欧米のリビア軍事介入は大失点か -カダフィ退陣見込めず、反体制側にイスラム過激派潜入-
- 2011年 4月 15日
- 評論・紹介・意見
- リビア内戦伊藤力司欧米軍事介入
筆者は当ブログ3月23日のエントリーで欧米のリビア軍事介入に触れ、欧米の狙うカダフィ退陣は簡単に実現せず、東西に分裂したリビア内戦が長期化するのではないかと予測した。メディアは挙げて東日本大震災と福島原発事故の大ニュースに忙殺されているが、その影でリビア情勢は筆者の予測通り膠着化している。
3月19日に始まった米英仏の空海軍によるリビア爆撃およびリビア上空の「飛行禁止空域」設定を受けて、反体制側の本拠地ベンガジ寸前まで迫った政府軍の攻撃はストップ。起死回生の援護作戦を受けた反体制側は3月末までに、アジュダビア、ブレガ、ラスラヌラと続く地中海沿岸の諸都市の奪回作戦に成功した。しかし政府軍は3月末日から再び東征反攻に転じ、これらの都市を次々に奪い返して形勢を逆転させ、4月9日現在ベンガジに迫ろうとしている。
欧米軍は地中海に配置された艦艇からの巡航ミサイル攻撃でリビアの軍事基地、武器庫、司令部などの拠点を戦略攻撃した上で、移動するリビア軍の戦車、装甲車、ロケット砲など重火器を空軍機による爆撃で大破させた。当然将兵の死傷率も高まったであろう。そこでリビア軍は、空から見てすぐ政府軍の装備と判る戦車や装甲車や重火器を捨て、小型トラックや乗用車に平服・軽武装の兵士を乗せる方式に切り替えた。空から見れば反体制派の民兵隊と同じ格好にしたわけだ。このためか欧米空軍機による誤爆事件が多発しており、4月以降反体制派民兵十数人が誤爆で殺されたことが明るみに出ている。
先のエントリーでも述べたように、オバマ政権は対リビア軍事介入に初めから乗り気ではなく、作戦開始早々指揮権を欧州側に委譲したいのが本音だった。米国としてはカダフィ政権による反政府デモ弾圧は許せないので、平和的デモに立ち上がったリビア市民の保護を目的とする「飛行禁止空域」のための軍事介入を認める国連安保理決議を通すまでは全力投球するし、最初の軍事攻撃は米軍司令官の指揮下で行う。それ以降は欧州側に委譲するというのが、オバマ政権の最初からの心づもりだった。
米軍を出来るだけ長く引きとめようとする欧州側と予定通り撤収を図ろうとする米国との間でのやりとりが続いたが、結局3月31日に対リビア作戦の指揮権を米軍からNATO(北大西洋条約機構)に移管することで合意が成立した。NATOは「統一の防衛者」作戦と名付け、当面90日間をメドに①武器禁輸の監視②飛行禁止空域の監視③リビア市民防衛のための空軍作戦―の包括的指揮に当たることになった。ここで留意されたことは、軍事行動の目的が「リビア市民防衛」であって「カダフィ政権転覆」を想定しないことだった。
対リビア軍事介入を積極的に進めたのはキャメロン英首相とサルコジ仏大統領だが、英仏政府が当初見込んだカダフィ退陣がいまだに実現しないことで、西欧の世論も苛々し始めている。英紙ガーディアンは、カダフィ追放が軍事介入の本来の目的なのに、軍事介入を認めた安保理決議はカダフィ政権による市民虐殺を防ぐことを唯一の目的と掲げていることに最大の矛盾があると指摘。さらにキャメロン政権が①カダフィ政権の安定度を見誤り、軍事介入すれば早急に政権は崩壊すると安易に予測していた②反体制側が強固な国民的団結を担っていると期待したが、その実態は寄せ集めの弱体集団であることが判明した―と、同政権の分析が全く甘かったことを厳しく批判した。
今となってはキャメロン政権も早急なカダフィ退陣が望めないことは自覚しており、後は西側の要求を盛り込んだ停戦合意をどう取り付けるかという方向に進まざるを得ないだろう。そのためには反体制勢力を盛り立てることが必要だが、軍隊としての組織、規律、機能が出来ていない民兵集団を戦力化することが喫緊に迫られている。そこで英国としては旧特殊部隊のメンバーを秘密裏にベンガジに派遣して、寄せ集めの集団の訓練に当たらせる構想が出ている。
