ブルマンさんへ
- 2016年 3月 24日
- 交流の広場
- 札幌のサル
小幡さんの最終講義ですが、労働価値説が隠れてしまったとなると、マルクス経済学でないだけでなく、経済学ですらない、ということになりませんか。限界原理があれば、新古典派ですが、スラファーは、新古典派ですか。ともあれ、スラファー以外の、すべての経済学に対する不信が特徴です。マルクス経済学では、ヒルファーデング、レーニン、がありますが、これらも一切無視。宇野を含めて、段階論が、ほぼ完全に間違っていたということは、その課題が存在しないということを意味しない。要するに、ソ連邦崩壊のショック。そして中国が資本主義的発展の新段階でそれを原論に反映させるなどと、ボタンのかけ始めの間違い、迷走は続く。
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