トランプ爆弾(ジェレミー・バーンシュタイン) Jeremy Bernstein: The Trump Bomb – New York Review of Books
- 2016年 5月 12日
- 評論・紹介・意見
- 「ピースフィロソフィー」
トランプの軍事外交問題についての無知は底なしだ。「日本が駐留経費の負担を大幅に増額しなければ在日米軍を撤退させる考え」であることばかりが日本では報道されたが、そのインタビューで、トランプの言説がどれほど誤りに満ち、でたらめなものだったかが抜け落ちている。
在日米軍は「日本のために」駐留しているかのように言うが、世界を覆う米軍基地ネットワークの一部としてアメリカの利害のために居座っていることを知らないようだ。すでに世界のどこにもないような額の「思いやり予算」を日本が支払っていて、むしろアメリカが搾取している側だということも、全然分かっていないようだ。「核による温暖化」などは空いた口がふさがらない。核の冬のほうが深刻な影響だと考えられていることも知らないようだ。
アメリカの定評ある書評誌『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』に掲載された、理論物理学者で科学エッセイストの、ジェレミー・バーンシュタインによる論説を翻訳して紹介する。
原文は、http://www.nybooks.com/articles/2016/05/12/the-trump-bomb/
(前文・翻訳:酒井泰幸)
トランプ爆弾
ジェレミー・バーンシュタイン、2016年5月12日号
私は先日、ドナルド・トランプ氏に核問題について個人授業をいたしましょうと申し出た。正確に書くなら、私は彼のウェブサイトを訪れ、コメントを送る欄があるところに、これらの物事について彼はクソと味噌の違いも分かっていないようだと、私のコメントを書き始めた。彼は単刀直入な話を好みそうな人なので、私の率直さを受け入れてくれるかも知れないと思った。続いて私は、彼の支持者ではないけれども、彼がもっと明確にこの問題を理解できるように、私は物理学者として喜んで個人授業をすると書いた。このコメントに回答はなかったが、ニューヨーク・タイムズの2人の記者と3月26日に行ったインタビュー(書き起こしはネット上で閲覧可能)は、私の貢献が切実に必要なことを示していた。*
記者の一人はデビッド・E・サンガーだったが、彼はこの問題の非常に優れた専門家だ。彼はインタビューとそれに添えられた記事の中で、ほとんど仏陀のような自制を見せた。彼がインタビューの電話を切った時、私がその場に居てあげられたらどんなに良かったろうと思う。もう一人の記者は元『ポリティコ』誌のマギー・ハーバーマンだった。彼女はこう切り出した。
月曜日[2016年3月21日]にワシントンでお話しになったことについて、いくつか伺いたかったのですが、そのことについてはこれまでたくさんお話になっていますので、あなたはいくつかの場面で、日本と韓国は自国の防衛費をもっと負担して欲しいと発言されましたね。これまで30年間あなたは日本について同様のことを語ってこられました。これらの国々が北朝鮮と中国からの脅威にさらされていることを考えると、自前の核兵器を手に入れた場合、あなたは反対しますか?
トランプ氏、
ああ、そうですね、いつかは、我が国がこのようなことをもはや続けられない時を迎えるでしょうし、メリットとデメリットがあることは承知していますが、今は我が国が守っています。基本的には我が国が日本を守っていて、我が国は北朝鮮が頭をもたげるたびにですね、日本から要請が来るし、至る所から要請が来ますね。「何かしてくれ」と。ですが我が国がこれ以上何もできなくなる時が来るでしょう。では、それは核を意味するのか?核なのかもしれません。それは非常に恐ろしい核の世界です。私にとって、この世界で、最大の問題は、核と、核拡散です。同時にですね、我が国はお金のない国です…。
我が国は金持ちの国ではありません。かつて我が国は金持ちで、非常に強い軍と多方面にわたる強大な能力を有していました。もはや我が国はそうではないのです。我が国の軍はひどく疲弊しています。我が国の核兵器はとてもひどい状態です。彼らはそれがちゃんと動くかどうか分かりません。我が国は昔と同じではないのです、マギーさん、デビッドさん。つまり、わかってもらえると思うんですが。
マギーとデビッドに何をわかって欲しいと言っているのか、私には判然としない。日本と韓国が核兵器を持つことで、彼の「最大の問題」である核拡散を軽減できるかもしれないという考えなのか、あるいは我が国の核兵器が「とてもひどい状態で、彼らはそれがちゃんと動くかどうか分からない」ということについてなのか?誰がこんな馬鹿げた考えを彼に授けたのか?「彼ら」とは誰なのか?不幸にも、これらの質問が発せられることはなかったが、サンガーは勇敢にも食い下がる。
では、マギーの意見をちょっと補いたいのですが、これまでずっと日本の見解は、もしアメリカが、いつの日か、日本の防衛を負担に感じるようになったら、「じゃあ自前の核抑止力を持つべきだろう、アメリカが頼りにならないなら我が国で北朝鮮に思い知らせてやることが必要だ」と言う人々が、日本社会と韓国社会の一部には常に存在しています。それは理にかなった見解でしょうか?日韓両国が自前の核兵器を持つべき時が来るとお考えですか?
