「イスラム国(IS)」イラク、シリアで壊滅(1) - 偏狭なイスラム過激勢力との三つの戦いの教訓は? -
- 2017年 11月 18日
- 評論・紹介・意見
- イスラム国坂井定雄
約3年半前の2014年6月、偏狭なイスラム過激派武装勢力がイラク北部の同国第二の都市モスルを占領し、カリフ(最高指導者)を自称したバグダーディが歴史豊かなモスクで「イスラム国」樹立を宣言してから3年5か月。イラク、シリア両国政府軍とクルド人武装勢力はじめ民兵勢力の地上作戦、さらには米軍はじめ有志国軍、ロシア軍の主に空爆支援によって、「イスラム国」はついに壊滅した。バグダーディの生死については、ロシア軍が空爆で死亡したと非公式に発表したが、信頼できる確認情報はない。しかし、生きていることを示す情報は全くないので、死亡していると思う。ISの軍事部門の中枢を占めた旧イラク軍・情報機関の残党組については、これまでに死亡がつたえられた一部幹部以外についての情報はほとんどない。
イラクでは、モスルが今年7月、「イスラム国」の首都とされてきたシリア北東部のラッカが9月、最後の拠点としデリゾールが10月に陥落。残存していたISの戦闘員たちは、一部は砲爆撃と自爆で死亡、一部は車両で脱出して姿を消すか、投降した。いずれも悲惨な最期だった。
イスラム世界の歴史は、キリスト教世界と同様、大部分が自世界内部だけでなく他宗教の世界との共生に努力、実現してきた。その一方で他宗教、宗派間との争いも、過激派による非人道的な殺戮まで含め、繰り返されてきた。「イスラム国」との攻防と今後への教訓のためには、最近の偏狭なイスラム主義武装勢力、アルカイダ、タリバンとの比較が役立つ。
90年8月、産油国クウエートに独裁者サダム・フセイン大統領支配下のイラク軍が侵攻、占領した。それに対して米軍中心の多国籍軍が91年に空爆を開始、イラク軍がクウエートから敗走した湾岸戦争の中で、アルカイダは生まれた。米軍がイラク空爆にサウジアラビアの空軍基地を使用したことに怒った大富豪の息子ウサマ・ビンラディンが組織した。それまで、イスラム教の聖地であるサウジアラビアは外国軍の軍事基地は許されなかった。ビンラディンは80年代のアフガニスタン戦争で、反ソ連武装勢力を支援する国際的支援活動で中心的な役割を果たしたが、湾岸戦争以後、国際的反米テロ活動を展開。本拠地のスーダンを追われてアフガニスタンに本拠地を移し、タリバン政権の保護のもとに2001年9月11日「9.11」の米同時テロを実行した。
アフガニスタンのタリバンは、70年代末から88年まで続いたソ連との戦争のあと、92年から始まった内戦のなか、94年に生まれた。内部抗争が続く政権への国民の強い反感を背景に、保守的、偏狭なイスラム思想と厳しい戒律を強制する最高指導者オマルに率いられて政権への武装攻撃を展開、98年にはほぼ全土を制圧してタリバン政権を樹立した。タリバン政権は、それなりの統治を続けたが、アルカイダの本拠地、訓練施設を保護していたため、「9.11」後の2001年10月、米軍の攻撃(アフガン戦争)で壊滅状態となり、オマル以下政権幹部はパキスタンの山間部に脱出した。それより先にウサマ・ビンラディンらアルカイダ幹部もパキスタン山間部に脱出、根拠地を築き始めていた。
「イスラム国」とアルカイダ、タリバンには、多くの共通点と相違点がある。
どれも、厳格・偏狭な原理主義的イスラム主義であることは共通している。神の予言である経典コーランと、ムハンマドの膨大な言行伝承を記録し、解釈を示したハディースに基づき、指導者が自らの組織と支配下の民衆に、イスラムの教えとして強制する。アルカイダにはウサマ・ビンラディン、タリバンにはオマル、「イスラム国」にはバグダーディが最高指導者に就任した。バグダーディは、第一次大戦で崩壊したカリフ制国家の再現と自らカリフであることを宣言した。カリフは全イスラム共同体の最高指導者とされてきた。バグダーディはイラク、シリアだけでなく、全世界のイスラム国、イスラム教徒を一つにする国家を宣言したのである。もちろん、“空想の産物”に過ぎないのだが、中東から北アフリカ、西アジアへとイスラム国家を広げる夢を示し、それらの地域だけでなく欧州で生活するイスラム移民まで戦闘員として呼び寄せ、あるいはそれぞれの相手国での決起をうながした。
バグダーディには、ビンラディンやオマルにはない、卓越した能力があったといえよう。それを示したのが、ユーチューブなどを駆使した宣伝工作だ。また、占領地で強制連行した異教徒の女性たちを、市場で外国人兵士たちに安価で売り、強制妻とさせるのもその一つ。こうして、3万人を超える若者たちを志願兵として集め、原油と盗掘美術品の密売、銀行襲撃で集めた資金で、給与を支払っていた。(続く)
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