ところが最近、東部キレナイカ地方を地盤とする反体制勢力には過激なイスラム主義勢力が紛れ込んでいることが、続々と明るみに出ている。エジプト国境に近いこの地方にはもともと、歴史と伝統のあるエジプト・ムスリム同胞団の影響が強い。同胞団は前ムバラク政権に長い間厳しく抑圧されていたために政治的な主張を表に出すことが出来ず、相互扶助・医療・社会福祉団体としての活動を前面に打ち出してきた。しかし本来はイスラムの教えを中心とする政治の実現を目指す政治団体である。アルカイダのナンバー2のザワヒリ医師をはじめ、過去には同胞団からアルカイダや聖戦派(Jihadist)など過激派入りする人が続出している。
NATO軍のスタブリデス最高司令官(米陸軍中将)が3月29日、米議会公聴会で「リビア反体制派の中にアルカイダが潜伏している可能性」を指摘したことで、欧米諸国の間に反体制派への不信感や懸念が急速に広がった。1979年アフガニスタンに侵攻した旧ソ連軍に対抗させるため、米中央情報局(CIA)がイスラム圏から集まったムジャヒディン(イスラム聖戦士)に武器を与え、それが対ソ・ジハード(聖戦)の勝利を招き、タリバンやアルカイダの台頭を招いた悪夢がよみがえった。ラスムセンNATO事務総長は「最悪のシナリオは、リビアが(アフガン同様の)破綻国家になることだ」と警告した。米英は当初反体制派への武器の供与に前向きだったが、最近では見送られそうな気配だ。
英紙デーリー・テレグラフは4月3日、キューバにある米海軍グアンタナモ基地のテロ容疑者収容施設の元収容者らが、リビア北東部デルナで反体制派の司令官になったり、訓練教官を務めたりしていると報じた。司令官になった男性は、2001年の米国によるアフガン侵攻時に米軍に拘束されグアンタナモ基地に収容。教官役の男性も同様に収容され、いずれもリビアに引き渡され、2008年に釈放されていたという。
イラク駐留米軍が摘発したアルカイダ系過激派の内部文書によると、イラクで米軍と戦っていたアルカイダ系ムジャヒディンの出身国別内訳では、サウジアラビア人が41%であるのに対しリビア人は19%を占めていた。国別の人口比で見ると、リビア出身者が異常に多い。そのほとんどはキレナイカ出身者であろう。カダフィ大佐は以前から、反体制派はアルカイダに洗脳された連中だと口を極めて非難していた。カダフィ大佐はイスラム教徒ではあるが、政治的にはイスラム主義にはっきり反対の立場だ。ムスリム同胞団は「カダフィを殺すことは正しい」とのファトワ(教令)を出しているという。
NATOの加盟国であると同時に非アラブのイスラム国家として、イスラム圏とキリスト教圏との対話を仲立ちするなどユニークな外交を展開しているトルコのエルドアン首相は、リビア内戦の早期停戦を目指す調停外交の開始を宣言した。最近ではカダフィ政権のオベイディ新外相(正式名称は外務担当書記)がトルコを訪問、トルコが仲介する和平交渉に関心を寄せた。オベイディ氏は、カダフィ残留を条件に新憲法制定による政治改革を和平の条件として提示した模様だ。しかし西側はカダフィ残留の条件は拒否する方針だ。だが米アフリカ軍のハム司令官は4月7日の上院軍事委員会で、リビア軍事情勢が手詰まりに陥っていることを認め、反体制派がカダフィ退陣に追い込む可能性は低いと証言している。どうやら膠着状態は長引きそうだ。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0420:110415〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。