トランプ氏はこう答える。
そうですね、これは話す必要のある見解で、いつかは我が国が議論する必要のある見解でして、もしアメリカがこのまま行けば、現状の弱腰のままですね、私がそれを議論しようがすまいが、どの道あの国々はそれを持ちたくなる。というのは、我が国との間に起きることで、彼らがしっかり安全保障されているように感じるとは思えないからですよ、デビッドさん。だってそうでしょう、いかに我が国が敵国を支援、いや同盟国を支援してきたかを見れば、とても力強い支援などではなかった。世界中のいろいろな地域を見れば、力強い支援などではなかった。我が国が20年か25年前か、30年前と同じような目で見られているとは、とても思えないのです。ですから、問題だと思うんですね。そうでしょう、こういうのは、我が国が非常に強くならなければ、非常に強力で金持ちに、今すぐならなければ、我が国が議論しなくても、どの道あっちの方でそういうことが議論され始めることは確かだと私は思います。
サンガーはトランプ氏が質問にちゃんと答えるよう果敢に試みる。「あなたはそれに対して異議を唱えますか?」トランプ氏の答えは、
うーん、いつかは、我が国は世界の警察官であり続けることができなくなります。そして残念ながら、今ここには核の世界があります。現実には、パキスタンが保有しています。現実には、おそらく、北朝鮮が保有しています。つまり、あの国々にはミサイル技術がないのですが、おそらくですね、言いたかったのは、これは大問題だと言うことですね。で、私がむしろ核を持つ北朝鮮に核を持つ日本を対峙させる方を望むかですって?もしそうなればずいぶん楽でしょう。言い換えるなら、日本が自衛している相手の北朝鮮こそ、本当の問題だということです。そうすればずいぶん有利になるかもしれませんねえ…。我が国の対日関係の中の、一つですがね、ところで、私は日本の大ファンですし。日本には私の友だちがたくさん、たくさんいます。私は日本とビジネスをしています。でも、もしアメリカが攻撃されたら、日本は何もしなくても良いということなんです。もし日本が攻撃されたら、アメリカは全力で乗り出さなければいけません。分かるでしょう。それはとても片務的な条約なんです、現に。言い換えれば、もし我が国が攻撃されても、日本が我が国を防衛しに来ることはなく、もし日本が攻撃されたら、我が国は彼らの防衛に全力を上げなければならないのです。ですからそれは、それこそが本当の問題なのです。
つまり、日本が我が国を防衛できるようにするため、我が国は日本が核兵器を持つように仕向けるべきなのだ。核拡散が最大の問題だという意見と一体どのように噛み合うのかは明らかにされていない。たぶん良い核拡散と悪い核拡散があるのだろう。(トランプ氏は後に、彼が話に出した国々が核兵器を使って戦ったら「ものすごい」ことになると語った。)
ハーバーマンはさらに質問を続ける。
あなたは、我々が生きている核の世界についてお話しになっていましたが、何度もおっしゃいましたね、私も選挙運動中にずっとあなたがこうおっしゃるのを聞きました。アメリカが何をしでかすか分からない国になるのを、あなたは望んでいると。あなたは、敵国との衝突でアメリカが先に核兵器を使うことに賛成なさいますか?
