲法の規定で現国会議員の4分の1は軍人の指定席だから憲法改正もできない。スー・チー氏は「大統領より上の存在になる」と述べており、3月以降は国政の最高責任者として「ASEAN最貧国」を前進させる事業に取り組む。ASEANきっての親日国であるこの国が着実に前進することを祈ろう。
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