テルアビブのポーランド大使館にカギ十字の落書き　―ユダヤ人虐殺の告発を処罰する新法

＜坂井定雄（さかいさだお）：龍谷大学名誉教授＞

「ＢＢＣ電子版が報道した、テルアビブのポーランド大使館の門に落書きされたカギ十字」
イスラエルのテルアビブにあるポーランド大使館の門と掲示板に２月１８日、ナチのカギ十字と「殺人者」と書いた、マジック・ペンの落書きが発見された。大使館からの通報でイスラエルの警察が直ちに捜査を開始したが、犯人は見つかっていない。英公共放送ＢＢＣは「テルアビブのポーランド大使館に落書き」と報道した。
ポーランドでは２０１５年の大統領選挙で、右派政党「法と正義」のアンジェイ・ドゥダ党首が勝利し、翌１６年の議会選挙で同党が上下両院の過半数を握った。同党はかねてから、ナチス支配下でのポーランド国民のホロコースト（ユダヤ人大量虐殺）への協力の歴史を追求する国内での歴史研究・調査に反感を示していたが、２月上旬の議会下院で、ホロコーストの共犯者としてポーランド人や国家を公に究明・告発することを違法とし、それを犯したポーランド国民を処罰する法案を議決。イスラエル政府は同法案を激しく非難したが、ドゥダ大統領が署名して発効した。
ＢＢＣによると、同法の条文は次のようなものだー「ドイツ第三帝国によって犯されたナチスの犯罪に責任がある、あるいは共謀したとして、ポーランド国民または国家を、公に、事実に反して非難するものは、罰金または３年以下の投獄とする」
さらにポーランドのモラウイッキ首相は１７日、ドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議で、イスラエルのジャーナリストから「新法では、ホロコーストにはポーランド人協力者がいたという人は、だれでも有罪とみなされるのか」と質問され、次のように答えたー「ドイツ人だけでなく、ユダヤ人にも、ロシア人にも、ウクライナ人にも協力者がいたというのなら、有罪とはみなされない」―つまり、他の国でも同じようにユダヤ人虐殺をしたというなら、有罪にはしないというわけだ。その翌朝、テルアビブのポーランド大使館の門と掲示板に、カギ十字と「殺人者」の落書きがされていた。

「ＢＢＣ電子版が報道した、テルアビブのポーランド大使館の門に落書きされたカギ十字」

しかし、ポーランドでは際立って多数のユダヤ人が殺された。ナチスはポーランドに悪名高いアウシュヴィッツ・ユダヤ人強制収容所を３か所作り、ドイツはじめ占領した欧州諸国でユダヤ人を捕まえ送り込み、約１５０万人を集団虐殺した。また、占領下ポーランドにトレブリンカなど３か所の収容所（ポーランド・ゲットーと呼ばれた）を建設させ、国内で生活しているユダヤ人を強制収容し、８７万～９２万人を虐殺した。ポーランド人住民がユダヤ人村落を包囲して閉じ込め、焼き殺したケースも複数あった。
これらのポーランド人による、あるいは加わったユダヤ人虐殺の調査には、戦後に成立した親ソ連の労働党政権も、民主的変革を進めたワレサが率いる「連帯」政権も熱意を示さなかった。しかし、ポーランド人によるユダヤ人集団虐殺を調査・告発する良心的な研究者もいた。ＢＢＣの報道によると、２０００年に出版された歴史学者ジャン・グロスの調査報告では、１９４１年にジャドワブデ村で発生した、ユダヤ人村民３４０人を閉じ込め焼殺したケースが詳細に記された。
歴史学者のジャン・グラボウスキ教授は、２０１３年に出版した詳細な調査報告「ユダヤ人狩り」で、ドイツ軍の敗北が近づき、監視が緩んだポーランド・ゲットーから脱出した少なくとも２０万人のユダヤ人が、直接あるいは間接的にポーランド国民によって殺害されたと、結論した。ＢＢＣによると、同教授は「何年間もこのような出来事はテーブルから除かれていた。その沈黙のコンセンサス（合意）をジャン・グロスが破ったのだ」と語った。
こうして、ポーランド国民によるユダヤ人虐殺の事実が究明されることを最も嫌ったのが、現在の政権党「法と正義」。議会と政権を固めたうえで、ポーランド国民による、ユダヤ人虐殺の解明、公表を有罪にして、沈黙させようと立法化したのだ。

ポーランドでのホロコースト問題は、日本と韓国の人々との間の元従軍慰安婦をめぐる根深い対立とは、まったく違うとはいえ、第２次大戦中の人道犯罪の歴史がまだまだ葬り去られてはいないことを思い知らされる。
元従軍慰安婦問題について日韓両国外相は、２０１５年１２月２８日、「慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と記者会見で発表した。それに基づき日本政府は、韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的で設立した財団に１０億円を支出した。だが、一部の元慰安婦の方々は支援資金を受け取らず、慰安婦像が撤去されるどころか、釜山の領事館だけでなく、ソウルの日本大使館の前にも建てられるようになった。日本政府側は韓国政府に、慰安婦像の撤去を再三要求しているが、文大統領の韓国政府は、強い国民世論に配慮して、撤去していない。日本側は「最終的かつ不可逆的に解決される」との文言を繰り返すが、そのたびに慰安婦像が増えているようだ。多くの韓国民は、合意の際に日本側が強引に入れたこの文言が、あまりにも押しつけがましいと感じているのではないだろうか。

初出：「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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