トランプ氏はこう答える。
絶対に最後の手段です。それは最大の、個人的な考えですが、それは最大の問題だと思います。世界が、核戦力を持っているということが。それが唯一最大の問題だと私は思います。地球温暖化の話になれば、注意が必要なのは核による地球温暖化だと私は話します。世界で唯一最大です。今の兵器の威力はこれまでの想像をはるかに超えて、むしろ、考えることもできないほどですよね、その威力を。広島をご覧なさい、それを何倍にも、何倍にも大きくしたものが、現在あるのです。それが私には唯一最大の、唯一最大の問題なのです。
当然、議論はイランとの核交渉に及ぶ。トランプ氏が特に忌み嫌う相手だ。このやりとりで、基本的事実のいくつかを彼は知らないということが露見してしまう。彼はアメリカがイランに1500億ドルを「与えた」という言説を何度も繰り返している。アメリカが差し押さえた資金1500億ドルを「返した」のだということを彼は確かに知っている。これでは選挙演説の説得力は下がってしまう。しかし彼はこう付け加える。「イランは、今イランは金持ちですが、彼らはアメリカ以外の国から買っていることにお気付きでしょうか?彼らは飛行機を買い、彼らは何でも買っています。彼らはアメリカ以外のあらゆる国から買っているのです。私と商売をすることはなかった。」
これにサンガーが答える。「我が国の法律でイランに売れないからです、先生。」
トランプ氏が答える。「え、何とおっしゃいました?」
サンガーが答える。「我が国の法律でイランには飛行機を売ることができないのです。つまりアメリカにはまだ制裁措置があって、アメリカがそのような装備品を売ることができないようになっています。」
トランプ氏はこう答える。
だから、そんな馬鹿なことがあるでしょうか?我が国はイランにお金を与え、今度は「ボーイングの代わりにエアバスを買うがいい」と言うんですか?だからそんな馬鹿なことがあるでしょうか?そのこと自体は、おっしゃるとおり、正しいのですが、ところで今イランは買ってるんですよね、約118機買ったんです、118機のエアバスを。彼らはボーイングを買わなかったんですよ、いいですか?我が国がイランにお金を与えた。そしてそれをアメリカで使ってはいけない、アメリカに富と雇用を生み出してはいけないと言う。おまけにイランは、原則的には、そうすることができないということなんでしょうね、私の理解では。彼らはできないんです。信じがたいことです。我が国がイランに1500億ドルを与え、彼らはそれを我が国で使うことができない。
核のことを議論するとき、トランプ氏はしばしばMITの教授だった彼の伯父、ジョン・G・トランプの思い出をよみがえらせる。実際には彼は電気工学の教授で、第二次世界大戦ではレーダーの研究をした。彼が核兵器の権威だったと信じる理由はどこにもない。
もしトランプ氏に話す機会があれば、私は彼に、これはビジネスの取引ではないと説明してみるつもりだ。(このインタビューで彼は、イランは北朝鮮の一番の貿易相手で、このことを核交渉に入れるべきだったと主張した。一番の貿易相手は中国だという事実と、それが交渉の議題に上っていたという事実は、彼の注意から抜け落ちていたようだ。)イランはあと数ヶ月で兵器製造に十分な核分裂性物質を持てるところまで来ていた。いくつかの[制裁]規定が撤廃されるというのは本当だが、その時に爆弾が登場するということを意味するものではない。それが起きるまで時間はたっぷりとあるだろうし、我が国が対応を検討する機会もあるだろう。それまでは、トランプ氏とのインタビューが行われたのは、ロシア以外の50カ国以上が参加して3月末にワシントンで開かれた核セキュリティ・サミットの直前だったことを、私は指摘しておく。
たった一つだけ本当に輝かしい成果といえるのはイランで起きたことだ。しかし、アメリカはロシアとの軍縮条約の次の段階を合意できていない。北朝鮮が再び核実験を行うことは間違いない。インドとパキスタンは自国の兵器を近代化している。ベルギー人のテロリストが核物質を盗もうと画策していた証拠がある。そしてこれらの真っ直中に、無知の巨人、トランプ氏がいる。
* 書き起こしの全文は“Transcript: Donald Trump Expounds on His Foreign Policy Views,” The New York Times, March 26, 2016 を参照。デビッド・E・サンガーとマギー・ハーバーマンの“In Donald Trump’s Worldview, America Comes First, and Everybody Else Pays,” The New York Times, March 26, 2016 も参照。
(以上、翻訳終わり)
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初出:「ピースフィロソフィー」2016.05.11より許可を得て転載
http://peacephilosophy.blogspot.jp/2016/05/jeremy-bernstein-trump-bomb-new-york.html
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〔opinion6085:160512〕
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